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二百七十話 意外な輸送路でした!

 俺たちはノストル山の賊の調査を始めることにした。


 リシュは十五号と共に、賊を包囲する兵士たちを調べてもらう。馬車は他のゴーレムに守ってもらうことにした。


 一方の俺たちは、ノストル山自体を調べる。


 一番見つけたいのは、山頂の要塞と繋がる輸送手段だ。


 だが、森に覆われた山腹から抜け穴を探すのは至難の業だ。リシュが言うにはすでに一度討伐隊が調べているので、穴があったとして上手く隠されているはず。


 だから虱潰しに山腹を見て回るようなことはしない。輸送路があるとしたら、どのみち山頂の要塞かその近くに繋がっているのだから。


 今、俺たちはマッパ号に乗って、空中からノストル山を偵察している。


 フーレとリエナは窓から山を見ながら言う。


「やっぱり空を飛べるっていいねえ」

「地形を気にする必要がないですからね。馬車旅も快適でしたけど」

「というか、空から要塞に魔法を撃てば、すぐに賊を倒せそう。マッパ号頑丈だし」


 俺も山に目を凝らしながら答える。


「倒すとしたら、色々と証拠を掴んでからだ。おっ、そろそろ山頂に着くな」


 眼下に、賊の要塞が見えてくる。マッパ号は魔法で隠蔽されているので、賊からは見えない。事実、ここまで接近しても誰も気付く者はいなかった。


「確かにいっぱいいるね」

「はい……しかも、皆元気そうですね」


 リエナの言う通り、賊は皆健康そうだった。というよりは、士気が高いという言葉が合っているかもしれない。


 防壁に立つ賊たちは真面目に立哨している。要塞内外で巡邏する賊たちも、規則正しく列を作って歩いていた。隅では、弓の訓練をしている者も見受けられた。


 しかも前情報で聞いたように賊の装備は良質なものだ。皆、鎧や胸当てを身に着け、槍や盾を装備していた。よく磨かれていることから日ごろから整備されていることが窺える。城壁には、投石器やバリスタのような兵器の類も置かれていた。


 また、賊の要塞としてはあまりに綺麗に整備されていた。要塞も古い帝国時代のもののはずだが、防壁は綺麗に修繕されていた。内部に掘っ立て小屋の類はなく、家や倉庫が綺麗に立ち並んでいる。通路などに物が散乱している様子もない。


「……賊とは思えないほど、規律が保たれているな」


 賊の頭が几帳面な男なのだろうか。だが、装備の充実っぷりは頭の性格では説明できない。


 それに、いいのは武器や兵器だけじゃない。


「皆、あそこで食事しているね。肉、果物……パンみたいのも置かれている」


 フーレの言うように、要塞の一角にはテーブルが並べられている場所があった。そこで十数人ほどが食事を取っている。


 遠目からでも分かるほど、食卓は色彩豊かだった。肉、魚、果物、野菜、パン……それらを使った料理が所せましと並べられている。


 まだ果物や肉は山で得たと説明できる。しかしパンや魚の類はどうだろうか。食堂の隣には箱に詰められた大振りの魚がバタバタと跳ねていた。


「間違いない。誰かが山に物資を運び入れている。やっぱり輸送路があるはずだ」


 それも大量に運び入れることができる輸送路が。


 リエナが答える。


「ですが、それらしいものはやはり見えませんね。屋内に隠されているのでしょうか?」

「こればかりは、歩いて探すしかなさそうだな。だが、一つ気になるんだが……」


 要塞の中に、一際大きな魔力の反応があった。円のようなそれは微動だにしなかった。


「強い魔力の反応がある。恐らく何か装置だろうが……それを目指して進もう」


 そうして俺たちは要塞内を調べることにした。

 

 マッパは山頂付近の岩陰にマッパ号を止めてくれた。十五号や他のゴーレムがいないため、マッパ自身はマッパ号に留まるようだ。


 俺たちは姿を隠すと、下りて要塞の門へと歩いていく。


 巡邏や見張りは多いが、要塞の門は開門されていた。

 

 ただ、要塞外部の幅の短い舗装路は荒れ放題で、非常に歩きにくかった。攻め手が容易に上ってこれないようにするためだろう。だが、これだけ険しいと運搬は困難。やはり要塞外に輸送路がない可能性が高い。


