二百七十二話 指揮を執りました!
俺が要塞を攻略する──それを聞いたリシュは、やはりすぐには首を縦に振らなかった。
本当に攻略できるのか、そして黒幕たちがいれば俺が恨みを買うのではないか、それが気になったようだ。
攻略については、抜け穴を使って内側に侵入するとリシュに説明した。要塞の塔で見た洞窟は偽装なので、そこまで俺が掘って繋げておく。
その抜け穴を使って衛兵を要塞の塔の上に登らせ、レオードルの旗を立てさせる。外からは要塞の攻撃が届かない距離まで、衛兵隊に進軍してもらう。それだけで要塞の賊は戦意を喪失するはずだ。
何故そう言えるか? 賊──傭兵たちは確かに規律正しい。しかし彼らは金のために働いている傭兵。命を賭してまで戦う者がどれだけいるだろうか。
とはいえ、戦闘になることも想定しなければならない。塔の入り口は俺たちシェオール勢が抑えて、犠牲者が出ないようにする。
そう説明して、リシュは要塞の攻略にはなんとか納得してくれた。
しかし塔の入り口に立つことや、俺の名を出すことには難色を示した。それでも、俺はどのみち南に帰るからと説得すると、最終的には頼むと俺に深く頭を下げた。
そうして俺たちは要塞攻略に向けて準備を整え始めた。
まずは抜け穴。これは俺の独擅場だ。山の麓にピッケルで穴を掘り、そこから山中を掘り進め上がっていく。同時に岩の梁や柱で道も補強しておく。
輪の形をした魔力の反応が近くなったら、あとは塔の奥に見えた洞窟と繋がる直前でピッケルを止める。小さい穴を空けて向こうが塔の中であることを確認した。あとは実際に侵入する際、魔法か何かで開通させればいい。
その後は、衛兵隊の布陣を考える。特に難しいことは考えず、外からは要塞の四方を窺わせる。
ただ、賊やアリュブール商会には、なるべく直前まで計画を隠しておきたかった。そのため、衛兵たちには特に攻城戦などの準備はさせなかった。そもそも降伏させることが目的なのだから、そんなものは不要だ。皆、いつもの軽装で作戦にあたってもらう。
結局、抜け穴を掘る以外たいした準備はなかったと言える。それすらも俺にとってはなんら苦ではない。たいした採掘成果は得られなかったが…… ともかく、三日ですべての準備が完了した。
そうして作戦決行の日を迎えた。
まだ日の出ていない未明。掘った抜け穴の入り口にもっとも近い詰所に、俺たちとリシュ、そして衛兵隊の司令官たちが集まっている。俺が率いる抜け穴を通る部隊は、この詰所から発つ。
衛兵たちが装備を整える中、俺も詰所の部屋で準備を整えていた。マッパがこしらえた鎧を身に着けている。
ミスリルでできた白銀のプレートの鎧。全身を覆うほど形式のものだが、体に密着するようなもので動きやすく軽い。また、各所に花草の紋様が刻印されており美術品にも思えるほど美麗なものだった。
同じような鎧を身にまとったリエナとフーレは、そんな俺を見て目を輝かせていた。
「とっても凛々しい出で立ちです、ヒール様!」
「おお、見違えた!」
二人はそう褒めてくれるが──いや、褒めているのか?
ともかく俺自身は全然似合っていないと思う。鎧なんて滅多に身に着けなかったし、鎧に着られている、といった思いだ。
とはいえ、指揮を執る王子、としては一応の体裁が整ったのではないだろうか。
王子の従者たちも、今の俺の格好に相応しい装いだ。リエナとフーレも同様に美麗な鎧を身に着けている。マッパと十五号は自分の体をさらに大きく見せるような、重厚な鎧を装備していた。
塔の入り口は、俺たちシェオール勢五人が抑える。強力な魔法を使う際など、リシュたちに見られたくない。
最後にミスリルの剣を帯に佩けば、準備完了だ。
そんな中、部屋の扉を叩く音が響く。その後に、リシュの声が響いた。
「ヒール。入っても大丈夫?」
「ああ、今着替え終わったところだから」
そう答えて振り返ると、リシュが扉を開いた。するとリシュは口を開いて静止する。
「どうした、リシュ? もしかして……俺に見惚れたか?」
昔っぽく少し冗談を言ってみた。冗談を口にするのはいつぶりだろうか。
だがリシュの反応は思ったようなものではなかった。
「ち、違う!」
そう慌てて答えると、扉を勢いよく閉めてしまった。
「お、おい、リシュ!」
「あらら……弄ぶようなことを言って。ヒール様も罪な男だね」
フーレがそんなことを言うので俺も慌てて答える。
「そ、そんなつもりじゃ」
リエナと言えば、心底驚いたような顔で言う。
「ヒール様も、今みたいな冗談を言われるのですね……」
「……俺が悪かったよ」
そんな中、扉の向こうから声が響く。
「そ、そろそろ行くよ。 ……空が白み始めてきた。すでに、包囲の部隊は出発している」
「わ、分かった」
そうして俺たちは、ノストル山要塞の攻略を開始した。
まず、山の東西南北の四方向から、それぞれ百名ほどの部隊が山頂の要塞を目指す。先行してすでに山の中腹まで進んでいるようだ。
一方の俺は百名の衛兵と共に抜け穴を上がり、要塞内部へ侵入する。
皆で詰所を出て山の麓の森林を進んでいくと、俺が設けた抜け穴の入り口に到着した。
リシュは目を丸くして言った。
