二百七十八話 かつての敵でした!?
王都の正門近く。魔物がごろつきに脅迫されている中、黒いフードを被った男が現れた。
男は黒いローブを着ていた。すぐには気がつけなかったが、両足とも義足のようだった。
「やめろ」
魔物を脅していたごろつきたちは、男の声に振り返る。
「ああ? お前、誰だ?」
男に迫るごろつきたち。
男はフードの下の鋭い眼光を、ごろつきの後方にいる魔物たちに向けた。行け、と促しているのだろう。
「あ、ありがとうございます!」
魔物たちは頭を下げると、そのまま馬車を走らせ、王都の外へと走っていった。
「あ、待て!!」
ごろつきたちは追おうとするも、すでに馬車は人ごみの向こうだった。
「くそっ! てめえ、なんのつもりだ?」
「俺たちが誰だか、分かってんだろうなあ?」
ごろつきたちは男に迫る。
フーレが呟く。
「全く動じない……」
「一人で挑むぐらいですからね」
リエナも頷いて言った。
男は確かにただならぬ雰囲気を纏っていた。その容貌からも、只者ではないことを窺わせる。
だが、それよりもあの声……どこかで聞いたような。
そんなことを考えていると、ごろつきの一人が男の胸ぐらを掴んだ。
「おい!! 何か言ったらどうだ!?」
男は反撃する──そう考えたが。
ごろつきの拳が男の腹に叩き込まれる。他のごろつきも男を殴ったり、蹴ったりした。
「おら、何か言えや!!」
「殴り返してこねえのか? 気味の悪いやつだな!!」
予想に反して、男は一方的にやられてしまった。
俺は慌てて男に駆け寄る。
「待て!! やめろ!!」
「なんだ、てめえは!? お前も──なっ!?」
リエナとフーレは風魔法を使い、ごろつきたちの足を掬う。
「な、なんだ!? 風が!?」
強風に、立っていられなくなるごろつきたち。
周囲がざわつく中、一人が声を上げた。
「何をやってるんだ!!」
声の主は人ごみをかき分けて、こちらにやってくる。
「あ、あれは」
リエナが驚くように言う。
声の主は紅色のコートに身を包んだ、ボサボサとした髪の男だった。その顔と顎髭には見覚えがあった。
「バルパス!? お、俺たちはあんたとは別に!」
「に、逃げるぞ!! バルパスと揉めると面倒だ!」
ごろつきたちは一斉にその場から退散する。
やってきたのは、第十一皇子であり俺の兄である、バルパスだった。
そのバルパスは倒れた男ではなく、俺に顔を向けていた。
「お、お前は……」
そこまで驚いていないのは、俺が王都に来る前にノストル山の賊を討伐したということが耳に入っているからかもしれない。前情報なしで俺を見れば、もっと動揺してもおかしくない。
今さら姿を隠しても仕方ないし、隠す必要もない。
「兄上、訳は話します。今はそれよりも」
俺はフードの男に目を向ける。すでにリエナが男に回復魔法をかけていた。
しかし男はリエナに手を向け、すぐに立ち上がる。
「……必要ない」
男はそう言ってその場を去っていった。痛みが残るのか、足取りは重そうだ。義足の先端も、蹴りのせいか折れてしまっている。
今の声を聞いて、俺は男の正体が分かった。
俺はバルパスに顔を向ける。
「兄上、あいつは」
オレン──第十八王子であり俺の弟だ。シェオールに来て、すべてを失った男。あの傷と痛みで、まだ生きているとは思ってもいなかった。
それにあいつは、お付きの者だった貴族の子らを殺してしまっている。王国の法で裁かれるとしたら、刑はひとつ……。もちろん、王家の者として裁くわけにはいかなかったのだろうが。
「……お察しの通り、やつだよ。まあ、訳があってな。ともかく、こんな場所じゃなくて落ち着ける場所にいこうぜ」
バルパスはそう言って、ついてくるよう促した。
確かに王子同士、オレンのことやシェオールのことを大っぴらには話せない。
バルパスは俺たちの力を知っている。それに、一応は俺と父の間は丸く収まった。シェオールとサンファレスは協定も結んでいる。俺たちを嵌めようとはしないだろう。
「分かりました、兄上」
俺たちはバルパスについていき、大通りから一つ外れた通りに入る。
バルパスはやたらマッパのことを気にしながら、恐る恐る俺に訊ねた。
「おい、ヒール……あの、小さなおっさんとよく似た子は?」
バルパスの言わんとしているのは、マッチャのことだろう。マッパによく似た姿を持つ琉金ゴーレムの。
父たちがシェオールを発つ前、バルパスはマッチャに好かれていた。そして、マッパにライバル視されていた。今もマッパはバルパスを警戒するように見つめている。
「今回は連れてきてませんが……会いたかったですか?」
「違う、逆だ!! 誰があんなガキと! まあいい……安心したぜ」
息を吐くバルパス。バルパスとしては、言い寄られて困ったのかもしれない。
そんな中、バルパスは石造りの大きな建物の前で足を止めた。看板には酒杯が描かれている。
「なじみの酒場だ。ここで話そう」
酒場は大いに賑わっていた。まだ昼だというのに、皆のんだくれている。音楽が奏でられ、踊る者たちもいた。
バルパスはカウンターの店主に金貨を渡す。
「親父。四人だ。特別席を」
「空いてるぜ。嬢たちを呼ぶかい? っと、今日は男も?」
「……接待じゃねえよ。適当に酒とつまみだけ用意してくれ」
バルパスはそう言って、酒場の奥まった場所に俺たちを案内した。他の席とは離れた、中二階にある席だ。
一階を見下ろすと、いつのまにかマッパはカウンター席に座っていた。酒を頼むつもりだろうか……いや、マスターが出したのは牛乳だった。
バルパスは椅子に座って言う。
「ここなら大丈夫だ。飲んで騒いでいるやつらのほとんどが、俺の部下か協力者。この酒場は実質、俺の拠点みたいなもんだ」
その言葉に促され、俺たちも席に着くのであった。