二百八十話 二枚上手でした!?
バルパスと別れた俺たちは、再び王都の大通りへと戻ってきた。馬車と多くの人が行き交っている。
リエナは後ろを振り返って言う。
「誰か追っ手が来ると思いましたが」
「いないみたいだね。なんか、面倒くさいの嫌いそうな人だもんね、あの人」
フーレの言う通り、バルパスは面倒くさがり屋だ。俺たちに追っ手を差し向けていることが気取られ、機嫌を損ねるのを嫌がったのだろう。その一方で、俺たちを脅威とは見ていないことも窺える。
「それで、色々あって忘れちゃったけど……まずは物件を探すんだっけ」
「そうでしたね。まずは大通りを進んでみましょうか? アリュブール商会も気になりますし」
俺はリエナの言葉に頷く。
「そうしよう。本部の構造だけでも確認しておきたい」
相変わらずの人混みをかき分け、俺たちは大通りを進んでいく。
「見えてきたな。だいぶ遠いけど」
俺は、一際高い尖塔を備えた建物に目を向けた。塔には商会の旗が翻っている。その塔の下には、石造りの重厚な建物が広がっていた。
「あれが……世界樹ほどじゃないけど、高いね」
「王都の商会の中では一番高い塔だ。本来、丘上にある宮殿に届くほどの高さの建物は建ててはいけない決まりなんだが、アリュブール商会は宮殿に多額の寄付をしているから許されているんだ」
「へえ。それだけ金持ちってことだね」
フーレは感心したように塔を見上げる。
リエナも歩きながら言う。
「しかし、見えているのになかなか着きませんね……距離感がおかしくなりそうです」
「人混みの中だしな。ともかく、前まで歩こう」
そうして数分、大通りを進んだ俺たちはアリュブール商会本部の近くに到着した。
柱の並ぶ石造りの堅牢な建物。下の階層は店舗部分になっており、いくつもの陳列窓には豪華な服飾品が並んでいた。
「おお、でっかい……周りの中では一番大きいね」
「お客も多いようですね」
「そうだな。魔力の反応だけで、中の混雑ぶりが分かる」
フーレは目を凝らして商会を眺める。
「危ない装置とかあれば魔力の反応で分かりそうだけど……特になさそうだね」
フーレの言う通り、商会からは際立った魔力は感じられない。
リエナが言う。
「物件は、魔力の反応が確認できる場所がいいですね」
「そう、だな……ん?」
商会の前に立っていた身なりの良い男が一人、こちらへやってきた。
「当商会に御用でしょうか? お探しの物があればご案内いたします」
男は緑色のコートを羽織り、羽飾りのついた帽子を被っている。曇った丸眼鏡は金のフレームでできていた。
──商人だ。それも、このアリュブール商会の。
店先に商会員を常に配置しているのだろう。そして隙あらば声をかけるわけだ。
俺は落ち着いて答える。
「ああいや。王都の土地や建物を探していてな。なるべく大きなのがいいから、ここで相談できないかと思ったんだ」
「なるほど、左様でございましたか。当商会が扱う住居と土地は私が担当しております。よろしければ、指折りの物件をご紹介いたします──ヒール殿下」
少し驚いた。ノストル山での件が伝わっているとしても、俺の見た目までは知られていないはずだ。
……ルシカの支店から漏れたのか?
