二百七十四話 商談に行きました!?
ノストル山の要塞を攻略した俺たちは、ルシカへ帰還した。
要塞には衛兵隊の半数が残り、捕虜にした賊はルシカの収容所へと移送している。ベリドに関しては他の賊と違う部屋で収容し、俺たち以外の尋問をさせないようにした。
しかしこの対応にはリシュも首を傾げていた。衛兵たちもだが、要塞の物資の豊富さに驚いていたのだ。
誰がこれだけの物資を抜け穴から運び入れたのか……当然の疑問だ。
その犯人は、アリュブール商会のアルヴァだと分かっている。しかし、抜け穴ではなく転送装置を使っていた。
王国では公に報告されていない装置。リシュもそんな装置について聞いたら、相手が只者じゃないと考えるはずだ。俺の身を案じて、これ以上調査しないよう言ってくる可能性があった。
だから黙っておきたかったのだが……
ルシカの司令部の執務室に戻った俺は、リシュから質問攻めにされていた。
「ベリドは、動機は語っていたの?」
「いや、ベリドはやはり命令を受けていただけだ」
「誰の、命令を?」
「それは、今の時点ではまだ……」
「嘘。もう分かっているんでしょ?」
リシュは少し怖い顔で俺を見つめた。
演技や嘘が下手なことは自覚している。それに加えてベリドの尋問を許可しなかった。リシュが疑うのも無理はない。
レオードル領はずっと賊に苦しめられてきた。討伐の際に戦死した衛兵の家族もいるだろう。真相を究明したい気持ちは当然だ。
「そうだな……物資を送っていた者の名も目的も、ベリドは供述してくれた」
「やっぱり」
「だが、今はそれを公表したくない」
「相手が相手だから、でしょ? だから、調査も内密に行いたい。それは私も分かるよ」
でもとリシュは伝える。
「ヒールが私を思って色々秘密にしているの分かる。だけど、私には伝えてよ。父上にも誰にも口外はしない。前も言ったけど、もともとは私の問題なんだし」
「リシュ……」
リシュを子供扱いしていたわけではない。しかし今言ったように、リシュは当事者だ。
このまま黙っていても、自分でベリドを尋問するかもしれない。そもそもベリドが自発的に誰かに話すことも有り得る。
……少なくともリシュには伝えておくべきか。
「ごめん、リシュ……ベリドが言うには、物資をやり取りしていた相手はアリュブール商会のアルヴァだ」
「あ、あの?」
「そう。レオードル伯に貸し付けをしようとして、俺たちにも会いに来たアルヴァだ。賊に活動させて、レオードル領に武具や物資を売りにきた。それから、お金を貸し付けて利息を取る、つもりだったんだろう……なかなか手の込んだ商売だ」
リシュは顔を歪ませる。
「私たちに笑顔を振りまいておいて、そんなことをやっていたなんて……」
「許せないのは分かる。だけどリシュの言う通り、相手が相手。慎重に動く必要がある」
「分かってる。アリュブール商会は大きい……レオードル領の資産よりも、多くの金を持っている」
「ああ。それにアルヴァ単独の計画なのか、商会自体の計画なのかも分からない。そして俺が最初から疑っているように、その裏では」
「ベッセル家が、絡んでいるかもしれない」
俺は頷いて答える。
「だからなるべく秘密裏に調査を進めたいんだ。早く罪を明るみにしたいのは俺も同じ。だけど、相手がトカゲのしっぽ切りをしてこないとも限らない」
「アルヴァについてもただ逮捕して尋問するだけじゃ、駄目そうだね」
「その通りだ。アルヴァに逃げられたくないから、ベリドの自白は伏せておきたかった……リシュに黙っていたことは謝る」
リシュは首を横に振る。
「……私こそ、ごめん。ヒールに考えがあるのは分かっているのに、問い詰めるようなことをして……自分のことなのにヒールを巻き込んでいるから、つい」
「いいんだリシュ。それに俺は、こういった悪事は見過ごせない。昔から、そうだっただろ?」
俺が言うとリシュは小さく笑みを浮かべる。
「頼んでもいなかったのにね……ヒールは助けてくれた」
