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二百九十話 名目でした!?

 俺たちに捕らえられたエルセルドは、すべてを話してくれた。


 東西南北の四つの地点は、やはり結界である可能性が高い。正確には、四点を結んだ円の内と外を隔てるものらしい。


 エルセルドの祖先は、この結界の存在を神々のお告げで知って以来、これを手に入れることを代々の使命としてきたという。


 質素倹約を心掛け、婚姻で勢力を広げ、その過程で多くの無実の者を殺してきたことを告白した。


 それもすべて、”人々を守る結界”を手に入れるためだった。


 予言は予言でしかない──何度もそう口に出しかけた。人々を生贄にしようとしたアランシアの聖域の例もある。結界なんて本当は存在しないかもしれない。


 だが、最初に超常を目の当たりにすれば、信じてしまう心情も理解できる。ベッセル家の祖先は転移装置を手に入れたことで、予言が真実だと確信したらしい。


 俺も今、その預言を否定する根拠を持っているわけではない。また、リシュが言っていたレオードルの言い伝え、北を抜け出てはいけないという言葉も、結界に関連しているようにも思えた。


 ともかく、特別な力を持つ地点が存在し、エルセルドたちはあと一歩でそれを手中に収めるところまで来ていた。


 それぞれの地点についても詳細を聞けた。


 南には地底湖があり、そこで魔法を使うと強力な魔法が発動することから、魔力の濃い場所だとベッセル家は認識していた。転移装置はそこにあり、地上と地下を繋いでいたという。


 東西には高い木々が生い茂る巨大な丘があった。


 どちらの丘も、地下には切株のような巨大な樹の一部が眠っており、さらに掘り進めると樹液の層があった。この樹液は魔力に富み、癒しの力を持っていたという。


 透魔晶はこの切株付近で発掘されたらしい。他にも、火魔法や水魔法を発する石なども見つかったようだ。


 人を癒す樹液があり、高い木々が育っていた──シェオールの世界樹のものと同じだ。だから、切株は世界樹のものであった可能性が高い。


 断面は切りそろえられた綺麗な面ではなく、朽ちて凹凸が残っていた。腐って倒れたのかは分からないが、土に覆われていたことからも、相当な年月が経っていたと考えられる。


 しかし各地点の間に、特別な仕掛けがあるわけではない。ベッセル家は各地点を結ぶ線や通路があると考えたようだが、それは見つけられなかったという。


 この大掛かりな機構を動かすには、王都にある何かが必要なのだろう。


 レオードルではなく、この国を直接乗っ取る計画もあったようだが、ベッセル家は我が父を強く警戒していた。透魔晶で忍び込もうにも、王の部屋や周辺は警備が厳しく近づけなかったとのことだ。