「俺のことを知っているのか?」
「もちろんでございます。当商会は王家の方々の肖像画の製作も行っております。私は美術品も担当しておりましたゆえ、お顔は存じ上げておりました。それに、最近はあの難攻不落であったノストル山の砦を陥落させられたとか。お会いできて光栄でございます」
「そう、か」
「ああ、申し遅れました。私はアリュブール商会の会長を務めております、ビストと申します」
まさか、向こうからやってくるとはな。
バルパスにはすでにノストル山砦の陥落が伝わっていた。賊討伐を祝う祭も開かれたわけで、アリュブール商会が知っていても不思議ではない。
バルパスは先ほど「王族にシェオールのことが漏れている」とも言っていた。アリュブール商会は王族にも顔が利く。俺がシェオールの主であることも掴んでいる可能性がある。
気になるのは装置についてだ。
ビストはこう続けた。
「私は何度かルシカの支店にも参りましたので、レオードルのことは心配していたのです! それを殿下が助けてくださった……! お礼も兼ねてと申しては恐縮ですが、ぜひ私に案内させていただけませんか?」
──わざわざ自分がルシカに行ったことを明かすか。
ノストル山砦の件を知っているなら、当然装置のことも気になっているはずだ。商会員アルヴァによれば、あの転移装置は会長ビストが用意したもの。
ノストル山とシェオールのヒール。その組み合わせだけで俺を要注意人物と捉えるには十分だ。そして、もし俺がシェオールの主なら、転移装置の存在が露見してもおかしくないと考えたのだろう。
ビストはすでに、装置について最悪の事態を想定して動いている。ノストル山周辺に少しでも異変があればそう動く、と決めていたのかもしれない。
だからこそ、大胆にもこうして接触してきた。
──となると、黒幕はすでに逃げている可能性もあるな。
逃げられぬよう慎重を期したつもりだったが、さすがは帝国一の大商会アリュブールの会長か。向こうのほうが一枚、いや二枚上手だったかもしれない。
さて、どうするか……
「そう、だな」
ここで逃げれば怪しまれるだろう。そして向こうも、まだ装置が見つかっていないという希望を捨てきれてはいないはずだ。
危険はあるが、話してみるか。向こうから装置について探りを入れてくるかもしれない。
「分かった。物件を紹介してくれ。なるべくこの大通りの界隈がいいんだ」
「そういうことでしたら、あちらの物件はいかがでしょうか?」
ビストは大通りを挟んで真向いの建物を指さした。五階建ての白壁の建物。屋根は青の瓦で、壁には大きなガラス窓が並んでいる。宮殿の一棟にも遜色ないほど豪華だ。
しかもここは帝都随一の繁華街。とても空き物件とは思えない。事実、その建物の一階は店舗や倉庫として使われているようだった。
「すでに入居している者がいるようだが」
「はい。現在、低階層は当商会の支店と倉庫として使っております。低階層は明日に、高階層でしたら今日から引き渡し可能でございます」
「金額は? 買い取る形か、賃料を払う形か?」
「どちらでも構いません。そしてヒール様でしたら、無料でお譲りいたします」
──いきなり下手に出てきたな。いや、俺が圧倒的な戦力を持つことを見越し、懐柔しようとしているのか。
だが、あまりにも異常な申し出だ。
「無料? どういう意味だ?」
「先ほども申し上げましたが、ヒール殿下はルシカを救ってくださった。そして王族であらせられます。ぜひお力になれればと」
「信じられないな。下心があるんじゃないか?」
装置の話をするか……?
しかしビストはこう答えた。
「下心などとんでもございません。ただ最近は、王族方の話題はヒール殿下のことでもちきりでございます。我々としても、ぜひお近づきになれればと」
──やはり装置には触れなかった。
だが、確実に探りたいはずだ。
俺は適当に相槌を打つ。
「そういうことか。だが宮廷の権力闘争に付き合う気はない。残念だが、誰にも加担する気はないぞ」
「滅相もございません。我らは一介の商人でございます。ただ、より良き商いのため、ヒール様とお近づきになれればと」
「そうか。まあ俺たちも貿易については考えていたところだ」
「おお! それは素晴らしい。ぜひ当商会をなんなりとご利用くださいませ」
「ああ、考えておこう。だが、今は物件を紹介してくれるか?」
「かしこまりました。ご案内いたします」
ビストはそう言うと、近くにいた少年たちを呼び寄せた。
「支店に連絡せよ。作業を中断させるのだ。お客様をご案内する」
「はい! ビスト様!」
少年たちは真向いの支店へ駆けていく。
