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二百七十一話 矢面に立ちました!

 山を調べ終えた俺たちはマッパ号に戻り、山を下りた。


 再び空中から山腹を眺めて、何かないかを確認する。山腹に塔と繋がる装置があるかもしれないと思ったのだ。先ほど塔の中でやり取りしていた物資は多かったし、馬車で運び入れていてもおかしくない。


 だが何も見つからなかった。


 捜索が甘いのは認めるが、そもそも山腹にある保証はない。


 しかしそれでも要塞とそう離れていない場所にあるのでは……そんな気がしてならない。そう思う根拠は、俺が転移門を目にしてきたからだろうか。


 塔の中の装置は、シェオールの地下の転移門よりも小型だった。帯びていた魔力もはるかに少ない。魔力の多寡が転移できる距離を決めているかは分からないが、転移門よりも遠くまで飛ばせるものだろうか? きっと、距離は狭まっているはずだ。


 そう言った理由で俺は、ルシカや山を包囲している詰所にあの装置の片割れがあるのではと睨んだ。リエナたちにも話したが、俺の推測の可能性は高いと言ってくれた。


 フーレが山腹を確認しながら言う。


「うーん。山にはやっぱりなさそうだね」

「そうですね。ヒール様、他も探してみましょうか?」

「ああ。詰所や見張り塔はリシュにあとで聞くとして、俺たちはルシカを探そう。もしルシカになければ片割れを探すのは現実的じゃないが……」


 レオドルフや近くの街だけじゃなく、周辺の農村をくまなく探す必要が出てくる。そこにもなければ、もっと捜索範囲を広げなければいけない。


 シェオールから増派を頼むこともできるが、それでも見つかるかは不明だ。


 俺たちはルシカにあることを願って、捜索を始めることにした。


 俺とリエナとフーレは、ルシカで目印の樽や箱を探す。マッパは引き続き空中から山やルシカ周辺の捜索を続けてくれることになった。


 大量の木箱や樽を用いるのは、やはり商人の可能性が高い。


 まずはルシカの通りを歩き、商店を確認してみる。


 ルシカには商店が七軒しかない。しかもそのほとんどは地元の商人で、小規模な店舗だった。


 それらの店の外に置かれた樽や木箱を確認するも、目印は見えない。そしてどの店のも漏れなく、商人の名や店名の焼印が押されている。扱っている品も食品や雑貨が多く、武具は粗末なものを少数扱っているのが一軒だけだった。


 この商人たちは恐らく関係ない。


 最後にルシカで一際目を引く、三階建ての立派な石造建築の店に向かった。一階には王都でも見られるような陳列窓が備えてあり、高級品を展示していた。


 その店の前で視線を上げると、そこにはアリュブール商会と書かれた看板があった。


「ここだ……」


 俺は思わず声を漏らした。


 目印の樽や木箱が外に置かれているわけではない。ただ、店の地下深くに、周囲より強い魔力の反応を感じ取ったのだ。円形で、大きさも塔にあったものと同じぐらいのものが。


 これはもう、アリュブール商会で決まりだろう。


「……一度、小路に入って姿を隠してから、中を調べよう」


 俺たちは、アリュブール商会の中を調べることにした。


 店の中は広々としており、高級な品々が並べられていた。宝石の装身具、陶磁器、異国の絨毯なんかもある。


 人口が千人の街には珍しいほどの高級店だ。実際、客は一人もいない。これで経営が成り立つのだろうか? 


