三十話 水遊びしました!!
「おお!」
俺は思わず声を上げた。
丸一日採掘していた俺は枝道から出て、入り口まで続く階段に出ていた。
何に驚いたかと聞かれれば、壁に沿って伸びる鉄製の管が見えたのだ。
これは昼、マッパが作っていた鉄柱であろう。
管には一定間隔に金属製の輪のようなものが見え、繋ぎ合わせてあることが窺えた。
俺に付いてきたフーレもこう呟く。
「なんだかよく分からないけど、すごそうだね……こんなの初めて見た」
同様に、俺もこんなのは見たことがない。
中が空洞であったことから、この中をお湯が通るのだろうが……
「俺もだよ……でも、これでどうやって水を運んでるんだろうか?」
ともかく、地上に戻れば何かが分かるだろう。
俺たちは階段を上がって、洞窟を出ることにした。
洞窟の外に出ると、すでに夜だった。
だが、輝石の松明で周辺は明るい。
見渡すまでもなく、入り口を出てすぐのところに、がやがやと皆が集まっていた。
俺たちもその中に入って、群衆の中央に向かう。
リエナやバリスの姿もある。
やはり、皆が見ていたのは、マッパの作ったもののようだ。
洞窟から続いていた管の最終部分……それは、床に立つ丁字型の物体であった。
車輪のような部品や、取っ手のようなものがついたそれの近くには、マッパが立っている。
マッパは仰々しく皆に向かってお辞儀すると、車輪を回しはじめた。
次に取っ手に手をかけるのだが、もったいぶるように途中まで下しては、戻すようなことをしている。
皆の反応を見て楽しんでいるようだが、「早くしろ!」という声が響くと、マッパは仕方ないなと言わんばかりにため息を吐く。
そして一気に取っ手を引くのであった。
すると、丁字型の物体の先っぽから、勢いよくお湯が噴き出た。
皆、思わず声を上げる。
こいつ、やりやがった……
いったいどういう原理なのかは分からない。
が、洞窟の中に湧き出たお湯は、確かにここまで上がってきている。
大陸の国でも優秀と言われる王国の技官でも、ここまでの技術を持っている者はいないだろう。
ドワーフの文明が高度であったことが窺える。
歓声と拍手に包まれる中、マッパはありがとうと四方にお辞儀した。
だが、突如としてお湯の噴き出し口を掴み、それを上側に向ける。
ニヤリと笑うと、一気にまた車輪を回し始めた。
その場で勢いよく水の柱が上がった。
しかし、それは途中で勢いを失い、放射状に拡散する。
そして俺たちの頭上に、お湯が降り注いだ。
このマッパが降らした人工の雨に、皆わあわあと声を上げる。
「な、何しやがる?!」
怒声を上げるエレヴァンだが、マッパがもう一つの小さな管を向けて、放水を浴びせる。
放水は他にもマッパを止めようとする者に向けられた。
ゴブリンやコボルトの子供は、手で掬ったお湯を掛け合っている。
俺の髪も服もすぐにびしょ濡れとなるのであった。
コボルトの赤ちゃんは初めての経験なのだろうか、降り注ぐお湯を見上げている。
マッパなりに、皆を楽しませようとしたのかもしれない。
俺が魔法で水を作れるとは言え、基本は皆、水にしろ食糧にしろ節約志向だ。
そんな中で、お湯を雨のように降らす……
贅沢な話だ。
しかし、隣のフーレはあることに気が付いていた。
「ねえ、ヒール様……このお湯、なんか光ってない?」
「え? どれどれ?」
俺も両手を皿のようにして、お湯を溜めてみる。
すると、確かに水の中にきらきらと光るものを見た。
ひょっとしたら、金属片が?
俺はそう思って、雨から抜け出して、光るものの正体を調べることにした。
水を少しずつ落として、光るものをこぼさないように……
そうして残った光るものは、なんと自然に宙へと浮かんでいく。
俺は慌ててそれを再び手で掴んでみるも、小さな光を発して消えてしまった。
「な、なんだったんだ……」
温かさを感じたことだけは分かった。
そしてお湯を浴びた体全体も同じような、温かさを感じていた。
お湯自体が温かいのはそうなのだが、雨が抜けて風に吹かれる中でも、寒さを感じない。
しかも、体がなんだか軽い気が……世界樹の近くで感じたあの感覚と似ている気がする。
今日指に付けた擦り傷も、よく見ると綺麗に治っている。
マッパが最初、何度も飲んでいたのを見ると、このお湯にも回復効果があったりするのだろうか?
