三十五話 仲間がこんなに増えました!
腕を拘束していた蜘蛛糸をいとも簡単に破るとともに、カミュは立ち上がった。
そして両手を広げ、俺に向かってきた。
「まずい!! ハイネス、止めるぞ!」
「お、おう!」
近くにいたアシュトンとハイネスが、腰に提げていた曲刀を抜こうとした。
が、すでにカミュは俺と目の鼻の先。
「ぁあっ、ヒール様ぁっ!」
カミュはそう言うと、目を閉じ、口をすぼめる。
え? こいつ……俺に抱き着いて、キスをするつもりか?
俺は思わず身の危険を感じ、後ずさりした。
だが、
「……っぶはっぁ!?」
スライムのシエルが、俺の前で壁のように体を伸ばした結果、カミュは阻まれる。
ガラスに顔を擦り付けたようなカミュは、獲物を見るような視線だけを俺に向け、違う意味で怖かった。
「今だ、取り押さえるぞ!! ハイネス!」
「おう!!」
カミュはすぐに、アシュトンとハイネスに取り押さえられる。
「ちょっ! そんなに強引にしないで! そんなに無理やりされたら、あたい……」
押し倒されたカミュは頬を赤らめ、熱い視線をアシュトンらに送る。
言葉ではそんなことを言っているが、ばたばたと喜んでるようにしか見えない……
というか、あの拘束を一瞬で破った力があれば、すぐにでもアシュトンとハイネスを振り払えるはず。
体をまさぐられるアシュトンは、血の気の引いた顔を俺に向けた。
「ひ、ヒール殿。意見を変えるようで申し訳ないですが、やっぱり、カミュ殿だけこの島から追い出すのも手かと……」
「おい、アシュトン。さすがにそれは…… カミュ、とにかく話を聞いてくれ。この島で過ごす以上は、俺にテイムされてほしいんだが……」
俺の声に、カミュは目を澄ます。
「あたいたちを助けてくれるだけじゃなくて、あたいを飼ってくれるの?! あなたみたいな男なら大歓迎よ! ああ! もう我慢できない!」
カミュはそう言って、アシュトンとハイネスを振り払った。
そしてまた立ち上がろうとするが……
「スリープ!!!」
突如そんな声が響いた。
カミュは「うーん」とその場でゆっくり倒れ、すやすやと寝始めた。
魔法を放ったのは……
「リエナ?」
「申し訳ございません、ヒール様…… ですが、カミュさんはお疲れか、興奮しておいでだったようなので。少しばかり、おやすみになられた方が良いと思いまして」
リエナはにこっとそう言った。
一瞬、いつになくリエナの目が怖かった気がしたが……
「そ、そうだな…… じゃあまずは、他のオークたちから、テイムしていこう」
こうして、このシェオールにまた住民が増えるのであった。
一人ずつ新たな名前を考えたが、カミュだけは本人の強い希望でそのまま同じ名前で命名することにした。
なんでも、代々コルバス族の長は、親が成人した子にカミュの名を引き継がせるということだ。
それを、カミュは自分の代で絶やしたくなかったのかもしれない。
そしてカミュには子供がいない。
仲間を失っても男を目にして興奮するのは、早く世継ぎが欲しいこともあるのだろう。
でも……カミュって男だよね?
それはさておき、オークたちは色々とこの島を豊かにしてくれるだろう。
彼らは体力と腕力に優れ、あらゆる力仕事をこなせる。
また、コルバス族は熟練の船乗りでもあったので、しっかりとした船があれば、色々とどこかから物を仕入れられるかもしれない。
アシュトンたちが乗ってきた船が一隻この島にはあるが、後でカミュから聞くと、あれは漁船の類で本来は外洋を航海できる船ではないらしい。
といっても、しばらくは海なんか出たくないだろうけどな……
テイムする際、オークたちはずっと怯えていた。
最初は俺が怖いのかと思ったが、またあのリヴァイアサンが動き出すのではないかと、不安に思っていたらしい。
大小合わせて百隻の船が沈められ、約4,000名の仲間が犠牲になったというのだから、恐ろしく思うのも無理はない。
しかし、マッパを始めとしたリヴァイアサン解体班によって、その恐怖は徐々に緩和していったようだ。
マッパはナイフを使い、次々にリヴァイアサンの鱗をはがしていく。
鱗が全てはがされると、平屋が一軒建つほどの山となった。
分厚く頑丈な鱗だが、意外にもガラスのように透明だ。
その鱗の下にあった青色の皮膚も、これまた丈夫であった。
しかし、防具にも良く用いられる牛の皮と違うのは、結構な伸縮性があるということだろうか。
すべすべとした肌触りもなんとも心地よい。
そして肉は、マッパが生で豪快で食べていたのを、他の皆も真似てみた。
俺もマッパに勧められ、最初は嫌々食べたが、これは美味しい。
程よい脂と、くちどけ……肉を生でなんて考えられなかったが、これは新発見だ。