 そうして高級品が並べられたエリアを抜けると、奥に扉のない出入り口があった。そこを商会員らしき者たちが荷物を持って出入りしている。


 奥は倉庫に違いない。俺たちは商会員とぶつからぬよう、出入り口へと入る。見えてきたのはやはり、多数の商品が並べられた倉庫のような空間だった。


 隅には空っぽの樽や木箱が積まれた場所がある。近づいて、俺のつけた目印がないか確認した。


「あった……」


 樽や木箱に黒焦げた箇所がある。俺が塔でつけた目印が、確かに刻まれていた。


 アリュブール商会なら、あれだけの物資を用意できるのも合点がいく。この倉庫にも、大量の物資が置かれていた。店頭には出していない実用品や食料品ばかりだ。そして武具や矢なども置かれていた。


 その後、地下の魔力の反応も調べに向かった。一階から続く幅の広い階段を下りると、開かれた鉄扉が目に映る。


 扉の向こうは石壁の空間となっていた。木箱や樽が置かれ、中央に塔で見たものと同じ金属の輪が置かれている。そして奥には、これも塔と同じように抜け穴みたいなものがあった。


 今は商会員が木箱や樽を片付けているようで、扉を開放していたようだ。


 フーレが小声で言う。


「決まり、だね」

「そうだな」


 その後も商会を調べた。番頭のアルヴァの部屋を中心に、書類の類を漁る。また、裏庭で休憩する商会員の話に耳を澄ませたりもした。


 しかし、要塞と賊についての書類は何一つ残っていなかった。商品や貨物の目録もあったが、武器や兵器については記されていない。また、商会員はあの抜け道を通じて秘密の顧客と取引している、という認識でしかなかった。


 ここで全てを把握しているのは、番頭のアルヴァ一人なのだろう。要塞でもそうだったが、徹底した秘密保持がなされている。裏にいるやつはやはり相当なやり手だな……


 とりあえず、得たい情報は得ることができた。俺たちは一度宿に帰ることにした。


 まだリシュは帰ってきていない。だが、衛兵たちはシロに違いない。協力者の類もいないと見て良い。あの転移の装置があれば、協力者などいなくても問題ないからだ。


 俺たちは部屋にあった椅子で腰かける。するとリエナが嬉しそうな顔で言った。


「ヒール様の読み通りでしたね」

「本当、まさか一日で見つけちゃうなんて! 見直したよ……いや、やっぱりヒール様ってすごいや!」


 慌てて言い直すフーレ。フーレは俺がこういった推理が苦手と思っていたのだろう。


 まあ得意というわけでもない。それに読みは当たったが……


「今はまだ何も喜べない。それに……むしろ厄介なことになった」

「どうして? リシュさんやレオードル伯に装置のこととか全部話せば、解決じゃん。要塞を攻略するのは、私たちでも簡単にできそうだし」


 フーレの言う通りだ。要塞を攻略するのと同時に、アリュブール商会も占拠する。輪を押収し、賊とアリュブール商会の繋がりを世間に暴露すればいい。賊もアリュブール商会も罪に問われて、お終いだ。


 だが、話はそう単純じゃない。


「賊とアリュブール商会は落とせる。しかし裏にいるやつは逃げ切るだろう」


 リエナが考え込むような顔で呟く。


「確かに……それに書類などの証拠がないなら、アリュブール商会もルシカの店の人間が勝手にやったことにして逃げきれますね」


 俺はこくりと頷いた。


「ああ。そしてあの装置があまりにも意外だった。あれだけの装置を押収すれば、裏にいたやつは何としても取り戻そうとするはずだ。しかも他の貴族たちもそんな装置があればと、奪取しようとしてくるかもしれない。あの装置は、王国では聞いたこともない、希少なものだ」


 離れた場所と物をやりとりできる。転移門などで感覚がマヒしていたが、相当な代物だ。


 俺は窓の外からルシカの街を見る。


「装置を巡って、レオードル領の人々も巻き込んでしまうかもしれない。リシュやレオードル伯も、装置を持っている限り命を狙われつづけるだろう」


 レオードル伯に話を通した上で、父に装置を献上してもらう手もある。しかしレオードル伯もあれほどの装置を手にして、手放そうと思うだろうか。俺とリシュを遠ざけたように、内心ではレオードル家の安定や繁栄を考えているはず。


