二十八話 温泉掘っちゃいました!!
「……うん?」
俺の隣で採掘するフーレが、呟いた。
俺も手を止めて振り向くと、フーレは新しいピッケルを見つめていた。
マッパが作ったこのピッケルは、頭がミスリルでできていて、柄が世界樹の枝でできているものだ。
昨日生えた世界樹……そこから落ちる葉や枝を、俺たちは調査した。
葉はすり潰したりして、バリスが薬にならないかなど調べている。
一方の枝は持つだけでその軽さが分かった。
それでいて、岩に叩きつけても折れない……どころか、鉄の斧では切れず、ミスリルの斧やナイフでやっと加工できたほどだ。
まだまだ世界樹については分からないことも多いが、一番知識のあるバリスにその後の調査も任せてある。
その一方で俺たちは、世界樹を使ったピッケルの試験もかねて、この前大量に消費した岩を補充すべく採掘中だ。
「どうした、フーレ? その新しいピッケルになんかあったか?」
「いやさ……なんか、全然疲れないなあって思って。もう掘り始めて一時間経ってるんだけど、前のと比べて全然疲れないんだよね……」
「へえ……言われてみれば、俺もそんな感じが……」
俺もフーレと同様、柄に世界樹を使ったミスリル製のピッケルを使っている。
前の、柄もミスリルでできたものも軽く使いやすかったのだが、今の方が木でできている分握りやすい気がする。
だが、フーレの言うように疲れない、という実感はあまりない。
というのも、俺は前のピッケルでも、もうほとんど疲労感を覚えなかったからだ。
世界樹の枝で分かったことはもう一つ、魔力を纏っているということだ。
もしかすると、魔力以外にも回復効果のある何かしらを含んでいる可能性も有る。
昨日俺たちの頭をおかしくさせた、黄金の粉……あれにも、一種の回復効果はあったことを考えれば、想像に難くない。
俺はもっと感想を聞こうと、フーレの隣でピッケルを振るエレヴァンに声を掛けた。
「エレヴァン。お前はどうだ?」
「言われてみれば、そうかもしれやせんね……まあ、でも条件は同じだ」
エレヴァンはちらっと何かを気にすると、再びピッケルを振り下ろした。
何の条件かと俺は首を傾げたが、フーレが俺の裾を引っ張り、視線で何かを訴える。
フーレの目の先には、アシュトンとハイネスがいた。
この兄弟も、二人でピッケルを振るっている。
「なるほど……」
俺が岩をたくさん掘ろうなんて言ったものだから、エレヴァンはあの二人には負けるものかと、対抗心を燃やしているようだ。
当のアシュトンとハイネスは精一杯やってるものの、特にエレヴァンに打ち勝とうとはしてないようだが。
まあ、誰が傷つくわけでもないから、別にいいけど……
こんな競争なら、大歓迎だ。
「まあとにかく、疲れないからって無理は禁物だぞ。いいか、フーレ」
「うん!」
こうして俺たちは、再び採掘に戻るのであった。
だがしばらくして、俺の腰の方から嫌な音が響く。
びりっという何かが破けた音……
同時に、やけに下半身が涼しくなる。
どうやら、ズボンの股下が破けたらしい……
まあ、これだけ動いてるのだから当然か。
「……フーレ。俺はちょっと地上に行ってくるよ」
「うん? 何かあった?」
「いや、ちょっと小腹が空いてさ。なんかあったら、知らせてくれ」
「うん、了解」
俺は変な歩き方で、洞窟の入り口まで向かうのであった。
すると、すぐ外の作業で、リエナがコボルトたちと何やら一緒に作業していた。
リエナはすぐに俺に気が付き、こちらまでやってくる。
「ヒール様、お疲れ様です。お食事になさいますか?」
「あ、いや……ちょっと、言いづらいんだけど……」
リエナは不思議そうに訊ねる。
とはいえ、こんなことを打ち明けられるのはリエナぐらいだ。
「ズボンが破けちゃってさ……悪いんだけど、何かの布で直してくれないかなって……」
「そうでしたか! それはちょうど良かったです!」
