二百八十五話 円の中心でした!?
俺たちはエルセルド邸の捜索の後、一度拠点に帰還することにした。ゴーレムを二人連れてきてもらい、エルセルドと倉庫を監視してもらっている。
「そうか。死んだか」
拠点に戻った俺は、頭を下げる執事姿の男──十五号から報告を聞いていた。
あの後、爆発地点で怪しい動きは見られなかった。衛兵たちは所有者不明の地下室が自然に崩落したと処理したらしい。
そして再び捕らえたはずのウルファス……十五号が駆けつけた際には、息を引き取っていたという。
調べたところ、ウルファスの奥歯は紫色に変色していた。毒に詳しいわけではないが、自殺薬だろう。爆発で俺たちを巻き込むのを失敗したと判断し、もはや死ぬしかないと自決を選んだと思われる。
倉庫を事前に調べる時間もなかったし、あの爆発は一瞬だった。指導した俺に責任はあっても、断じて十五号のせいではない。
十五号は頭を下げる。
「面目次第もございません」
「十五号のせいじゃない。それに黒幕自体は判明した。アルヴァへの変装から黒幕の発見まで、本当によくやってくれたよ」
俺が言うと、マッパが十五号の肩をポンポンと叩いた。
「ウルファスはとりあえず棺に入れて埋葬しておこう」
「承知いたしました」
ウルファスの死は残念だが、どのみちここまでするぐらいだ。マッパの拷問で情報を吐いていたとも思えない。
「黒幕が分かれば、少なくともリシュの安全は確保できる。あとは、黒幕の罪を明るみにするだけ……いや、目的も明らかにしないといけないな」
とんでもないことを考えている可能性もある……そんな気がしてならないのだ。
「ともかく、十五号は何も悪くない。この反省を活かして、エルセルドも同じ道を取らないようにしよう」
フーレが口を開く。
「そうだね。エルセルドが死なないのは、ウルファスが上手く敵を倒してくれたと考えているからかな……」
「ただ、その敵を全滅させられたとは、エルセルドも考えてないでしょうね。必ず他にも仲間がいると思っているはず」
リエナの推察に俺は頷く。
「ああ。そしてその仲間を警戒して、エルセルドは行動を控える。しかし、何かしら静かに新たな手は打ってくるだろう。あの透魔晶や装置を使って」
「ベッセル邸とエルセルドを監視している限りは、その動きを察知できそうですね。そこは安心です」
「そうだな。ただ、今の俺たちでは人手が足りない。付いてきてくれたゴーレムの二人はベッセル邸の監視で手いっぱい。十五号、伝令にシェオールからの増派を要請してほしい……うん?」
気が付くと、マッパが金属製の輪のようなものを手にしていた。
「それは、ノストル山の転移装置……シェオールとそれで行き来するつもりか」
しかし装置は小さく、転移門ほどの魔力はない。もう一つをシェオールに設置しても、とてもつながるとは思えない。
マッパは首を横に振ると、俺たちを違う部屋へ手招きする。
するとそこには、装置を巨大化したものがあった。ミスリル製。マッパ号にあったものを使ったのだろう。
マッパは紙のようなものを取り出す。どうやら装置の設計図なのだろう。金属の輪の中には、転移石が仕込まれていたようだ。
リエナが頷く。
「なるほど。同じものをシェオールに作るわけですね」
「そうすれば、王都とシェオールで行き来できるようになる……マッパ、すごいじゃん」
フーレの声にマッパは照れるような仕草をする。
装置を解体して仕組みを調べていたのか。もともと、マッパは壊れた転移門の修復なども行っていたし、転移門を繋げる技術はもともと持っていた。
転移門を新たに作る、という視点は抜けていたな。あまりたくさん設置するのもどうかと思うが、こういう重要な場所にはぜひ置いておきたい。
十五号はマッパから転移装置の設計図を受け取る。
「では、こちらはシェオールに送らせていただきます。向こうで同じものを造るようにも」
「ああ。これがあれば、シェオールに帰還できる……」
「どこまでも続く碧い海と、潮騒の音が懐かしいねえ……」
フーレは目を瞑って呟いた。俺もだがシェオールが恋しい。
「人員の面でも精神的にもありがたいですね。ありがとうございます、マッパさん!」
リエナはマッパに頭を下げると、俺に訊ねる。
「装置ができるまでは今いる者たちでベッセル邸の監視を続けるとして、何か他に手は打ちますか?」
「あまり軽率に動けないのはこちらもだ。こちらとしては、エルセルドたちが動くまで待ちたい」
「かしこまりました。ですが、動くまでは時間がかかりそうですね」
「いや、それが案外すぐ動く気もしてるんだ。リシュがもう少しでこの王都にやってくる。貴族の馬車なら、エルセルドにもリシュが来たことは伝わる」
エルセルドは王国の将軍。衛兵隊や軍から、リシュが王都に来たという報告もすぐにつかめるだろう。
リシュは欲しがっていたレオードル領の嫡子。装置の安否の確認のためにも、接触してきてもおかしくない。
