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二百六十六話 偽りの婚約でした?

 俺は俯くリシュに訊ねる。


「それで、その縁談相手は誰なんだ?」

「ベッセル伯の長男、エルセルド様」


 ベッセル伯もエルセルドも聞き覚えがある。主に王国南部に所領を持つ大貴族だ。


「ベッセル伯、か。しかもエルセルドは、王国軍の将軍だったな。正直、縁談としては……」


 俺が言葉を止めると、リシュが深く頷く。


「誰もが羨む縁談だろうね。ベッセル伯といえば、サンファレス王国でも指折りの所領を持つ諸侯だし」


 リシュの言う通り、ベッセル伯爵家は非常に裕福かつ、王国内でも多大な影響力を持つ家だ。同じ伯爵家でも、レオードルの何倍もの金と軍事力を有している。


 しかもエルセルドは王国の将軍の一人。軍でも知られている。それだけでなく、名高い剣士とも聞く。


 フーレがテーブルに頬杖をつきながら言う。


「ふーん。じゃあ、人となりが嫌ってことか」

「あ、いや。決してそうではないんだ。悪い人でも、ないと思う。貴族らしい上品な振る舞いだった。ただ、あまりに淡々としすぎていて……」

「つまり、ときめかないってことだね」

「それは否定しないけど、違うかな……」


 好きとか嫌いとか個人の感情を優先させるわけにはいかない、というのはリシュも分かっていることだ。


 つまり他に理由がある──リエナが訊ねる。


「縁談としては申し分なし。人としても気になることはない……それでも何か引っかかることがるあるのですね?」

「うん……エルセルド様は今、三十歳で」


 フーレが口を挟む。


「年が離れすぎているってこと?」

「それは大した問題じゃない。ただ、エルセルド様はすでに二回結婚されているんだ。そして二回とも妻を事故で亡くしている」


 リエナが悲しげな顔で言う。


「そんなことが……さぞかし辛い思いをされたのでしょうね」

「姫……いや、リエナは純粋だねえ。でも、なんか裏がありそうじゃない?」

「裏? ああ、なるほど……」


 リエナはフーレの問いかけで気付いたのか、静かに頷いた。


 俺も裏があると思う。一回だけならまだしも、二回とは。


 それは事故ではなく、仕組まれたものなのではと疑いたくもなる。


 ──事故ではなく、ベッセル家とエルセルドによって殺されていたとしたら、リシュも危ない。


 俺は静かに周囲に目を配る。


 ベッセル家の間者や協力者がいないとも限らない。今のところは聞き耳を立てたりしているような者はいないが、誰が近づいてくるか分からない。


 フーレも島暮らしが長くてそこら辺の警戒心が緩くなっているのかもしれないな……


 俺は立ち上がって言う。


「……リシュ。よければ、屋敷に案内してくれないか?」


 リシュも察したようですぐに頷いた。


「あっ……そうだね。ともかく、うちに来て」


 俺たちは食事の会計を済ませると、領主の屋敷に向かうことにした。


 ちなみにケーキやお菓子は全部マッパが食べてくれた。


 屋敷は、茶屋とは広場を挟んで向かい側にあった。華美さはなく石造りの質素な屋敷。雪国らしい高い屋根が特徴的だ。


 リシュが屋敷に近づくと、使用人たちが両開きの扉を開く。


 使用人の若い男は頭を下げリシュに訊ねる。


「おかえりなさいませ、お嬢様。そちらのお方は?」

「ヒール……様だ。王子の」

「え!? こ、これは大変失礼を! セオルド様に、今すぐお伝えしてまいります」


 領主を呼ぼうとしようとしているようだ。

 俺は首を横に振って言う。


「気にしないでくれ。突然押しかけた俺が悪い。ただ、リシュと話がしたかったんだ」

「父上には後で私が伝える。私の部屋に茶だけ用意してくれ」


 リシュがハキハキと言うと、使用人はこくりと頭を下げた。


 先ほどまでとはリシュの喋り方が少し違う。俺の前では昔のように自信なさげな雰囲気だったのに、今ではしっかりとした貴族の令嬢といった喋り方だ。


 俺たちはリシュを追って屋敷の廊下を進む。


 フーレが俺にそっと耳打ちする。


「……リシュさん。さっきはあんな落ち着きのない感じだったのに、別人みたいだね。落ち着いた大人というか」

「そう、だな」

「ヒール様の前ではなぜか緊張しちゃうのかもね」

「久々で緊張していただけでしょ……」


 幼少時から会ってなかったのだ。俺も気まずさはあった。


 そうして部屋に着くと、俺たちはテーブルを囲み椅子に座る。


 俺は向かい側に座るリシュに尋ねた。


「エルセルドの妻が二回も事故死している……リシュもおかしいと感じているんだな?」


 リシュは少し遅れて頷く。


「うん……こんなことは言いたくないけど、おかしいと思っている。エルセルド様の妻だった二人は、いずれも兄弟がいなかった。しかも、お二人ともお母上が流行病で亡くなっている。子供もいなかった」

