二百六十四話 変わらぬ友人でした!
マッパ号を下りた俺たちは、レオドルフに向かう。
レオドルフはレオードル伯爵家の本拠だけあって、街の外も人が多く行き交っていた。
王都の人間と違って皆暖かそうな服を着ているが、それでも懐かしく思えた。
レオードル伯爵の子リシュも、寒がりだったせいだろうか。
やがてレオドルフの城門と城壁が見えてくる。
壁は高く、堀は深い。堅牢な防壁だ。
しかし城壁の上の警備は少なく、何かに備えているような様子もなかった。
やがて城門前に到着すると衛兵らしき姿が立哨しているのが見えてきた。
他の通行人と門をくぐる俺たちだが、特に何事もなく通過する。他の通行人たちも誰も止められない。それだけ平和なのだろう。
フーレが目の前に広がる街を見て言う。
「おお! なんか、街って感じ」
「街は街だから当然でしょう……まあ、確かに特筆すべきものはないですね」
リエナの言う通り、レオドルフの街並みは王国でもよく見られる光景だ。冬は雪が積もるので建物の屋根が少し細長いので、そこは王都の建築と少し異なる。
だが、本当にそれだけだ。大通りに店があって家屋があって、奥に広場が見える。道具屋や薬屋などもあって、だいたいなんでも揃いそうだ。
「よし。それじゃあ、買い物にいこうか」
そうして俺たちはレオドルフで買い物をすることにした。まず向かったのは服屋だ。
しかしシェオールはすでにほとんどの物が揃う場所となっている。
リエナやフーレたちは店の商品を見ても、なかなか手には取らなかった。
「二人とも。どうした?」
「あ、いえ。すでに衣服もあるのに買うのもどうかと思いまして」
「基本的に私たち、王国を巡っている時は駄目になったものしか買わなかったんだよね。服や靴もだいたい自分たちで作っていたし」
「お金は大事ですからね」
「それはそうだけど……」
二人ともつましいな……
いいことではあるが、お金は十分にある。そもそも土産とか必ずしも必要でないものを買うつもりだったはずだ。
「……そうしたら、俺が二人の土産を選ぶよ」
「え? そんな、私たちのことはお気になさらず」
「そうそう。もったいないからいいって」
二人はそう言うが、俺は服屋の棚にならべられていたマフラーを取る。
「マッパ号は暖かったが、それでも首はひんやりしていた。あっても困らないだろう。 ……そうだな、リエナはこの白のマフラー、フーレはこの緑色のマフラーなんてどうだ?」
俺は二人にマフラーを手渡す。
「ヒール様……ありがとうございます」
「なかなかセンスいいじゃん」
二人は申し訳なさそうな顔をしつつも、マフラーを首に巻いた。
「おっ、暖かい!」
「本当ですね。触り心地もとてもフワフワしています!」
二人は姿見の前でマフラーの巻き方を色々と変えてみる。
二人ともおしゃれが嫌いなわけではないんだな……
店員の女性が来て言う。
「これはお客様、お目が高い! こちらはヘルティアの山々の高地でのみ採れる雲綿です!」
「雲綿!? あの一年で樽数個分しか取れない綿か」
「はい。王族や限られた貴族様が身に着けられる雲綿でございます」
嘘は吐いていないだろう。俺も王宮で触ったことがあるから分かる。
フーレが訊ねる。
「確かにいい生地っぽい。でも、お高いんじゃ……」
「はい。どちらも、金貨三枚でございます」
「金貨三枚!?」
リエナとフーレは目を見開いて言う。
二人ともすぐにマフラーを綺麗に畳み、それを棚に置いた。
「ごめんなさい。 ……ヒール様、嬉しいですが結構です」
「いやいや、金貨なら何枚も……いや、確かに高いけど買わせてくれ。それに二人に似合っていたし」
「……に、似合っているなんて」
「そ、そこまでヒール様が言うんなら……お言葉に甘えちゃおうかな」
リエナとフーレは嬉しそうに言った。
ということでマフラーを買うことにした。それだけでなく、服や靴なども買ってあげた。今後、王都へ向かう際に王国人らしい服があってもいいと思ったからだ。
まあ、琉金の鎧で服装は変えられるわけで、やはり必要とはいえないものだったが。それでも二人が喜んでくれたから十分だ。
その後は道具や本など、シェオールの皆への土産も買っていく。
マッパもいつの間にか買い物をしていたようで、本や道具などを背中の袋に満載していた。
金貨だけで三十枚は使ったと思う。
街の商人たちは次々と買い物していく俺たちをどこかの道楽貴族だと噂したようで、安くしておきますと色々な店に連れ込んだ。そのせいでもある。
今はとりあえずあらかた店を回り終わり、広場の茶屋のテラス席に座っているところだ。
俺は茶を飲むと一息吐いた。
「ぼったくりとかはなかったが……さすがに疲れたな」
「でも、楽しかったです。このような経験、なかなかないですから」
「それにヒール様に服も選んでもらっちゃったしね」
リエナもフーレも満足した様子だった。
マッパも木彫りの熊の像を見て、うっとりとしている。背中の曲線を優しく撫でて、ご満悦といった様子だ。
「皆が楽しかったなら良かったよ。だけど、たいした情報はなかったな。争いごともほとんどないようだ」