「裏を返せば、リシュさんの身も危ないですね」
「そこは俺たちで守る……それはいいんだが、リシュにはなんて伝えればいいかと思ってな」
あの装置のことはリシュには話していない。そこに透魔晶の存在を話せば混乱するだろう。かといってその話をしなければ、エルセルドが黒幕であると言ってもいまいち信じられないはずだ。
装置や透魔晶の存在も、そもそも実際に見せなければ信じてもらえないだろう。
そしてそれを明かすことは、俺たちの力のことも話さないといけなくなる。
話したくないわけではないし、リシュなら信じてくれるとも思っている。口外することもないだろう。リシュは俺に賊の尋問を任せてくれたし、最後に秘密は聞かせてもらえればいいと言っていた。
……黒幕が判明した今、リシュには伝えておくべきか。
「リシュには、正直に伝えようと思う。その上で、エルセルドから情報を引き出す協力をしてもらおうと思う」
「いいと思う! ヒール様の言うことなら信じてくれると思うよ」
「私も賛成です。リシュさんも色々もやもやが解消されるかと」
リエナとフーレも首を縦に振った。
「そうだな。リシュもずっと苦しいはずだ。エルセルドが犯人だったことにはショックを受けるかもしれないが、いずれ言わなきゃいけないことだ。リシュには俺から伝えてみる。それと二人には少し調べてほしいことがあるんだ」
「察するに、あの地図のことでしょうか?」
リエナの問いに俺は頷く。
するとマッパがエルセルドの部屋にあった地図を描き写した紙を出してくれた。
「すごい。そのまま小さくしたみたい」
「マッパさんは本当に器用ですね……」
リエナとフーレは感心の声を上げた。
本当にエルセルドの部屋にあったものと同じ地図。印の位置もずれがない。
「マッパ。ちょっとこの地図に描き込んでもいいか?」
俺が訊ねるとマッパが頷き、筆を差し出してくれた。
「ありがとう。あの時には気が付けなかったんだが、少し気になることがあって」
俺は北と南、西と東の印の間にそれぞれ線を引く。その線が交わる場所は……
リエナがその交点を見て言う。
「ここは……この王都でしょうか」
「ああ、間違いなくこの王都の中央だ。そしてこの王都を中心に、四点を……ありがとうマッパ」
マッパが円規を使い、王都から四点を通る円を描いてくれた。
俺が頷くとフーレが言う。
「四か所とも全部、綺麗に円周の上だね。王都は円の中心……となると、この四か所だけじゃなくて、王都にも何かお宝がありそうな雰囲気だけど」
「そうだな。でも、どこもただの宝の場所とはちょっと思えなくて」
もちろん、綺麗に王都の四方に宝を埋める……というのはありそうな話ではある。しかし、あの北の湖は宝が埋まっている場所というよりは、特別な場所に見えた。
リエナとフーレが頷く。
「確かに。北の湖は場所自体が異様に思えました」
「他の地点も、あの装置とかだけじゃなくて、湖みたいなものがありそうだよね。装置とかは実はおまけみたいなものでさ」
フーレの言葉で俺はシェオールのことを思い出す。シェオールには様々なものが埋まっていたが、それはあそこが古代シェオールの遺跡が眠る場所だったからだ。
あの装置と言い透魔晶といい、ただそれだけが埋まっていたというよりは、特別な場所にあったというほうがしっくりくる。
「俺もそう思うんだ。だけど、この四か所の地点をそれぞれ調べるには時間がかかりすぎる。それに、北の湖でも感じたことだけど、おいそれと触れてはいけない場所に感じるんだ」
リエナが察するように言う。
「ならばまずは文献から、というところでしょうか。ベッセル邸の本や書類、あるいは王国の図書館にも何かそれに言及した手がかりがあるかもしれません」
「そういうことなら、私と姫で調べてみるよ。王国の本、気になるしね」
「ありがとう。俺も空いた時間に調べてみる……うん?」
マッパが珍しく悩むような顔をしている。地図……王都の地点をじっと眺めているようだった。
「何か心当たりがあるのか?」
俺が言うと、マッパはお手上げと言わんばかりに首を横に振った。
「……いや、言いたいことは分かる。四方の地点は、この王都に何か影響を与えるための起点。なんらかの装置にも思えてくる」
マッパはこくこくと頷いた。やはりマッパも同じように思ったのだろう。
フーレがマッパを撫でて言う。
「マッパでも分からないんだから、とにかく調べてみないことには、だね」
「ですね。エルセルドの目的もそこから分かってくるかもしれません」
俺はリエナとフーレの言葉に頷く。
「そうだな。皆、大変だと思うけど、転移装置が完成すればシェオールにも帰還できる。もう少しだけ力を貸してくれ」
リエナたちは首を縦に振ってくれた。
俺たちはエルセルドに対応するための作戦を開始した。
そして翌日、リシュが王都へと到着するのであった。