二百七十五話 上手でした!?
「どうぞ、こちらへ」
アルヴァは俺たちを応接室に招き入れると、部屋の中央にあるソファに座るよう促した。同行しているリエナたちも拒むことなく入らせる。
応接室に変わった様子はない。豪華な調度品が並べられているが、刺客が潜めるような場所はなかった。転送装置を持っていたから警戒したが、特別な魔力の反応もないので少なくともここには他の魔法装置はなさそうだ。
アルヴァは窓から外の様子を気にしていた。リシュと衛兵がいることには気づいているようだ。
一方で、地下の転送装置はそのまま。まだ要塞が落ちて半日も経っていない。対応が追い付いていないのか、動かしていないようだ。
俺はソファに座り、リエナたちは壁際に立った。
すぐに男性の商会員がワゴンを運び入れ、俺たちの前にあるテーブルに茶と菓子を置いてくれた。商会員の顔はにこやかで、とても賊との関係を知っているようには見えなかった。
アルヴァは商会員が出ると、自身もソファにかける。
「ヒール殿下、本日はご足労いただきありがとうございます」
「俺が来た理由は分かるな?」
「武具をご所望でしたな。しかし前も申し上げましたが、あれは衛兵の方々へ売るもので」
アルヴァは不自然なほど落ち着いた様子で答えた。
どこまでこの冷静さを保てるだろうか? 早速揺さぶってみる。
「ノストル山にも送っていたものだろう?」
「はて、何の話でしょうか?」
「ベリドが話した。あいつは、お前の部下だろう?」
「ベリド……全く存じ上げません。その者は、私を嵌めようとしているのでしょう。もしお疑いなら、他の商会員や街の方に、聞いてくださいませ。私も商会員も、山に近づいたことすらありませぬ」
「もし、山に近づく必要がない輸送手段があったとしたら、どうだ?」
「何を訳の分からないことを……」
アルヴァの表情が少し曇る。
「……結論から言おう。お前が地下の装置を使って、ノストル山の要塞と物資をやり取りしていたことは分かっている。衛兵隊に武具を売って稼ぐ一方でな」
それを聞いたアルヴァは一瞬硬直したが、すぐに大きな笑い声を上げた。
「ふははは! ……こ、これはおかしい! 長年、各地で商いをしてまいりましたが、そんな馬鹿な稼ぎを考えたことはありません! 第一、そんな装置があるわけ……」
「なら、地下で一緒に実証してみようか?」
「っ……お、お待ちを」
俺が立ちあがろうとすると、アルヴァは慌てて言った。
ベリドが話してしまった。仕掛けも場所も全て割れているのだろう──これ以上の言い訳はできないと悟ったようだ。
「……殿下のことは存じております。殿下もまた、我が商会をご存知でしょう」
「だからどうした?」
「自慢ではありませぬが、我らは多額の資金を提供できます。また、王族や貴族の方々の覚えめでたい」
訳せば、お金はいくらでも渡そう。また、我々には味方となってくれる他の王族や貴族がいる……といったところか。
「なるほど。懐柔と脅迫か」
「なっ! それはあまりな言いようでございます!」
「アルヴァ。俺に脅しは通用しない。装置については、陛下に報告する。その結果どうなるかは、お前にも分かるな?」
俺がそう言うと、アルヴァは苦笑いを浮かべる。
「強がりを……失礼ながら、あなたの評判は聞き及んでおります。無能の王子、という評判を」
「確かに俺の評判は悪い。だが、ノストル山の要塞を落としても、本当に陛下は耳を貸してくれないだろうか? 世にも珍しい装置についても、興味が惹かれないだろうか? あれほどの装置だぞ?」
俺はそう言って、装置のある地下のほうへ視線を向けた。
アルヴァは顔を青ざめさせる。
「どうやって……どうやって、装置のことを探り当てたのです? ベリドが話したとはとても……そもそも話す必要がない」
抜け穴を使っていたと言えば逃げられる……そうアルヴァはベリドと示し合わせていたのだろう。
しかし俺は装置が使われているのを目にした。
とはいえ、正直に伝えるよりは曖昧にした方が交渉を有利に進められるはず。黙っておこう。
「手の内を明かすつもりはない。俺は交渉に来ただけだ」
ゴクリと喉を鳴らしてアルヴァは俺を見る。
「……伺いましょう」
「このままでは、どのような結末になるにしろ、お前の極刑は免れない」
「そう、でしょうな」
「だが、命だけは助けてもいい。俺に協力するなら」
「協力……金ですか?」
「金ならある。馬車を見ただろ?」
「これは失礼を……愚問でしたな。では、何でしょう?」
「簡単だ。あれだけの装置。他にも同じような希少な品を持っているはずだ」
離れた場所に転送できる装置。王を暗殺することもできるだろう。アルヴァ自身も相当な代物と認識しているはずだ。
しかしアルヴァは首を横に振る。
「……あれは私が骨董品から見つけたもの。同じものを用立てるのは」
「違うな。あれはお前のものではない」