 なら、レオードル伯に渡さなければいい。俺が手に入れたと宣言して罪を明るみにする手もあるだろう。


 ……だが、


「俺は、装置については世間に明るみにしないほうがいいと思っている」


 王国は大いに混乱するだろう。父もさすがに見てみぬふりはできないはずだ。黒幕も息をひそめてしまうかもしれない。


 リシュを助けるためだけでなく、誰がなぜこんな装置を所有しているのか……そこまで調べておきたいのだ。


 予感でしかないが、黒幕がいるならそいつは只者じゃない。この装置を人に貸せるぐらいだから、他にも何かしらの装置を持っていてもおかしくない。


 もちろん、アリュブール商会自体が只者ではない可能性もあるのだが。


 いずれにせよ、この装置のことは表に出さず、調査と交渉の材料として取っておくべきだろう。


「ですが、それではアリュブール商会の罪は」

「証明できない、な。だけど、俺はそれでいいと思っている。アリュブール商会の思惑や、さらに裏側にいるやつを炙り出すまでは」

「それが、ベッセル家かもしれない、ということですね」


 リエナの問いかけに俺は頷いた。


「ああ。だからまずは、表向きはただノストル山の賊を討伐した、ということにしたい」

「なるほど。ですが、アリュブール商会もその背後の者も、レオードル領に次の手を打ってくるのではないでしょうか?」

「そうだろうな。要塞にあった装置も回収を試みるはずだ。だからこっちから手を打ちたい」


 俺はそう言って、深く息を吸った。


「……リエナ、フーレ。俺の作戦を聞いてくれるか? もしやめたほうがいいと思うなら、言ってくれると助かる」


 リエナとフーレは真剣な面持ちで頷いた。


「賊は、俺が主導して倒したことにする。そしてアリュブール商会には、俺が賊を倒したと告げる。装置の片割れを持って、すべてを知っていると伝えるんだ。黙っていてほしければ、俺の要求に答えろと」

「つまり、ヒール様が直々に、アリュブール商会と交渉すると?」

「そうだ。そうすればアリュブール商会と黒幕は、俺に注意を向ける。王子ヒールに」


 厳密に言えば、今の俺はシェオールの君主であって、もうサンファレスの王子ではない。しかし俺がシェオールの君主だということは、まだそう広まっていないはずだ。


 むしろ、無能の王子と認識されているはず。


「そうすれば、まずレオードル伯やリシュさんへの注意を逸らすことができる、というわけですね」


 俺は頷いて答える。


「そうだ。そして俺は、アリュブール商会の中枢と交渉するふりをして、黒幕を炙り出す」

「でも、もし黒幕が見つからなかったら、ヒール様が恨みを買うんじゃ……いや、そっか」


 フーレは思い出すような顔で言った。


「ああ。シェオールに帰れば、俺は何も怖くない。俺を害そうとしても、王国でいない俺の影を追い続けるか、身を隠すこともできない海を通ってシェオールを目指すしかできない」

「ふふ。何も問題ないね。シェオールに来たら歓迎・・してあげればいいんだし。 ……それに幼馴染のために矢面に立つなんて、なんか格好いい!」

「まさに白馬の王子様、という感じですね!」


 フーレとリエナははしゃぐように言った。


 そんなつもりはないが──いや、どうだろうか。


 シェオールに来る前の俺は、目の前の理不尽なことを見聞きしても、ほとんど何もできなかった。守ろうとした者の命を、目の前でいとも簡単に奪われてしまった。俺は、無力だった。


 だが今は、異を唱えることも止めることもできる。


 心のどこかで俺は、昔出来なかったことをやりたいと思っているのかもしれないな……アランシア、シルフィウム、ラング……彼らを助けようとしたのも、そういった思いが根底にあるのかも。


 そんなことを考えていると、リシュと十五号が宿の部屋に帰ってきた。


 やはり、兵士たちや詰所の物資におかしなところはないらしい。要塞の賊とは皆無縁だ。


 一方の俺は、リシュにすべてを打ち明けることはしなかった。代わりにただ一言、


「……要塞の抜け穴を見つけた」


 そう答え、さらにリシュに願い出る。


「要塞攻略の指揮は、俺に執らせてほしい──王子ヒールとして、俺に」

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