二百八十二話 推理でした!?
ビストを暗殺しようとした襲撃犯を捕らえた俺たちは、姿を隠したまま急ぎ拠点へと向かう。
煙のせいかちょっとした騒ぎになったようで、衛兵隊や消防隊の馬車がアリュブール商会に向かっていく。さらに街の群衆も何事かと集まりはじめ、ちょっとした騒ぎとなった。
ただ、そのおかげか拠点には誰も目を向けず、スムーズに帰還できた。
マッパは個室に投げ縄ごと襲撃犯を放り投げる。
部屋は窓がなく、壁や天井、扉は金属製になっている。
マッパは猿轡、拘束具、目隠しを手にすると慣れた手つきで襲撃犯に装着していく。それから個室の鉄扉を閉じてふうと一息吐く。
ずいぶんと手慣れたものだな……
とにかく一安心。残した十五号も特に心配はいらないだろう。ビストとの話が終われば戻ってくるはずだ。
リエナも額の汗を拭って言う。
「驚きました……この国で姿を消せるのはバルパス様ぐらいかと思っておりましたが」
「そうだな……」
声と体格からしてバルパスではない。バルパスの手下の可能性はあるかもしれないが、どうだろうか。
しかし、転移の装置といい、まさか王国でこれほどの道具を持つ者たちがいようとは。追放される前の俺が気が付けなかっただけで、もともとそんなやつらがいたのだろうか。
となると、父たちも危ないかもな……
フーレは個室の中が見える小窓を覗きながら言う。
「だいぶやり手な感じだったねえ。私たちがいなかったら、ビストは殺されていただろうね」
「ビストさんにも理由があったんでしょうが、それにしても」
黒幕は非情な人物……か。
とはいえ、この国は父である王を含め、そんな人物が多すぎる。それだけでは手掛かりにはならない。
「とりあえずは現状確認だ。捕らえた相手はいまだに透明。とすると、紋章や魔法の効果というよりは、何か道具を使っている可能性が高い」
フーレが頷く。
「転移の装置を使うぐらいだもんね。そんなものを持っててもおかしくないかも」
「ああ。やつの所有品を調べればわかるだろう。だが、優秀な密偵ではなさそうだな」
リエナは思い出すように言う。
「ノストル山のベリドさんもそうでしたが、明かしてはいけない秘密を持っていたら自決しようとするはず……しかしこの部屋の中の者は投げ縄で捕らえられた時、そういう素振りを見せませんでした」
「そうだ。しかも襲撃の際、攻撃が当たらないことで苛立つように言葉を発していた」
「あるいは、密偵ですらないのかもしれませんね」
「ああ。バルパスの手先としては、少し甘い気がする。殺しの腕はありそうだから、雇われの殺し屋という可能性はあるが」
フーレが言う。
「とりあえず、身体検査しちゃう? 何かわかるかも」
「そうだな。俺がやろう──って」
すでにマッパが鉄扉を開き、襲撃犯の身ぐるみを剥いでいた。
特に抵抗する素振りもないから、まだ麻痺しているか気絶しているようだ。
やがてマッパが石のようなものを手にすると、透明だった襲撃犯の姿が明るみになった。
黒装束を着た金髪の若い男。顔はいたって普通で、俺の知っている人物ではなかった。
バルパスを頼れば、誰かが分かるかもしれないが……信用できない。それにバルパスや父がこの件に介入したがるかもしれない。リシュのためにも自分たちで解決したい。
マッパは次々と襲撃犯の道具を近くの机に並べていく。先程投げた針の入ったポーチや短剣、毒のようなものが入った瓶。あとはマッパが持った石だ。
「殺し屋や暗殺者らしい持ち物だな……透明化していたのはこの石か」
マッパは石を持ちながら姿を消したり、現わしたりする。姿が消えると、魔力の反応も消える。この石が透明化の原因で間違いない。
俺はマッパから石を受けとる。
石というよりは水晶。インベントリに入るだろうか──入った。
透魔晶……魔力をはじき、周囲の光景を透明にできる。
「この石が透明にしていた原因だ。魔力を弾くから魔力の反応も出ない。まあ、その分魔法が使えなくなるだろうけど……」
「そうですか。装置ではなく石となると、他にも所有者がいるかもしれませんね」
「そうだな……警戒するに越したことはない」
俺がそう言うと、マッパは周囲や廊下に小石やら木片などをばらまく。昨日の拠点作成の際に出た廃材やゴミだ。
透明になっている者が他にいた場合に気が付けるように撒いているのだろう。悔しいがマッパは頭がよく回る。
そんなことをしていると、男がううんと声を漏らし体を揺らし始めた。
「目覚める……皆、顔を隠せ」
俺たちは琉金の仮面を付ける。目隠しをつけさせているが、一応だ。
するとしばらくして、男が体をびくんと震わせた。
「っ!?」
声を出そうとする男。しかし猿轡をされていて話せない。手足も拘束されているため、身をよじらせることしかできなかった。
ここはシンプルに脅しをかけてみるか。