「継承権狙いかもしれない、ってことか」


 リシュはこくりと頷いた。


 フーレが難しそうな顔で呟く。


「詳しくは分からないけど、そのエルセルドがレオードル家の跡を継げるってこと? ……あ、その、ちょっと度忘れしたというか!」


 フーレは少し慌てた様子で言った。継承法も知らないなんて、と思われたらまずいと考えたのだろう。


 貴族でも良く分かっていない者もいるから別に不自然ではないが、一応辻褄は合わせておこう。


「……フーレは王国法には疎かったな。まあ、そんなところだよ。故人の称号が継承される順番は、まずはその息子、いなければ娘、それから兄弟、配偶者……といった感じになってくる」

「なるほど。となると、リシュさんももしかして同じ感じ?」


 リシュが頷く。


「兄弟はいない。父と母の兄弟は皆騎士だったが、この数年で亡くなってしまった。私のいとこたちはまだ健在だが、継承権はない」


 リエナは納得したような顔で言う。


「なるほど。こんなことを言うのは不謹慎ですが、リシュさんとご両親がいなくなればレオードル家を継ぐのは」

「このまま婚姻が進めば、エルセルド様になるね」

「それは確かに……」


 あまり人を疑わないリエナも流石におかしいと思ったようだ。顔を曇らせている。


 俺はベッセル家について知っていることを思い出す。


「ベッセル伯爵家は、一世紀前まで弱小な貴族だったらしい。荒地が多く、領民も今の十分の一もいなかったとか。それが今や、王国でも屈指の諸侯となった……」

「優秀な一族なのですか?」


 リエナの問いかけに俺は頷く。


「優れていた。でも、内政手腕が優れていたわけじゃない。一族でたくさん子供を生んで、各地の諸侯と次々と婚姻を結んでいったんだ」

「外交で継承できる領地を増やしていったんですね」

「ああ。だけど、汚い手を使うことは控えてきたはずだ。急速に力をつければ、王や他の諸侯から猜疑の目を向けられる。でも……今のベッセル家は結構な力を持っているから多少の無理はできるかもな」


 フーレは納得するような顔で言う。


「だから、リシュさんが狙われたわけかあ……うーん。人間って怖いね」


 しばらくしてフーレはハッとした顔をする。人間という言葉が失言と感じたようだが、別におかしくはない。


 リシュも気にせず不安げな表情を浮かべる。


「私も恐ろしいよ……」


 有力な貴族に自分と両親が殺されるかもしれない。そして領地も取られる。恐怖でいっぱいだろう。


 リエナも悲痛な面持ちで訊ねる。


「心中お察しいたします……ただ、なぜこんな遠く離れたレオードル家を」

「遠く離れているからこそじゃない? 南とは取れるものも違うだろうし」


 フーレの言うことにも一理ある。レオードルのある大陸北部では、良質かつ硬質の木材が大量に産出される。また、狩猟による毛皮も有名な特産だった。


「それもあるだろうが、やはりリシュが一人娘、というのが大きいのだろうな。とはいえ」


 俺はリシュに顔を向ける。


「本当に継承狙いかは、断言できない」

「うん。 ……それに本当に悪い話じゃないんだ。エルセルド様は、レオードル領への莫大な投資を約束してくれた。持参金や土産もそれは豪勢で。宝石とか高価なものも持ってきてくれた」


 結納金といったところか。しかしもし継承狙いなら何かを仕込んでいてもおかしくはない。


「その土産、今、何か持っているか?」

「化粧品ならあるけど。お母さんにもくれたもので」


 リシュはそう言って、近くの棚から貝殻のような化粧ケースを持ってきた。

 ケースを開くと、中には煌めく白い粉が入っている。


 箱を含め、魔力の反応はない。ただの白粉にしか見えないが……


「鉱石が使われているなら、何か分かるかもしれない。少しだけもらうよ」

「鉱石? い、いいけど」


 俺は早速、白粉を人差し指に取る。


 それを少量、インベントリへと入れる。リシュには分からないように少しだ。


 それからインベントリを確認すると、鉛が増えているのが分かった。


「鉛が使われているな……」

「え? どうして分かるの?」


 首を傾げるリシュ。


「ああ、いや。商売もしていてさ。見分けがつくようになったんだ」

「そ、そうなんだ」

「ともかく、この化粧は鉛白で間違いない」


 王族や貴族の間でも使われる化粧品だ。だが……


「なるほど……鉛は中毒になるよね?」


 リシュの言うように毒性のあるものだ。長い期間使用し続けた者は体に不調をきたす例が絶えない。


「そうだな。少しずつ健康を蝕ませようとした可能性がある。ただ、鉛白は王都でも売られている人気のある化粧品だ……体に悪いと知っていても使う者は多い。これだけで断定するのは早計だな」