「まさか本当に抜け穴があったなんて……ここらへんはちゃんと調べていたはずなのに。よく分かったね」
「不自然に岩が置かれていたから、それで分かったんだ」
「そう……やっぱりヒールはすごいな」
「俺は見つけただけだ。要塞もそうだが、バーレオン帝国の技術力の高さが窺えるな」
そう誤魔化し、俺は剣を抜く。
「これから抜け穴を進む。皆、松明は持ったか?」
軽装の衛兵たちは皆緊張した様子で、返事もまばらだ。
いきなり現れた男……それも無能の王子が急に指揮を執ることになった。攻城戦の準備もしてこなかったし、本当に落とせるのかと不安に思っているのだろう。
いくら言葉を取り繕っても、今の俺にその不安を取り除くことは難しい。結果で応えるしかない。
「よし、なら行くぞ! 今日でノストル山を陥落させる!!」
俺が言うと、リエナたちシェオール勢、そしてリシュがおうと声を上げる。他の衛兵たちもリシュの手前だからか、一応は喊声を上げてくれた。
そうして俺たちは抜け穴に入り、山を上がり始めた。
抜け穴は傾斜が緩やかになるよう蛇行させながら山頂に伸ばした。衛兵たちの疲労軽減のためだ。床も均してあるから躓くこともない。
薄闇の中、雑踏の音が木霊する。やがて行き止まりが見えてきた。
「……着いた。あとは、あれを破れば要塞の中だ」
俺はそう言って壁の向こうに耳を澄ませる。
「鐘の音が聞こえる……賊たちも、包囲に気が付いて迎撃態勢を整えているようだな」
リシュが後ろから答える。
「時間からして、どの部隊も所定の地点に布陣しているはずだよ」
「陽も出ているはず。それじゃあ、一気に行こう。リシュたちは塔の頂上に上がってくれ。旗を掲げ、太鼓や角笛を鳴らすんだ」
俺がそう言うと、リシュは真剣な面持ちで頷いた。
それからマッパが両手持ちの槌を振るい、抜け穴の最後の壁を叩いた。
「行くぞ!!」
「おう!!」
俺が言うと、狭い抜け穴の中で衛兵たちの声が反響した。
皆で一気に抜け穴から飛び出し、塔の中に至る。転送の装置である輪も、変わらずそこに置いてあった。
「頂上へ行くぞ!!」
リシュと衛兵たちは塔の脇にある階段を上がり、塔の頂上を目指す。
一方の俺たちは塔の扉を開く。リシュたちが見ていないことを確認し、火魔法の爆風でこじ開けた。
塔の外に出ると、通路や防壁の賊たちが塔を見上げていた。
振り返ると、塔の頂上でレオードルの旗が高々と掲げられている。衛兵たちが歓声を上げ、太鼓や角笛を奏でていた。
「え、衛兵だ!!」
「ど、どうして中に!?」
「抜け穴が、ばれたんだ!!」
賊たちは大いに混乱し、立ち尽くすしかなかった。
内部に侵入され、四方からも兵が迫っている。賊たちも負けを悟ったのだろう。
しかし一人だけ、鬼気迫る顔で通路から駆けてくる鎧の男がいた。
賊の頭であるベリドだ。
ベリドは入り口の俺たちに、賊には似つかわしくない立派な長剣をこちらに向ける。
「どこから入ってきた……?」
「塔に続いている抜け穴を使ったんだ。古いバーレオン時代の地図を見つけてな」
「そんなはずは……あれはただの洞穴だった」
「少しでも掘って調べておけばよかったな。ベリド」
俺が言うと、ベリドは驚愕する。
「……なっ!? な、なぜ俺の名前を!?」
「全部、お見通しというわけだ。お前や、繋がっている者たちのこともな」
俺は顔を青ざめさせるベリドに剣を向けて言う。
「降伏しろ。命までは取らない」
「誰が降伏するか! ──おい、何をしている!? さっさと戦え!!」
命令を下すベリドだが、従う賊はいなかった。
ベリドは舌打ちを響かせると、長剣を脇に構える。
「くっ! 金目当ての浅ましい者たちが!」
まるでお前らとは違うと言わんばかりにベリドは吐き捨てた。
他の賊は傭兵……だが、このベリドは違うな。
剣の構えに隙がない。幼少期から剣を学んできた者の構えだ。
ベリドは長剣を振り上げると、一人でこちらに肉薄し始めた。
いくら剣の腕に覚えがあったところで多勢に無勢。この男も俺たちに勝てるとは夢にも思っていないだろう。
──死を選ぶか。
武人の誇り、なんてもののためではない。単純に自分の主のため。拷問されて主の情報を吐かないようにするためだ。
残念だが、素直に死なせてやるほど俺も優しくない。
俺は風魔法を少し強めにベリドの手に放つ。
「くっ!?」
ベリドの長剣が通路へと吹き飛ぶ。
それを見たマッパがブンブンと振り回していた縄をベリドに投げた。
縄はベリドの腕と胴体を巻きつき、そのままぎゅっと締まる。
「わ、私を拘束するつもりか──っ!?」
突如ベリドはブルブルと体を震わせ、体を後ろに大きく反らした。
ただの投げ縄ではなかったらしい。雷魔法が伝うようになっていたのだろう。
ベリドはそのままびくびくと体を震わせながらうつぶせに倒れてしまった。死んではいないようだ。
俺は声を上げる。
「……他にまだ戦う意思のある者はいるか!? いるなら、この王子ヒールと仲間が相手をするぞ!!」
賊たちはそれを聞くと、皆一斉に武器を投げ捨てた。
難攻不落であったノストル山の要塞は、あっけなく陥落したのであった。