「ちょうど?」
「はい! 実は先程、コボルトの方々に、キラーバードの皮のなめし方を教わっていたんです! 我らベルダン族は、獣皮の加工はあまり上手ではなかったので…… とにかく、とても良い生地ができたところなんです!」
「なるほど……」
俺はコボルトの着ている服を見る。
コボルトは、人間が作る革製品とそう変わらないものを身に着けていた。
アシュトンやハイネスの革鎧も、よく考えれば大層立派なものだった。
加工のみならず、染色技術も優れているのかもしれない。
「いくらか試しに衣服を作りました。それで、どこが破れたのでしょうか?」
リエナは膝を曲げ、俺の腰元に目をやる……
なんだかとても恥ずかしくなり、俺は思わずズボンを押さえた。
リエナは俺を見上げて、首を傾げる。
「ぬ、脱いで渡すから」
「かしこまりました!」
そう言って、リエナは俺の腰の前でにこにこと待機する。
いや……脱ぎづらいんだが……
とはいえ、別にズボンを脱ぐだけだし、まあ良いか……
俺の下着姿なら、何度もリエナは見ている。
俺はするりとズボンを降ろした。
だがその瞬間、リエナの顔が真っ赤になる。
え……?
俺は自分の下半身に目をやった。
すると、俺の下着は……見事に前で裂けていたのだ。
破けていたのは、下着もだったらしい……
俺は見せたくないところをリエナの前でさらけ出してしまった。
「あっ…… ごめん!!」
俺は思わず片手で前を隠し、もう片方の手でズボンをはく。
今までにないぐらい、俺は焦っていたと思う。
もたつき、ズボンを上手く履けない。
何かを察したのか、常に俺に付いてくるスライムのシエルが、下半身の前で目隠しするように壁になってくれた。
リエナは赤面したまま、必死に首を横に振る。
「な、な、なな、何を謝られるのですか! ……こ、こ、この際ですから、ズボンも下着も新しいものを、お作りしますね!!」
リエナはそう言って、慌ててコボルトのいる作業場に戻っていった。
すでに、コボルトは皮を使った衣服を作っているようであった。
ケイブスパイダーの蜘蛛糸も合わせているようで、随分と手際が良い。
というより……やっちまった。
これじゃ、まるでマッパと一緒みたいじゃないか……
一応、領主としての威厳を保ちたかったんだが……
俺が肩を落としていると、誰かがポンポンと俺の背中を叩いた。
振り返ると、そこにいたのはマッパであった。
気を落とすな、ということだろうか。
いや、上半身裸のおっさんに言われても……
「……うん? それ……」
俺はマッパの腰布の隙間から覗く、ある物に気が付く。
マッパは俺の視線に気づいたのか、腰布をたくし上げ、それを見せつけた。
……そこには、光沢のある茶色い革製の下着があった。
新たな下着を自慢するようなマッパだが、きつきつで思わず目を逸らしたくなる。
どうやら、コボルトたちが作ってくれたようだ。
俺は下着を着けてますってことか……
謎の敗北感を覚えた俺はなんだか急に恥ずかしくなり、そこらへんにあった腰布を身に纏って、洞窟に戻るのであった。
戻ると、フーレが俺に訊ねる。
「あ、ヒール様! もう食べたの?」
「え、ああ、うん……」
「……? そう……」
フーレは俺の腰布を気にはしていたが、それ以上は何も訊ねないでいてくれた。
何かを忘れる時は、やはりピッケルを振るのが一番だ。
俺はすぐに採掘に戻った。
途中、フーレが俺にこんな言葉を投げかける。
「なんか今日のヒール様、ペース早いね」
「そうか?」
「うん……これは負けてられない……」
フーレも俺に呼応するかのように、ピッケルを振る。
そんな時であった。
俺が掘った場所に、小さな穴が見えた。
その穴からは、何やら湯気が立つ液体がじゃぶじゃぶ噴き出ている。
これは……
「これって……温泉?!」
フーレはそう、思わず声を上げた。
俺たちは、どうやら温泉を掘り当てたようであった。