買い物ついでに店員に最近の景気や他の街について聞いたが、少なくともレオードル領のある王国北部には大きな問題は生じていないらしい。
サンファレスの他の地域も国内外で小競り合いは起きているが、特に大きな戦は起きていないようだ。
この大陸ではサンファレスが軍事力で他国を圧倒している。大きな戦いが起こるとすれば、それはサンファレスがどこかに圧力をかけすぎた時だけだ。つまり、あまり戦争はもう起きないと言っていい。
フーレがクッキーを食べながら言う。
「それだけ平和ってことだろうね。王都まで行くにしても、ずっとこんな感じかも。とはいえ、買い物はこの街だけにしておいたほうがよさそうだね……」
「金貨三十枚って、昔なら見たこともないお金でしたからね」
苦笑いを浮かべるリエナに俺も頷く。
「俺だって、ここまでの買い物はしたことなかったよ。まあ、とはいえ欲しいものがあったらちゃんと買っておこう。シェオールに戻ったら、しばらく戻ってこれないし」
リエナたちはこくりと頷いた。
リエナは茶を一口飲んで言う。
「しかし、ここのお茶も美味しいですね」
「お菓子と料理も本当においしいね。魚は川魚だからか、シェオールとはちょっと違う感じ」
フーレもそう絶賛した。
マッパも気に入ったようで、ばくばくとお菓子を口に運んでいる。
「色々な店の商人が、口を揃えてここを勧めてきたからな……と、あんなの頼んだか?」
店員が白いクリームが大量に乗った大きなケーキをこちらに運んでくる。人の膝ほどの高さはある巨大なケーキだ。
店員はそのケーキをよいしょと俺たちのテーブルに置いた。
「お待たせしましたー! 当店自慢のヘルティアマウンテンスペシャル・例年より少し早い雪化粧、です!」
「名前、長っ!? 誰が頼んだの?」
フーレが俺たちに訊ねる。
しかし皆首を横に振った。
「えっと、すいません。俺たちは頼んだ覚えは」
「いえ。こちらは、あちらのお客様からです」
店員が目を向けた先は、俺の後ろだった。
振り向くと、そこには椅子の陰からこちらを覗くブラウンの髪の若い女の子がいる。
白銀の鎧を身に着けたその女の子はこちらと目が合うと、長い髪をさらっと揺らし椅子に隠れた。
「? 誰だ?」
椅子の陰から女の子が訊ねてくる。
「ひ、ヒール?」
「え? そ、そうだけど」
そう答えると、女の子は椅子から飛び出して俺をじっと見つめた。
すると女の子は顔を綻ばせ、切れ長の目に宿した金色の瞳を潤ませる。
「……やっぱりヒールだ!!」
女の子はそう言ってこちらに駆けよってきた。
「えっと……もしかして、リシュか?」
「うん! レオードル家のリシュ! 覚えていてくれたの!?」
「あ、ああ」
正直言えば、見た目からは判断つかなかった。
ここがレオードル家の領地で、鎧にでかでかと家紋が記されているから、もしかしたらリシュと思っただけだ。
昔と違って、ずいぶんと垢抜けた。
俺と遊んでいたときの幼いリシュは、前髪で目を隠すほどの内気な子だった。それが今はおでこが見えるように前髪を分け、端正な顔を堂々と見せている。
目つきが少し鋭いため、静かで大人びた印象を受ける。背も高くスタイルが良いため、本当に見ただけでは分からなかっただろう。
リシュは俺が困惑していると思ったのか、すぐに離れて姿勢を正す。
「あっ、旧知の仲とは言え殿下に失礼を……それにお付きの方もいるのに」
「あ、どうか、私たちのことはお構いなく」
リエナはにっこりと笑って答えた。しかしその目はじいっとリシュに向けられている。
リシュはその視線に耐え切れなくなったのか、少し恥ずかしそうな顔をして俺を見た。
「ご、ごめん! 私やっぱり変だよね! 調子に乗っちゃった!」
「だ、大丈夫だから落ち着いて!」
リシュは昔もあがり症だった。俺だけといるときはそんなことはないのだが、他の人間がいるとすぐにあがってしまう。
俺はそんなリシュを落ち着かせるために話題を変える。
「そ、そんなことより、この巨大なケーキどうしたんだ?」
「そ、それは……ヒールが喜ぶかなって……!」
「いや、でかすぎだろ……」
「ご、ごめん!! 私って本当馬鹿でドジで、すぐそのケーキ、片付けるね!」
そう言ってリシュはケーキに手を伸ばそうとした。
俺は反射的にその腕を掴む。
「お前が持ったら、確実に落とす。店員さんに任せなさい」
フーレはそうなりそうとでも言わんばかりに苦笑いを浮かべた。しかしすぐに優しく語り掛ける。
「せっかくお店の人が作ってくれたんだし、食べさせてよ。すっごく美味しそう!」
マッパとリエナもうんうんと頷いた。
「こんな大きなケーキ、私も初めて見ました。ぜひ、いただきたいです」
俺も首を手に振って言う。
「皆もそう言っているし、せっかくだからいただくよ。ただし、リシュ。お前も食べるんだ。さすがに俺たちだけじゃ食べきれない」
「わ、分かった!」
リシュは椅子を引いて座ろうとする。
だが椅子の位置を見誤ったのか、そのまま地面に尻餅をつく。
「あたた……」
「だ、大丈夫ですか?」
「急がなくてもこんな大きなケーキ逃げないから大丈夫だよ」
リエナとフーレは立ち上がり、リシュを両肩から支える。
「ご、ごめんなさい」
リシュはぺこぺこと謝りながら椅子に座るのだった。