 なんとか要塞の門まで到着する。俺たちの存在に気が付く者はいなかった。


 そのまま要塞の入り口から堂々と入る。


 すると入り口に立つ賊に、他の賊が声をかけるのを耳にした。


「交代の時間だ。お疲れ様」

「ああ。後は頼む」

「そういや、さっき手紙が届いていたぞ。お前の家族の手紙もあるんじゃないか」

「おお、そうか。そりゃ楽しみだ」


 入り口に立っていた賊は嬉しそうな顔をすると、見張りを交代して去っていった。


 手紙を交わすこともできる……こんな山頂で。

 しかも家族が外部に住んでいると言う。


 皆、レオードル領の出身なのだろうか。


 いや、領主にばれたら家族は処刑されてもおかしくない。だからやはり外部の者だろう。そしてやはり賊ではないはずだ。


 俺たちは要塞でも一番大きい通路を進んでいく。弓なりに曲がってはいるが、一本道だ。


 途中、重そうな樽を転がす者や、木箱を運ぶ者とすれ違った。

 彼らの来た方向は、魔力の反応があった方向と一致する。


 やがて通路の先に見えてきたのは、要塞でも一際高い石造りの塔だった。


 塔の周囲には大量の物資が積まれていた。やはりこの先に何か仕掛けがあると見ていい。


 しかし塔の鉄扉は施錠されていた。しかも扉の横には見張りが立っている。


 フーレが小声で言う。


「鍵はマッパのおっさんが用意してくれるかもしれないけど、難しいかもね」

「窓も見えませんし、扉以外からの侵入も厳しそうですね。となれば……」


 リエナの言う通り、残された手段は地下から掘って侵入することだ。


 だが──


「掘った形跡を完璧に消せるかは分からない。できれば、何の痕跡も残したくない」

「では、誰かが入るのを待ちましょうか。これだけの物資。出入りは頻繁のはずです」


 俺はこくりと頷いた。


 そうして俺たちは、塔の扉が開くのを待つことにした。近くの防壁に寄りかかり、扉を監視する。


 木箱や樽に商会名など何か手がかりがないかも確認したが、何も記されていない。物資のやりとりも非常に慎重に行っているようだ。


 ただ待つだけとなった中、フーレが突然変なことを言い始めた。


「ヒール様。リシュさん、絶対ヒール様に惚れてるよ」

「リシュも大人だ。もっと別に好きな男がいると思うぞ」

「またまた」


 俺を肘で小突くフーレ。


 俺もリシュに頼りにされているのは感じる。昔もそうだった。だがそれは恋愛感情とは違う。


 そんな中、リエナが訊ねてくる。


「もし今回のことがやはり陰謀で、婚姻が白紙になった後、リシュさんに告白されたしたら、ヒール様はどうなさいますか?」

「……そんなことは絶対にないから大丈夫だ。もしリシュがそれを望んでも、やはりレオードル伯が許さない。今回のことで恩を感じたとしても、婚姻は別だ。生まれてくる子供のことを考えれば……」