 紋章【覇王】の力も関係しているかもしれない。自分と周囲の味方の魔法と身体能力を底上げする力。察知能力に恩恵があっても不思議はない。


 ともかく、エルセルドはすべてを語った。信じられないのなら、父や兄弟、ベッセル家の者を呼んで問いただせばいいとも言った。


 この状況でエルセルドが嘘を吐く可能性は低い。とりあえずは、エルセルドの言葉は信用することにした。


 俺は取調室を出た。リシュ、リエナ、フーレも同じように部屋を出る。


 複雑な表情のリシュに俺は声をかける。


「よく抑えたな、リシュ」


 取り調べの間、リシュは怒りを滲ませていたのが見て取れた。エルセルドが素直に二人の夫人を殺したことを聞いたときは、今にも怒りそうだった。


 しかしリシュはただ、俺がエルセルドを問いただすのを聞いていた。


 リシュは首を横に振る。


「怒ったって何も変わらない。彼はもう、死んでいるようなもの……いや、彼には、最初から自分の人生なんてなかったんじゃないかな」


 リシュは窓越しにエルセルドを見やり、憐れむように言った。


「ずっと親や先祖から言い聞かされてきたんだろうな……」

「そうだろうね。許すことはできないけど、怒りをぶつけても彼には響かない」


 リシュはこちらを真剣な眼差しで見る。


「それよりも、この国にあんなものがあったなんて……」

「俺も驚いたよ」


 このサンファレスにいただけでは、一生気づかなかっただろう。


「どうするの? 陛下に報告する?」

「いや、もう少し自分で調べたい」


 父が機構の存在を知れば──どう利用するかは予測できない。


 もちろんサンファレスを守るために使うだろう。しかし、他国との統一を急ぐために使う可能性もある。


 リエナが口を開く。


「ベッセル家でも王都にあるものを見つけられなかった。そうなると」

「すでに父が握っている可能性がある……」


 父が持っているのか、あるいは宮殿にあるのか。持っていたとするなら、そもそも機構について知っているのだろうか。


 フーレが訊ねる。


「じゃあ、宮殿を調べてみる? ベッセル家の監視をしてて気づいたんだけど、潜入して調べるの、私、意外と好きかも」

「遊びじゃないんですよ、フーレ」


 リエナは呆れ顔で返す。


 確かにベッセル家がやったように宮殿に潜入する手はある。しかし父や部下に見つかる危険も大きい。


 実際のところ、父の力や部下については不明なことが多い。兄バルパスのように気配を消せる者がいてもおかしくないし、透魔晶のような超常的な物を持っている可能性もある。


「いや、父は王都を留守にしていたはず──いいや、それすら嘘かもしれないか」

「船の積み荷に紛れてくるような方ですからね……」

「どこから現れるか予測不能だよね……マッパといい勝負かも」


 リエナとフーレが苦笑すると、リシュは恐る恐る問う。


「積荷? 船? どういうこと?」

「シェオールに来たことがあるんだ。俺も驚いた」

「み、自ら海を越えて……やっぱり父親だからヒールが心配だったんだね」

「それは違うと思う。まあ、俺に会いたい理由はあったみたいだけど」


 【洞窟王】と予言について、父は知っていた。そして俺をサンファレスの王に据える可能性も考えていた。すべては、サンファレスのために。


「ともかく、そんな人だ……宮殿に忍び込んで見つかったら、何を言われるか分からない」


 リエナが頷く。


「お父上が知られたら、いい顔はされないでしょう。せっかく交易協定を結び、表向きは友好を示したサンファレスとシェオールの関係に、ひびが入るかもしれません」

「じゃあ宮殿を調べるのは無理かあ。地中を掘っても、お父さんなら見つけそうだしね」


 フーレは悩むように呟いた。


「そうだな……だけど、一つだけ手はある」

「一つだけ、ですか?」


 リエナの問いに俺はゆっくり頷く。


「堂々と、宮殿に入ることだ」


 リシュは気付いたような顔で言う。


「そっか。ヒールは王子。陛下や他の王族の部屋でなければ、自由に動けるもんね」

「恐らくは、だ。だけど──」


 リエナも険しい顔をする。


「お兄様の話では、王族の方々は皆、ヒール殿下を取り込もうとしている」

「ああ。行けば兄弟や親戚からしつこく声をかけられるだろう。宴や茶会の誘い一つ断るだけで、大騒ぎのはずだ」


 関わりたくないし、恨まれたくもない。かといって、誰かに肩入れするつもりもない。


 俺は父の後継者になることを断った。バルパスは王位を望むような男ではなく、宮殿とも距離を置いている。そして有力と見られていたオレンは、すでに余命いくばくもない。


 つまり後継者の位は宙に浮いている。宮殿では、王位継承者を巡る争いの真っ最中のはずだ。


「……俺が行けば、まずは俺が継承者を狙いに来たと思われるだろう。その気がないと証明できたとしても、バルパスが言うように俺を味方に引き込もうとしてくるかもしれない」

「行くだけで大変な騒ぎになるでしょうね。しかも、すでにヒール様が王都にいることは……」


 リエナは一瞬リシュを見た。


「確実に伝わっているはず」

「私のせいで……ごめん、ヒール」


 顔を赤くして言うリシュ。


「い、いや。こうするしかなかったんだ。気にしないでくれ」


 フーレはうんうんと頷く。


「そもそもエルセルドが襲ってきたことも大事件になっているからね。今さら仕方ないでしょ。でも困ったね」

「いずれにしても、レオードルの北は誰の手にも渡っていない。レオードルの湖を監視しつつ、王都の調査を諦めるのも手かと思いますが」


 リエナの言うことは一理ある。だが、機構がどのように起動するかは全く不明だ。


「中央だけをいじれば、動く可能性もある。他の地点はただの魔力の貯蔵庫かもしれない」

「確かにそうですね。それであれば、四方を抑えていようが意味はない……」

「ああ。予言の日が本当に来ることも考え、何なのかだけははっきりさせておきたい」


 実際、サンファレスやバーレオン大陸の人々を救う砦となる可能性はある。


「何より、このまま放っておくのもすっきりしないよね。とはいえ、宮殿に行くのは……」


 フーレは腕を組んで苦慮する。


 俺もいい案は浮かばない。


 宮殿は元々嫌な思い出ばかりが残る場所だ。しかし、自分が嫌な思いをするだけなら構わない。一方で派閥争いに巻き込まれ、シェオールが恨まれるようなことは避けたい。


 ここは素直にバルパスの力を借りるか。派閥争いに巻き込まれない手を、バルパスなら考えてくれるかもしれない。


「一度、兄上と話してもいいかもな。だが、父が不在の宮殿に行く名目がな……」


 父が不在だと言っているのに、宮殿に行く理由がない。派閥争いに巻き込まれたくないなら、王都で時間を潰し父を待てばいい。バルパスにはすでにそう話したし、不審に思うはずだ。


「父がいないのに何故宮殿に行くのか──その理由が必要だ」

「なるほど。継承権狙いに思われてしまうかもしれませんね」


 リエナはそう答えた。


 だがそんな中、リシュが何かひらめいたような顔をする。


「あっ……それなら、いい理由があるかも!」


 リシュはそう言うが、すぐに顔を赤くする。


「本当か?」

「う、うん。えっと……」


 リシュはその後、俺に宮殿に行く名目を話してくれた。


 乗り気ではなかったが、その理由を使って俺はバルパスの協力を得ることにした。


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