リシュは深く頷くとそれから真剣な面持ちで言う。
「ヒールに全て任せるよ。隠し事も……最後に聞かせてくれれば大丈夫。それと、私ができることがあったら、それは私に任せて」
俺がまだ何か隠していることをリシュは察したようだ。装置のこと、俺自身のこと、それでも俺に任せると言ってくれた。
「ありがとう。リシュは、俺が必ず守る」
リシュは顔を真っ赤にして目を逸らす。
話の流れで自然と出た言葉だが、冷静に考えると恥ずかしいことを言ってしまった……
なんとなく気まずい雰囲気の中、こちらをニヤニヤと見ていたフーレが口を開く。
「私たちも微力ながらお手伝いしないとね、リエナ」
「そうですね。ヒール様のやりたいことを助けるのが、私たちの役目ですから」
リエナは真面目な様子でそう答えた。
「お二人とも、ありがとう……」
リシュはそんなリエナたちに申し訳なさそうに頭を下げる。
俺は立ち上がって言う。
「と、ともかく、調査を進めよう……俺は早速、アルヴァと接触してくる」
恥ずかしそうにしていたリシュだが、驚いたような顔で慌てて答える。
「い、いきなりアルヴァと?」
「逃げられる前に接触したい。取引を持ち掛けたいんだ」
「取引?」
「アルヴァも命は惜しいはずだ。商人だから、損得勘定で動いているはず」
「アルヴァの裏に誰かいれば、話すかもしれないってことだね」
現時点ではこれは希望的観測に過ぎない。もしもの時はベリド同様、捕縛して尋問するしかないだろう。
「そうだ。リシュは衛兵を連れて、商会と少し離れた場所にいてほしい。商会の窓から見えるような場所で。交渉の材料にできるかもしれない」
「分かった」
「リエナとフーレは俺の護衛を頼む」
俺が言うとリエナとフーレが頷く。
マッパにも同行してもらい、必要な時は縄でアルヴァを捕えてもらおう。
そうして俺はアルヴァと会いに、アリュブール商会へ向かった。
まだ昼過ぎだ。しかし、アリュブール商会の扉は閉められ、その前で商会員が立っていた。
近づくと、商会員が頭を下げてくる。
「申し訳ございませんお客様。現在、清掃の関係で店を閉めております」
「そうか。アルヴァはいるか?」
「番頭は……現在、不在にしております。よろしければご伝言を承りましょうか?」
商会員は視線を一瞬逸らしてそう答えた。
「そうか。なら、帰られたときにアルヴァに伝えてくれるか? ……王子ヒールが、商談をしたいと」
「ひ、ヒール殿下!? 今朝がた、ノストル山の要塞を攻略なされたという!? こ、これは大変なご無礼を!」
商会員は慌てて頭を下げる。
「殿下は、このルシカの英雄でございます! 我らを悩ませていた賊を退治してくださいました!」
目を輝かせて言う商会員。ただのご機嫌どりとは思えないほど高揚している。自分の商会が賊に物資を送っていたと知っていて、ここまで喜べるものだろうか。
アルヴァはやはり、商会員たちに賊と取引しているとは告げていなかったのかもしれない。書類の類も残していなかったし。
そんな中、閉まっていた商会の扉が開き、アルヴァが出てきた。
「これはお客様」
「おお。アルヴァ。不在と聞いていたが」
「申し訳ございません。本日は、特別なお客様以外の来店をお断りしておりましたので……ヒール殿下であれば、どうぞ」
アルヴァは扉を開き招き入れようとする。
ハキハキとした口調だが、どこか冴えない様子だ。少なくとも歓迎している様子ではない。
また、以前俺は自分について名乗らなかった。外から商会員との会話を聞いていたのだろう。
……すでに賊との関係がバレていると察しているのかもな。
ここで大事なのは、ベリド同様死なせないことだ。このアルヴァからは情報を引き出さなければならない。
俺はアルヴァに言う。
「部屋を用意してくれるか? そこで商談がしたい」
「仰せのままに。茶と菓子を用意させます」
アルヴァはそう言うと、俺たちを一階の応接室へと案内した。