「さあさあ、こちらへ」
ビストが歩き出し、俺たちもそれに続いた。
支店へ向かう途中、ビストが口を開いた。
「しかし、あの難攻不落のノストル山の砦を落とされるとは。一体、どうやって落とされたのでしょうか?」
──早速来たか。やはりビストは装置のことが気になっている。
装置は塔にあった。塔の奥には抜け穴があり、山の麓へ繋がっていた……というのが表向きの説明だ。だが実際には、抜け穴は偽装であり、開通させたのは俺たち自身だった。
俺とレオードルの兵たちはそこを通って砦を落とした──そう言えば、ビストはすぐ異変に気付くだろう。だから黙っておく。
「悪いが軍事機密だ」
「これは出過ぎたことを申し上げました」
ビストはすぐに引き下がった。少しこちらから仕掛けてみるか。
「だが、戦利品は大量に手に入ってな」
「ほう……それは素晴らしい。どんなものだったのでしょう?」
その声音がわずかに変わった。戦利品に装置が含まれていると考えたのかもしれない。
「やつら、賊にしては豪華すぎる武具を大量にため込んでいてな。食料や嗜好品も相当なものだった。だいぶ稼がせてもらったよ」
「左様でございましたか。それはようございました。しかし、ノストル山は険しいと聞きます。なぜ、それほどの物資を山頂に貯め込めたのでしょうな」
ビスト自身は、自分たちがやったのだから誰がやったかも理由も知っている。しかし知らないという体でいくなら、当然の疑問だ。
「俺も気になった。だが賊どもは皆、物資の出どころは隊長しか知らないと言っていた。しかし、その肝心の隊長らしき男は自決してしまってな。名前はベリドと言ったか」
砦を守っていたベリドは、俺たちに追い詰められ自決しようとした。だが、実際には俺たちが自決を止めて、マッパ式の拷問ののち収容所に送った。
だが、今の一言でビストは安心するはずだ。ベリドは装置について漏らさなかったと。
「そうでございましたか。大声では言えませぬが、ご領主同士、色々おありでしょうからな」
──他領主が裏で仕掛けたのでは、と暗に言っているわけだ。確かにそうでもなければ、あの物資は用意できないと考えるのが普通だ。実際の実行犯は、アリュブール商会だったわけだが。
「まあ俺にはどうでもいい。ただ、賊が跋扈しているのを見過ごすわけにはいかなかった」
「ご立派でございます」
ビストがそう言ったとき、後ろから声が響いた。
「へえ、お兄さん、賊を倒したんだ」
「すごい!」
振り返ると、書類を抱えた少年少女たちが立っていた。身なりは整っているが、どこか素朴な印象を残す。おそらくビストの小間使いだろう。
ビストは振り返り、声を荒げた。
「お前たち、口を慎め!」
「ごめんなさい、ビスト様! 北支店の日報を届けに来たんですけど、忙しそうだったので」
「そんなものはあとでよい……いや、私がすぐに持ってくるよう頼んだのだったな。 ……これをやるから、今日は帰りなさい」
そう言ってビストは銅貨を持たせ、彼らを帰らせた。
「ありがとう、ビスト様!」
「また仕事ちょうだいね!」
「うむ」
ビストは小さく笑うと手を振った。それからすぐに俺に頭を下げる。
「ヒール殿下、これは失礼を」
「いや、いい。孤児を拾ったり、貧しい子供に仕事を与えていると聞いていたが、本当だったんだな」
「自分だけが富むのは、どうにも……私も孤児でしたから」
「そうなのか。いや、立派なことだ」
「お褒めに与り光栄でございまする」
頭を下げるビスト。
どうにも悪人には見えないな……
その後、ビストは物件の案内を始めた。
間取りやら築年数やら、季節ごとの過ごしやすさはどうかとか、至って真面目な物件紹介。ノストル山や装置については触れてこなかった。ベリドが自決したと聞き、装置については安心したのかもしれない。
物件については悩んだが、結局買い取ることにした。特に装置や抜け道など怪しい点は見当たらず、ここからならアリュブール商会内部の魔力反応も探れる。
無料でいいとビストはしつこく勧めてきたが、「俺を馬鹿にしているのか」と告げると、買取で同意した。
こうして物件の確保と、ビストとの接触を果たすことができたのだった。
いつも『洞窟王』を読んでいただき誠にありがとうございます。
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なろうで掲載している『万年ヒラ教師の支援魔術師、最強の賢者になる』という拙作が、フルカラーの縦読みマンガになりました。
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