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二百六十八話 要塞でした!?

 リシュと会ってから二日後。

 俺たちはリシュと共に、王都を目指すべくレオドルフを発つことにした。


 リシュは屋敷の前に止めてあった豪華すぎる馬車を見て唖然とする。マッパの用意した馬車だ。


「改めて近くで見ると、本当にすごい馬車だね……」

「ま、まあセンスは独特かもしれないが……」

「ヒールには本当に驚かされてばっかりだよ。まさか、こんなにお金持ちになるなんて」


 なかなかお金を使う機会はなかったが、言われてみると確かに俺は大金持ちになった。

 王国の人たちの暮らしや経済を考えると、使える量は限られているが。


 俺たちは馬車に乗り込む。


 車内は広く、入ると左右に長椅子があるありふれた形式のものだった。四人は座れる広さの長椅子は背もたれが倒れるようになっており、寝られるようになっていた。革のシートの中は羊毛でできているのか、温かい。


 窓は小さいが、開けると風通しは良い。客車後方の荷台も十分なスペースがあり、一週間は過ごせるほどの食料が積まれている。


 快適だし実用的。素晴らしい馬車だ。


 唯一の欠点は、外見が金ぴかで落ち着かないことだが……ちゃんと理由があって、車体がミスリルでできているので金銀で覆い隠す必要があったというだけだ。頑丈なのは俺も心強い。


 馬車を牽く馬は、実はゴーレムたちが体の琉金を変質させ化けている。


 頑張って馬のようにヒヒンと鳴いているのを見て、なんだかいたたまれない気持ちになった……ゴーレムたちは本当に何でもやってくれる。シェオールに帰ったら、望む強化や改造を施してあげよう。