当然とても数日で食べきれる量ではないので、洞窟の冷凍庫を拡大して、そこで保存することにした。
最後に骨……これもマッパからすると使い途があるようだ。
鍛冶場の近くに、山のように骨が積まれている。
バリスが言うには、普通の骨はもっともろいが、これは金属のような硬さがあると言っていた。
地面を叩いても、砕けないらしい。
とまあ、結果としてこの島に、大量の食材と素材がもたらされることになった。
沈んだ戦列艦から救助した者を含め、140名ほどのオークもこの島の住民となる。
その夜は、果物やキラーバードの肉の料理などがオークたちに振る舞われた。
一方で、リヴァイアサンの肉は仲間の死を思い出させるため、控えられたが……
代わりに、ゴブリンやコボルト、ケイブスパイダーがリヴァイアサンの肉を頬張る。
スライムは肉は食べないが、彼らに交じって水などは飲んでいるようだ。
共に救助活動やリヴァイアサンの解体をしたからか、種族関係なしに和気あいあいとする者の姿も見えた。
俺はそんな光景を、洞窟の入り口でスライムのシエルと一緒に見つめる。
最初この島に来たとき、俺は一人だった。
というより、王国にいた時から俺はある意味で一人だったかもしれない。
……だが、今はこんな沢山の仲間がいる。
「なんかいっぱい増えたな……最初は俺たちだけだったのに」
シエルは何も答えない。
が、体を少し動かすのが、なんだか頷いているような気がしてならない。
何かを伝えようとするとき、シエルの変形パターンも日増しに増えている。
いつか、会話もできるようになるかもしれない……
俺は再び、皆の方へ顔を向けた。
バリスは子供を集め、文字を教えているようだ。
エレヴァンは、アシュトンとハイネスから差し出された大きな魚を、フーレに投げるように手渡す。
リエナと言えば、調理場で何やら作っている。
カミュ? カミュなら俺の後ろで、いびきを掻きながら寝ている……
まだまだ問題はあるが、本当ににぎやかになったものだ。
そんな思いにふけっていると、俺の隣で小さく何かが落ちる音がした。
振り返ると、そこにはピッケルの前で、息を切らすコボルトの赤ちゃんが。
どうやらピッケルを持とうとして少し持ち上げたものも、すぐに落としてしまったようだ。
それはそうだ。
ピッケルの柄だけでも、赤ちゃんの背の三倍の高さがある。
重さだって、何倍あるか。
しかし、赤ちゃんは諦めたくないのか、もう一度ピッケルを持とうとした。
俺はそんな赤ちゃんを抱いて、ピッケルを触らせてやる。
「おいおい、どうした? これが気になるのか?」
好奇心で触ったというよりは、何か意図があって持とうとした感じだ。
ここ数日は俺が洞窟を掘るのを間近で見ていたから、もしかしたら真似しようとしたのかもしれない。
これは将来、俺の良いライバルになるかもしれないな……
そんな時、リエナが湯気の立つ杯をお盆に乗せながらやってきた。
いい匂い……確か世界樹の葉のものだ。
リエナはお待たせしましたと、俺の隣で腰を下ろす。
そして茶を俺とシエルに手渡した。
「ふふ。ヒール様、なんだか嬉しそうですね」
「いや、この子、ピッケルに興味津々みたいでさ」
俺は赤ちゃんを撫でながら、そう答えた。
茶を飲むため、ピッケルを地面に置いたのだが、赤ちゃんはまだピッケルに手を伸ばそうとしている。
「あら、本当ですね。この感じなら、すぐにでもヒール様のような採掘好きになるかもしれませんね!」
「そうだと嬉しいな。 ……ってそうだ。この子の名前なんだが、アシュトンが考えてくれって言うんだ。リエナ、何か良い名前ない?」
「そうですね……女の子なので、可愛い名前が良さそうですが……」
性別なんて気にしなかったが、色々と世話をしているリエナが言うのだから、この子は女の子なのだろう。
「そうか。リエナが世話をしてくれてるから、リから始まる名前にしようと思ってたんだが……」
「わ、私の名前ですか?」
リエナは少し恥ずかしそうに、そう訊ねてきた。
「嫌か?」
「いえ! そんなことは! それでしたら、あとはヒール様のお名前からも取って……リルちゃんなんてどうでしょうか?」
「リルか……うん。可愛いし良いんじゃないか? ……リル。今日からお前はリルだ!」
俺が言うと、リルは嬉しそうに笑った。
どうやら、喜んでくれたようだ。
リエナも微笑む。
「ふふ。大きくなるのが楽しみですね」
「……ああ、そうだな」
この子がどんなふうに成長していくのか……
そして同時にこの何もなかった島がどうなっていくのか。
どちらにしろ、きっと明るい未来になるだろう。
根拠はないが、俺はそうなるよう皆と頑張っていく。
盛り上がる皆を見て、俺はこれからのシェオールを思い描くのであった。