 俺は手の甲に映る【洞窟王】を見て言った。


 いい紋章を持つ親の子は、いい紋章を持って生まれてくることが多い。貴族はそれが分かっているから、できるだけ我が子にいい紋章を持つ相手と結婚させる。


 【洞窟王】は俺にリエナたち出会いをもたらしてくれた素晴らしい紋章だ。しかし、王国では無能と烙印を押されている。


 紋章の優劣が重視されるこの国で、その評価を変えることは難しいだろう。まさか【洞窟王】の力を皆に見せつけるわけにもいかないし、金銀宝石も使える量には限りがある。


 レオードル伯がリシュに無能の俺との結婚を許すとは思えない。そもそも恋愛感情を抱かせたくないから、遠ざけさせていたわけだ。


 俺は所詮、この国じゃ……


 そんな中リエナが両手で俺の手を取った。そして真剣な面持ちで言う。


「ヒール様は立派なお方です。もっとご自分を誇ってください」

「リエナ……」


 無意識に悲しい顔をしていたようだ。シェオールに発つ前も、紋章について悲観していたのを思い出す。


 フーレもうんうんと頷いて言う。


「リシュさんを安心させようとするヒール様、すっごく格好よかったよ。それに私たちの王様なんだから、もっと自信を持って」


 フーレの言葉に俺は頷く。


 【洞窟王】の紋章は素晴らしい。だから俺も……とまでは言わないが、もう卑下するのはやめよう。


「ごめん、二人とも。少し卑屈になっていた」

「気にしないでください」


 リエナが言うとフーレはいつもの調子で訊ねてくる。


「じゃあリシュさんから告白されたら、受けるんだね」

「それとこれとは──うん?」


 俺は塔に一人の男が近づくのに気が付く。全身を包む鎧を装備した賊だ。


 見張りはその賊に敬礼する。


「ベリド隊長、お疲れ様です」

「うむ。お疲れ。抜け穴の物資を確認する。開錠を頼む」


 ベリドと呼ばれた男が言うと、見張りが塔の扉の鍵を開ける。


 俺たちは急ぎ、ベリドの後ろに着いた。


 鍵が開くと、見張りが両開きの鉄扉を開く。


 塔の中は、松明の灯で明るく照らされていた。奥には、洞窟の穴のようなものが見える。


 そして俺が感じていた魔力の反応は、洞窟ではなくその手前、塔の中央にあった。


 ベリドが中に入るので俺たちも一緒に塔に入ると、すぐに扉が閉められた。


 仲間にも極力見せないようにしているのか。抜け穴を秘匿するためか……


 だが、この、塔の中央の魔力の反応はなんなのだろうか? 

 見た目には、ただの金属の輪にしか見えない。


 いや、この光沢……マッパに言われなくても俺も分かるようになってきた。ミスリルだ。


 つまりは何かしらの魔法装置なのかもしれない。


 なぜミスリルがこんな場所に……しかも装置として……


 疑問に思っていると、ベリドがまさにその輪に両手を向ける。輪はすぐに光を帯び始めた。


 すると──


 輪の周囲に、木箱が現れた。


「これは……」


 恐らくはこの輪の力によって送られてきたものなのだろう。


 俺たちもよく使っている転移門……それに近いものなのかもしれない。


 しばらくすると、再び輪が光り、近くにあった樽が消えていく。


 こちらから送ることもできるようだ。


 俺は消えていく樽に、小さく火魔法で傷をつけた。この樽を頼りに、賊とやりとりしている者を見つけられるかもしれない。


 しばらくするとベリドはふうと息を吐く。


「いつまで、こんなことを続けなければならぬのだろうな……」


 独り言を呟くと、ベリドは扉へ向かう。


「開けろ」

「はっ」


 そうして再び扉が開かれた。


 俺たちも一緒に外に出る。


「輸送路はあったが……」

「意外なものでしたね」


 リエナもそう呟いた。


 索道でも抜け穴でもなかった。


 塔の奥の抜け穴は恐らく装置のための偽装だ。扉をいちいち閉めることからも、あの装置のことは仲間にすら隠しているのだろう。


「あれほどの装置を持っている……ただの賊じゃないどころか、これはバックにいるやつらも只者じゃない」


 王族でもこんなものを持っている者はいない。いや、皆表に出さないだけで所有しているのかもしれないが。


「ともかく徹底的に調べたほうがよさそうだ」

「そうだね。そういや、あのベリドって人、隊長だよね? もしかしたら何か手紙とか持っているかも?」


 フーレの言葉に俺は頷く。


「そうだな。外部からの指令書のようなものを持っているかもしれない」


 そうして俺たちはベリドの後を追い、彼の居室を捜索した。


 しかし書類の類は、不自然なほど何一つ残されていなかった。秘密保持が徹底されているようだ。


 その後、賊たちも調べてみた。家を調べたり、会話に耳を澄ませたり。

 そうして賊の正体が、傭兵であることは掴めた。結構な前金を受け取っただけでなく、すべてが終わった暁には莫大な報酬が約束されているようだ。


 だが、傭兵の出身や採用地はバラバラで、雇い主に関する情報も得られなかった。


 とりあえずこれ以上の情報を得ることは難しい──俺たちは一度、山を下りることにした。

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