「なぜ、そう言えるのです?」
「逆に聞くが、あの装置で金儲けをするとして、お前は今回のような回りくどくて危険の伴う手段を取るか? 真っ当な手段でもっと稼げる方法はいくらでもあったはずだ」
アルヴァはそれを聞いて無言となる。
自分だってそこまで馬鹿ではない、とでも言いたげな顔だ。
「あの装置はお前のものではない。お前に貸し出し、今回の計画を実行させた者がいる。そうだろう?」
「ふっ……はははっ!」
アルヴァは笑い声を上げた。
「いやはや。無能の王子などと申し上げたこと、お詫び申し上げます。 ……それで私にどうして欲しいと?」
「装置を提供した者を教えてくれ。あれほどの装置を人に預けられるのだ。他に希少なものを持っていると見て間違いない」
「なるほど……他の装置も欲しいと。しかし殿下はなぜ、そんなものが欲しいので?」
「聞いてどうする? 知ったところで、お前にできることはない……お前が選べるのは、虜囚として生き長らえるか、死ぬかだ」
「虜囚である限りは、命を保証してもらえるのですか?」
「約束しよう。最後には人里離れた北の僻地に住まわせる。表向きには死んだことにしてな。しかし教えた情報に偽りがあれば、命はないと思え」
俺の言葉に考え込むアルヴァ。
だが少ししてこう伝えてきた。
「……どのような暮らしも命に勝るものはない。しかし、王都に置いてきた家族も一緒に住ませていただきたい」
「返答次第だ」
「ふむ……それは少し困りましたな」
「困る?」
苦笑いを浮かべるアルヴァ。
「私が大した情報を持っていないとしたら、どうなるでしょう? それも、大方予想がつくものだとしたら」
「装置を渡したのは、予想がつく人物ということか? 例えば、商会長とかな」
「それはどうでしょうか……ですが、私ごとき一商会の番頭が企める案件でないことは、お分かりでございましょう?」
確かに手に余る代物だ。
俺の調査を遅滞させようとしている可能性もある。だが、ベリドとアルヴァの間だけでも、徹底した証拠隠滅がなされていた。アルヴァに依頼した者もあまり情報を残していない可能性がある。
「家族と暮らせるかは、お前の協力次第だ。それと、後にお前に指示を出した者を尋問して、お前が嘘を吐いていたと判明したら……どうなるか分かるか?」
「想像に難くありません。ですから、偽りなく話すとお約束します」
「そうか。では、正直に話せ。誰がお前に装置を渡して、今回の計画を指示したんだ?」
アルヴァは頷くと、躊躇なく自白を始める。
「我らがアリュブール商会の会長、ビスト様です。計画の細部まで私に指示を出しました。私はそれに従い、ベリドに指示を出しました」
今後のことを考えれば、アルヴァに嘘を吐くメリットはない。
アルヴァに直接指示を出した者は、会長のビストと見て間違いないだろう。
しかし、彼らは皆、商人。先ほど言ったように、金儲けのためだけなら、他のやり方があるはずだ。
つまり、ビストも誰かに使われているだけの可能性がある。
そしてビストに依頼を出した者もまた他の誰かから指示を受けている可能性が──黒幕に辿り着くまで何人もいるかもしれない。
その間に、黒幕も何かしら手を打ってくるだろう。
何も答えずにいると、アルヴァが口を開く。
「……商会長が何故このような計画を指示したのかは、私も分かりかねます。明らかな違法行為。明るみになれば、アリュブール商会は終わりです。なぜそのような危険を冒してまでやるのか訊ねても、何の回答も得られませんでした」
ですがとアルヴァは続ける。
「商会長が考えつくような計画ではないでしょうな。殿下が仰られたように、商人の正道とはあまりにかけはなれている」
ビストの裏に黒幕がいるはず──自分も同じ考えだと言いたいのだろう。
さらにアルヴァは悩むような顔でこう切り出す。
「故に、この計画には正直なところ、私は最初から反対でした。そもそも賊のような行いをして人命を奪うために、私は商人となったわけではない。しかし、結果として多くの命が失われた」
アルヴァは眉間に皺を寄せて後悔の念を滲ませる。
「贖罪となるかは分かりませんが……もし、殿下がお許しいただけるなら、商会長の裏にいる人物を探るのを、私にも協力させていただけませんでしょうか?」
「俺が商会長を直接問いただすよりも早いと?」
「殿下、考えてみてくだされ。アリュブール商会の会長は、王国でも指折りの資産家。並の貴族よりも力がございます。その会長にこのような計画を持ちかけられるのは」
「只者ではないな」
こくりと頷くアルヴァ。
「左様でございます。商会長への依頼も、相当な工夫を凝らしているでしょう。商会長を捕まえたところで、真の依頼人にたどり着けない可能性がございます」
「その依頼人を、お前が探し当てると?」