 俺たちが客車の長椅子に腰かけると、御者を務める十五号とマッパが馬を走らせ始めた。


 レオドルフの大通りでは、人がたくさん集まっていた。皆、リシュを見送るように手を振っている。


 レオードル伯だけでなく、リシュも領民から愛されているんだな…… 


 リシュは手を振って応じていた。その目は少し潤んでいるようにも見えた。


 涙の理由はなんとなく察せた。エルセルド次第では、ここにはあまり戻ってこれないかもしれない……そんなことを考えているのだろう。


 馬車はレオドルフを出ると、街道を南へと進み始めた。結構な速さだが揺れも少なく、酔うことはなさそうだ。


 そんな中、リエナとフーレは、リシュを質問攻めにしていた。主に昔の俺についてだ。


 自分の昔話というのは、何か聞いていて恥ずかしいものだ。


 俺はしばらく馬車の車窓から放牧地や田園を眺めていた。


 そんな中、リシュのある会話が耳に留まる。


「……ヒールはね、他の貴族の子供からいじめられているときも、よく私を助けてくれたんだ」

「へえ、ヒール様って昔から優しかったんだねえ」


 フーレはそう言ってニヤニヤと俺を見る。リエナは素直に感心した様子でリシュの話に聞き入っていた。


 そんな中、リシュは顔を曇らせる。


「今思えば……あれで、ヒールは他の貴族から恨みを買ってしまったんだと思う。だから、ヒールは逆に……」

「リシュ、それは関係ない。全て、俺の紋章のせいだ。そのことがあろうとなかろうと、俺が持っていた紋章が強ければ、誰も何も言ってこなかったはずだ」

「でも、今回だってもしかしたら、またヒールが……」

「なっても、もう王都にはほとんど行かないから大丈夫だよ。俺はシェオールの領主だ」


 俺が言うと、リエナとフーレは少し驚くような顔をしてから頷く。


 最近は離れることが多いが、俺の家がシェオールなのはひと時も忘れたことはない。


 だがリシュの顔は暗いままだ。過去のことがあったのに、こうして俺から助けを受けていることに後ろめたさを感じているのかもしれない。


 暗くなった雰囲気の中、フーレが空気を変えようとリシュに質問する。


「そ、そういえばリシュさんの紋章って【聖騎士】なんだよね。ヒール様からすごい紋章って聞いたけど!」

「う、うん。一応、珍しい紋章なのは確かだね」


 それを聞いた俺はリシュに訊ねる。


「王国軍への勧誘もあったんじゃないか? 回復魔法を使える者は重用されると聞くし、出世も早いとか」

「ヒールは、私が軍に入ると思う?」


 リシュが少し笑みを浮かべて訊ねてきた。


 俺の知るリシュは本来虫も殺せない弱虫だ。軍隊には向いていない。


「とても無理だな」

「ふふ、そうでしょ」


 リシュは笑うと馬車の窓から外を眺める。


「でも、私だって今は剣を振るっているよ。賊と戦うためにね」


 リエナが言う。


「ご領地のために戦われているわけですね」

「うん。レオードル領のためなら、戦える。私はここが好きなんだ。冬はすごい寒いけど、皆で助け合って暮らしている。春には綺麗な花がいっぱい咲いて……夏は暑いけど山に登れば涼しいし、本当にいい場所なんだよ」

「本当に綺麗な場所でした。それに、暮らしている方々が皆、幸せそうでした」


 リエナがそう褒めるとリシュは嬉しそうに答える。


「ありがとう。レオードル領の人じゃない人にそう言われると、嬉しいね。私もここで頑張っている甲斐があるというか」


 リシュはそう言うが、また暗い顔をする。


「でも……貴族としてはどうなんだろうね」

「評価がよろしくない、ということですか?」

「恐らくはね。エルセルド様も婚約を申し出た後の酒宴で言っていた。あなたのような希少な紋章を持つ者が王国の中枢や軍で働かないのは、王国にとっての損失だと。やんわりと領地で働いているのを批判されたんだ」