「……お前の命はもう我らの掌の上。これからする質問に正直に答えるなら、命だけは助けよう」
俺がそう言うなり男は首を縦に何度も振った。
命をかけるほどではない、か。やはり雇われかな。
マッパは男に近寄ると、猿轡の一部の蓋を外す。なんとか話せるようにしたようだ。
男は横になりながらこちらを見て必死に訴える。
「こ、答える! だから命だけは助けてくれ!!」
「お前の回答次第だ。誰の命だ?」
俺が言うと、男は首を横に振る。
「わ、分からない! 依頼書と前金をもらって、あの商会の頭を殺そうとしたんだ!! 石を貸すから、秘密裏にやれって言われて」
「いや、違うな。殺しはおまけだ。お前は装置のことを誰かに報告しなければいけなかったはずだ」
「っ!? し、知らない!! そんなことは依頼にはなかった!!」
「ではなぜ、あの二人が会話を始めてから暗殺しようとした? 殺すだけなら、寝込みを襲えばいいだけだろう?」
「……」
男は沈黙する。言い訳を必死に考えているのかもしれない。
俺は畳みかけるように言う。
「装置の無事を確認したお前は、それを誰かに報告するつもりだった。違うか?」
「っ……ふっ。あれを知ってるあんたは只者じゃないな。ってことは、装置もすでに」
装置は実は無事ではなく、すでに俺たちの手に落ちている。そう察したようだ。
「さあな。それよりもこちらの質問に答える気はあるのか? ないのか?」
「悪いが、雇われなのは本当のことだ。報告書をある場所に置くだけ……そこまでが俺の仕事だった」
手紙でやり取りしていたのは本当のように思える。調べていないが、黒幕はビストにも手紙でのやりとりを選んでいたはずだ。
男は続ける。
「もしあんたが望むなら、場所は教える。だがその代わりに俺を解放してくれ」
その手紙を渡す場所を張ればあとは、黒幕にたどり着ける……
──本当にそうだろうか?
そう思わせるのは、透魔昌の存在だ。
黒幕がビストたちに装置を貸し出しても、ビストたちがそれを盗んで隠すのは難しい。装置が大きい上に、ビストは政財界では有名人。そんなことをすればすぐに黒幕にバレて殺される。
一方でこの透魔昌はどうだろうか?
姿を消せるのだから、持ち去ることも難しくない。殺し屋であれば垂涎の品だし、そもそも容易に盗みを働くこともできるはずだ。黒幕が怖いなら、国外に逃げればいい。
つまり、この男には透魔昌を持ち逃げできなかった理由がある。
「た、頼む! 俺には貧しい子供がいるんだ!! まだ死ぬわけにはいかない!!」
人質がいる……持ち逃げできない理由としてはもっともだ。
ただ、おかしい。
これだけの騒ぎとなった。黒幕が近くにいればビストの無事はすでに把握していると見ていい。
この男は依頼に失敗し、貴重な預かりものである透魔昌を失った。普通であれば抹殺を恐れる。
失敗は黒幕に伝わっている、透魔昌ももうない……そんな状態で解放を願うだろうか?
本当に子供がいるなら、失敗のせいで子供に危害が及ぶことを危惧するはず。事実、ビストは商会員に危害が及ぶことを恐れていた。
もし本当に命の危機を感じているなら、自分を完全に無力化した俺たちに一か八か頼ってもおかしくない。
──こいつは、雇われじゃないな。
小者らしい振る舞いは演技か。雇われでなく、黒幕の直属の部下である可能性が高い。しかも自決しなかったことから、それなりの地位の人物のはずだ。
ならば、解放するわけにはいかない。
しかし、かといって黒幕に時間は与えたくない。
丁寧にマッパ式拷問で襲撃犯から情報を吐かせ、十五号に化けさせて黒幕と接触……それでは時間がかかりすぎる。
ビストの殺害が失敗し、さらにこの男の帰りが遅ければ、黒幕は先手を打ってしっぽ切りをすることも考えられる。ビストを再び殺そうとすることも躊躇うかもしれない。
そうなれば、黒幕への手掛かりは完全に失われる。
……ならばここはこの男を泳がせるべきか。
男は黒幕のもとへ帰還しようとするはずだ。
「解放はしない。手紙の受け渡し場所を教えろ」
「か、解放しないなら無理だ!! それに俺以外が行けば、やつらは受け取らない! 俺に行かせてくれ!!」
男はさらに続ける。
「あんたたちは、つかず離れず俺の後ろからついてくればいい。あんたたちなら、俺を逃がすようなへまもしないだろ?」
俺たちの力は認めている。それでも俺たちを嵌めようとしているなら、男には何か勝算があるということだ。
危険ではある……しかしここで引いては、振り出しに戻ってしまう。リシュも安心させられない。
最悪、転移石などで撤退すればいい。ここは敵の懐に入ってみるか。
俺は男に言う。
「……裏切れば命はないと思え」
「も、もちろんだ! 約束する!!」
こうして俺たちは襲撃犯を泳がせることにした。