「これを温泉にしたら……気持ち良いだろうな……っ?!」
俺がそんなことを考えていると、頭の後ろから勢いのあるお湯が飛んできた。
振り返ると、そこにはこちらに管を向けて放水しているマッパが。
こいつ……俺に向かって……
よく見ると、子供たちを中心に桶を持ってきて、お湯を掛け合う遊びをしていたりした。
大人もそれに巻き込まれる形で、付き合わされる。
子供相手では、ゴブリンもコボルトもない。
コボルトの子供にお湯を掛けられたゴブリンの大人も、笑いながらお湯を掛け返す。
あのエレヴァンでさえも、コボルトの子供には笑ってお湯を掛けている。
スライム、ケイブスパイダーもその掛け合いに参加した。
俺も柄になく、それに参加したくなった。
まずはマッパに、俺は手のひらを向ける。
お前にはその管があるが、俺には魔法がある。
水魔法で、待機中のお湯をマッパに向け、お見舞いしてやった。
もちろん加減してある。
マッパも負けじと俺に返すが、他の子どもたちからお湯を掛けられるので、そちらにも反撃した。
俺もマッパだけでなく、皆に向けてお湯を掛ける……
スライムたちは体にお湯をいっぱい貯めて、それを一気に皆に振りかけていたりした。
そんな遊びに、しばらく俺たちは熱中するのであった。
が、結構な時間遊んでいるはずなのに、全く体は疲れない。
これもお湯のおかげなのかもしれないが、俺はとりあえず「もう寝るぞ!」と周りに告げる。
するとマッパも車輪を回して、お湯を止めるのであった。
子供はまだ遊びたそうな顔をしているが、さすがにもう寝る時間だ。
俺はそんな子供に、また明日やろうなとか言って、なだめる。
というよりも……
寝ようとは言ったが、皆びちょぬれ。
皆、服を脱いだりして水を絞っている。
俺もびちょびちょだ。
そんな中、リエナが俺に言った。
「ヒール様! 今新しいお召し物をお持ちしますね!」
俺はそれに応えようと、リエナに振り返った。
すると……そこには服が濡れ、肌がうっすらと透けて見えているリエナが……
髪から滴る水も、なんというか色っぽい……
思わず俺は顔を真っ赤にして、そこで固まってしまうのであった。
「ひ、ヒール様? お熱でも?」
「……はっ!? いかんいかん……いや、ごめんごめん。それなら大丈夫だよ」
俺はリエナから皆に振り返り、こう叫んだ。
「皆! 俺に向かって、服を向けてくれ!!」
その言葉に皆、首を傾げながらも、洋服を向ける。
俺は皆に向かって、風魔法ウィンドを放った。
皆が吹き飛ばされない程度に加減して。
皆、意図が掴めたのか、風で服を乾かすのであった。
と同時に、体の水滴を落とす者も現れた。
リエナも同様に、俺の前で服を脱いで乾かす。
本人は何も気にしてないが、俺は目を瞑ることにした。
あらかた終わると、今度はリエナが俺に向かってウィンドを放ってくれた。
なので、俺も服と体を乾かす。
その途中で、洞窟に戻る皆の顔を俺は見る。
楽しかったという声も聞こえてくるし、ゴブリンもコボルトも子供は仲良くしている者もいた。
どうやら、わだかまりというものが少し解消されたのかもしれない。
マッパはどういう意図でこんなことをしたのかは分からない。
だが、皆の服が乾いたのを見て、少し残念そうな顔をしている。
もしや、皆を裸にさせるつもりだった?
まあそれはさておき、俺は皆を仲良くさせるためにはどうすればいいか、勉強になった気がする。
そんなことを考え、俺は洞窟に戻るのであった。
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王国製のマリンベルがけたたましく鳴る中、あるオークが帆柱の見張り台から叫ぶ。
「お頭!!! 今度は右から……いや、今三隻食われた!!!」
しかし、見張りの声は甲板には届かない。
甲板では船のあらゆる物資や武器を海に投げ捨てるオークたちのざわめきで、掻き消されていたのだ。
遠くの海上では木がばりばりと曲げられる音と、オークの悲鳴が溢れかえっていた。
甲板の船尾側の大柄なオークが、野太い声で叫ぶ。
「早く!! 早く捨てなさい!! 金も銀も全部よ!!」
大柄なオークはその体躯に似合わぬ口調であった。
しかも、そのいかつい顔は恐怖で青ざめている。
「あんな怪物、敵いっこないわ…… 海にでて三十年…… 王国海軍すら怖がらなかったあたいが、こんなに……」
大柄なオークの足はぶるぶると震えていた。
しかし、周りの不安そうなオークの船員の顔を見て、なんとか足を抑える。
「お前たち、よくお聞き!! なんとしても、ここから逃げ出すのよ!!!」
オークたちは「おう!」と精一杯力強く応じる。
しかし、やはり不安なのかその額からは汗をかいていた。
シェオールの近海の出来事であった。