 俺はリシュに再び訊ねる。


「エルセルドは鉛白だと言ってなかったんだな?」

「いや、たくさん送ってきたから、個別には」

「じゃあ、宝石は?」

「あるけど、えっと」


 リシュは再び立ち上がり、宝石の入った箱を持ってくる。両手で収まるぐらいの箱だ。


 箱を開くとそこには磨かれた大振りの宝石が数個入っていた。


 フーレが呟く。


「なんだ。こんなものか──あ、いや」


 フーレは再び失言をしたと思ったらしい。


「い、いや、気にしないで。王族なら、そんな珍しい者でもないよね」


 リシュは少し驚くように言った。


 そうは言うが、王族でもこんなに立派な宝石はお目にかかれない。


「いや、俺たちもここまで大量の宝石はなかなか」


 実際は、もう数えきれないほどの宝石を持っているが……


「見せてもらうよ」


 俺は箱を持ち上げると、中身の宝石とインベントリの宝石を入れ替えて宝石を確認する。


 サファイア、ルビー、ダイアモンド……普通の宝石だ。何か仕掛けがあるわけでもない。偽物でもなかった。


 俺はインベントリと箱の宝石を入れ替えて元に戻す。


「宝石は普通だ……あ、相当立派な宝石だが、毒とかはないな」


 そもそもベッセル家が本当に謀略で成り上がってきたとしたら、バレないようにやるはずだ。流石に最初から致死量の毒を盛るとは考えにくい。


 俺は箱をリシュに返して言う。


「悪いが、今の時点では確かなことは言えない……」

「だよね……いや、私の考えすぎかもしれないし、忘れて。私、昔から心配性で」


 リシュは笑顔を作って答えた。


「できるわけないだろ。リシュとはその……友人だし」

「ひ、ヒール」


 目を潤ませるリシュ。

 俺はフーレがニヤニヤと見つめていることに気がつく。


「なんだよ、フーレ?」

「いやいや、だったら決まりだなって思って」

「エルセルド様を直接調査する必要がありそうですね」


 リエナも頷いて言った。


 だがリシュは慌てて答える。


「いや、流石にそこまでは! それにヒールだって自分たちの用事があるでしょ?」

「どのみち王国を北から南に縦断するつもりだったんだ。王都もベッセル伯領の本拠にも寄れる」


 元々王都と南部のバーレオン公国を訪れるつもりだった。


 貴族は大体、王都か自領で過ごしている。王国の要職にあれば、王都で過ごすことのほうが多い。王国の将軍であるエルセルドも王都にいるかもしれない。


「で、でも」

「まあまあ、リシュさん。ヒール様は困っている人を放っておけない人だから」

「お命がかかっているかもしれないなら、ヒール様を頼られるべきです」


 フーレとリエナがそう言うと、いつの間にか完食していたマッパもこくこくと頷く。


 しかしリシュは何かいいたげな顔だ。


 リシュの言わんとしていることは分かる。リシュはシェオールに行く前の俺のことしか知らない。無能の王子という評判も耳にしていたはずだ。


 つまり、俺なんかには何もできないと思っている──馬鹿にしているというよりは、心配してくれているのだろう。


 全く関係のない人物なら、俺も無理にとは言わない。でもリシュは昔の友人だ。


「リシュ、大丈夫だ。危険は冒さない」

「ヒール……」


 リシュは俯くとしばらくして首を縦に振る。


「ありがとう、ヒール……なら、私もついていく。これは私の問題だし」

「それは止めはしないが……」


 まさかマッパ号に乗せていくわけにはいかない。


 しかしマッパ号で行かなければ、だいぶ遅くなってしまう。あの盾で行くわけにもいかないし……


 とはいえ、リシュだけ別で行かせるのも少し不安だ。さっきも言ったが間者がいるかもしれない。


 部屋の外の魔力から、廊下に先ほどの使用人が立っていることが分かる。

 勘繰りすぎだとは思うが、間者である可能性も捨てきれない。


 そんな中マッパが突然立ち上がり、金槌を俺に見せる。


 俺に任せておけ、ということだろう。馬車でも仕立ててくれるかもしれない。


「分かった。一緒に向かおう」

「あ、ありがとう!」


 そうして俺たちは、リシュとともにまず王都を目指すことになった。

今週の1月23日、出店宇生先生が描く本作コミック版7巻が発売します!

今回も、カバー裏の魔物図鑑やおまけマンガなど、単行本でしか読めないものがございます!

ぜひ手に取ってくださると嬉しいです!


KADOKAWA公式サイト

https://www.kadokawa.co.jp/product/322408001690/

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