「はい。要塞は落ちても私が健在で尚且つ装置が無事となれば、依頼人は計画をすぐには断念せず、会長に何らかの連絡を取るに違いない。あるいは、私が会長に対応を仰げば、会長もまた依頼人に次の対応を請うはずです。そこで依頼人の尾を掴めるかと」
「なるほど」
思わず俺も大きく頷いてしまった。
まるでこちらの心を見透かされているようだ。さすが商人というべきか。こちらの少ない言葉から、何を欲しているか探り当ててきた。
とはいえ、このままアルヴァの提言を受け入れるのは危険だ。
「いかがでしょうか、殿下?」
「そう、だな」
俺がこれから取れる対応は二つ。
一つは、今アルヴァが提言したように、装置が露見していないことにしてアルヴァに黒幕を探らせる方法。しかし、アルヴァに嵌められる可能性がある。
もう一つは、黒幕に俺たちの存在を知らせ接触を待つ。アルヴァが捕まったことを公にするか、あるいはアルヴァを通じて俺たちが装置について知ったことを黒幕に報せる。向こうはまず装置を取り返そうとしてくるから、暗殺者を送り込むにしろ交渉するにしろ俺に接触してくる可能性が高い。
だがこの対応は相手に対抗策を用意する時間を与えてしまう。また、アルヴァを使う場合、前者と同様裏切られる可能性が残る。
「逐一、殿下には進捗と計画をご報告差し上げます。目付の方を置いていただいても構いません。どうかやらせていただけないでしょうか?」
アルヴァは俺の考えを読むかのように、提案を続けた。
こいつが有能であることは確か。一年以上も機密を保って、計画を実行してきたのだから。
しかし、違法な計画だと知っていた。金や立場のためなら法を破ることも厭わない人物だ。
ならばお金を積めば従わせられるか──そんな保証はない。人質を取るなどの対抗策もあるが、確実に言うことを聞かせられるとは言い難い。
つまるところ、アルヴァの有能さが不安要素なのだ。俺とアルヴァでは、向こうのほうが経験と知識で勝っているだろう。何枚も上手だ。実際、俺は今、アルヴァの言葉に惑わされてしまっている。
だから、協力すると言いつつ、嵌めてくる可能性は高い。
今の俺たちなら、戦いで敗北することはないだろう。しかし、汚い手を使われては厄介だ。
──それに、こちらにはもっと安全な手がある。
俺は小さく首を横に振った。
「その申し出は断らせてもらおう」
「左様でございますか……残念ではありますが、致し方ございません」
「ああ。しかし情報は欲しい。ビストや商会について、また些細なことでも依頼にかかわりのありそうなことは洗いざらい話してもらおう。捕虜としてお前の待遇は、情報次第だ」
「承知いたしました。それでは……」
「いや、話の続きはここではなく、衛兵の司令部で行う。商会員には、少し外出すると伝えてな」
「ふむ? ……いや、承知いたしました」
そうして俺たちは、アルヴァを商会から司令部に連行することにした。
特にアルヴァの手足を拘束したりはせず、普通に歩かせる。商会員からも街の人間からもアルヴァが捕まったようには見えないだろう。
リシュも衛兵も不思議そうにこちらを見るだけで、手は出してこない。
アルヴァもずっと首を傾げていたが、大人しく司令部の地下室へと収容された。
地下室は施錠し、俺たちは上階の一室に集まる。
リエナが俺に訊ねる。
「罪人として見せなかった……彼を商会に戻すおつもりですか?」
「そうするつもりだよ。アルヴァに会長のビストとその黒幕を探らせる」
俺がそう答えると、リエナもフーレも首を傾げた。
「うん? でもヒール様、さっきの提案を断ったじゃん?」
「そうだな。だから本物のアルヴァは使わない。俺たちが派遣するアルヴァを使う──十五号」
俺が言うと、外に控えていた執事風の男──十五号が扉を開いて入ってくる。
「及びでしょうか、ヒール様」
「アルヴァの尋問、お前にも参加してほしい」
「仰せのままに……しかし、何故私を?」
「あいつの身振りや手ぶり、口調。それを学んでほしいと言ったら分かるか?」
十五号だけでなく、リエナとフーレもああと声を漏らした。
「なるほど……なかなかの大役でございますね」
「裏を返せば、十五号やゴーレムにしかできないことだ。頼めるか?」
十五号やゴーレムなら、他人の見た目と声を完全に模倣することができる。あとは知識を学ばせれば、アルヴァに化けることができるはずだ。
つまり、偽のアルヴァを送り込み黒幕を探させるわけだ。
「……承知いたしました。このお役目、必ず果たしてみせます」
十五号は深々と頭を下げた。
その後、俺と十五号はアルヴァから詳細な聞き込みを行った。
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今回も、カバー裏の魔物図鑑やおまけマンガなど、単行本でしか読めないものがございます!
ぜひ手に取ってくださると嬉しいです!
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