「言わせておけばよろしいではないですか。リシュさんは、この地の領民のために尽くされているわけですし」


 リエナの言葉に俺は頷く。


「それに、王国のために働くというのは、周辺国の侵攻にも参加しなければいけないかもしれない。そんなの、リシュも望んでないだろ?」

「そう、だね。ヒールの言う通りだよ。だけど」


 リシュは馬車の窓から遠くを眺めながら言う。


「覚悟はできている。私はもう、子供じゃないから」

「リシュさん……」


 リエナとフーレはそれ以上は何も言わなかった。


 俺も馬車の外に目を向ける。羊や牛がのんびりと歩き、牧草を食べている。


 今の俺なら、リシュの望みを叶えることはできる。だがそうすれば、ベッセル伯が黙っていない。


 どんな結果になるかは分からないが、リシュの意思を尊重しよう。


「そう決めたなら頑張れ。 ……そういえば、エルセルドの紋章はなんなんだ?」」

「エルセルド様は【聖者】だね」

「【聖者】か。【聖騎士】と同じ珍しい紋章だな。回復魔法の面だけなら【聖騎士】よりも強力な紋章だとか」

「うん。でも、ベッセル家では【聖者】の紋章を持つ者は珍しくないんだって。エルセルド様が言うには、祖先が神殿の神官だかららしいけど」

「なるほど。しかし、【聖騎士】と【聖者】……いや、ごめん」


 似たような紋章で、どちらも珍しい紋章。紋章だけならお似合いの二人、と言いかけてしまった。


 しかしリシュは首を横に振る。


「気にしないで。エルセルド様も互いの紋章が相応しいものだから、結婚すべきだと言っていた」

「好きかどうかじゃなくて、紋章次第で結婚かあ。人間ってやっぱり変だなあ」


 フーレは放牧地の家畜たちを見て言うが、少しして慌てて答える。


「あ、いや。人間って面倒だよね、本当」

「そうだね。こういうしがらみは貴族特有だと思うけど──っと、見えてきたね」


 リシュは馬車の進行方向に目を向ける。

 そこにはひときわ高い山があった。


「ノストル山。あそこが山賊が根城にしている山だよ」

「あれか……」


 山腹の大部分が森林で覆われており、山頂の付近に石造りの防壁が見える。頂上付近が要塞となっているようだ。


 あの要塞を落とすのは、王国軍が一万いても難しいかもしれない。攻め手は降ってくる矢を防ぎながら険しい山を登らなければならない。


「もともとはバーレオン帝国時代の要塞だったもので、ここ百年は見張り塔ぐらいにしか使ってなかったんだけど、それを賊が奪ってね」

「なるほど、確かに険しいな」

「山に閉じ込めておくことで精いっぱい。それでも、たまに通してしまうわけだけど。とても、追い払うなんて無理そうでしょ?」

「いや……どうかな」


 俺が言うと、リシュは少し驚くような顔をする。


「……本気じゃないよね?」

「まあ、ともかく少し見させてくれ。宿もここの近くで取るんだろ?」

「うん。この先に、ルシカという街が街道沿いにある。ノストル山を包囲している衛兵隊の司令部もあるんだ。そこの部屋を使おうと思う」

「分かった。マッパ、次の街まで頼む」


 そうして俺たちはルシカという街に入った。


 リシュの案内のもと、司令部の前で馬車を止める。


 人の背丈ほどの石壁に囲まれた街。人口は千人ほどで街路も舗装されており、それなりに栄えた街といった雰囲気だ。ノストルを包囲する衛兵が百名ほど駐屯しているだけでなく、周辺の農村から人も集まるため、商店も多かった。


 街自体は平和そのものと言っていい。レオドルフ同様、飢えに苦しむような者も見当たらない。レオードル伯の統治が上手くいっている証だ。


 しかしその統治を徐々に終わらせようとしているのが──あのノストル山にある要塞の存在。


 そんな中、衛兵隊の司令部に行ったリシュが戻ってきた。


「ごめん。詰所に空き部屋が一つしかなくて、今、部屋を用意してもらっている」

「いや、リシュ。俺は馬車で寝る。リシュとリエナとフーレで使ってくれ」

「そ、そんなわけには」


 リシュが言うと、リエナも同調するように頷く。


「そうですよ。ヒール様と私たちは一緒の部屋です。私とフーレは護衛ですから」

「そうそう。マッパのおっさんはいるけど、何があるか分からないし」


 フーレもそう続いた。


 まあ、リエナとフーレと今後について擦り合わせる必要もある。リシュのいない場所で。


「なら、俺たちは街の宿を借りるよ。リシュは司令部で寝てくれ」

「で、でも、ヒールたちには助けてもらっているし」

「各地の宿を巡るのも旅の醍醐味だ。地元の名物を食べたりできるしな」

「なるほど……そういうことなら、私だけ司令部で寝させてもらうね。宿は、街の入り口近くにあるよ。緑色の看板のところ」

「分かった。なら夕食はその宿であとで一緒に食べよう」

「うん! それじゃあ、また後で」


 リシュを見送り、馬車を出て街の入り口にある宿へと向かった。馬車は御者を務める十五号に任せることにする。


 もう少しで宿に到着する……そんな時、街の入り口から一台の馬車が入ってくる。


 中に乗っていたのは商人らしき服装のふくよかな中年男性。俺と一瞬目が合った気がしたが、すぐに馬車は通り過ぎてしまった。


 フーレが言う。


「あれ。確か、レオードル伯のお屋敷の前にも停まってたよ」

「私たちが屋敷を出るときですね。入るときはなかったので、恐らくは」


 リエナも思い出すように言った。


「レオードル伯と会ったアリュブール商会の者の馬車か」


 馬車は大通り沿いにあった商店の前で停まる。商店の看板には、アリュブール商会とあった。


 フーレが何かに気が付いたような顔をする。


「あの看板の店、他の王国の街でも見たかも」

「そうだな。王国全土にアリュブール商会は店舗や拠点を持っている。王国の隣国にも店があるぐらいだ」


 リエナが感心するように言う。


「大きな商会なのですね」

「ああ。王族や貴族にも気に入られている商会だ。孤児院を作ったり炊き出しをしたり、王都の市民からも評判がいい。黒い噂もなくはないが」

「黒い噂?」

「人身売買や麻薬の取引とか。だけど、そういったことをした商会員はしっかり処罰して衛兵に突き出している商会だ。規模が大きければそういう者も多少は出てくるし、商会としては真っ当なんだと思う」

「なるほど」


 俺は宿へと再び歩き出す。


「ともかく、宿の部屋を取ろう。そこで夕食の時間まで作戦会議だ」


 俺たちは宿に入り、奥側の部屋を借りるのであった。

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