二百六十二話 冷凍できました!?
瞼を開くと白い天井が目に映った。
横になったまま胸元に目を向ける。
どうやら寝袋の中で寝ていたようだ。
左右にはリエナとフーレが眠っていた。
「いつの間にか寝ちゃったんだな……」
風呂から運んでもらったのだろうが悪いことをした。
リエナがぱちりと目を開く。
「あっ……おはようございます、ヒール様。ぐっすり眠れましたか?」
「あ、ああ。風呂から運んでくれたんだな。大変じゃなかったか?」
後ろからフーレがあくびを響かせて答える。
「あの盾のおかげですいすい運べたよ。乾燥機能もあったし」
「万能な盾だな……雪の小屋なのに暖かいのも、あれのおかげか」
マッパは自慢げに小屋の盾を立てかける。気に入っただろとでも言いたげだ。
「……十分すごさは分かったよ。それじゃあ、今日もそれで行こうか」
そうして俺たちは再び盾で南を目指すことにした。
野営地の片づけは十五号たちがすぐに終わらせてくれた。
盾に乗り込み、氷原を進んでいく。
周囲は雪に覆われた山と森ばかり、昨日と代わり映えのしない景色が続いていた。
フーレが周囲を見渡しながら言う。
「どこまで行っても雪景色だねえ。どれぐらい進んだかな」
「この速度なら……歩きで十日ぐらいの距離は進んでいるんじゃないか」
「そろそろ何かが見えてもおかしくありませんね。注意しながら進みましょう」
リエナの言葉に俺は首を縦に振った。
「襲ってくるやつもいるかもしれないからな」
視界に映るものだけではなく魔力の反応にも気を配りながら進んでいく。
やがてリエナが斜め前方を見て声を上げた。
「あれ……建物ですよね?」
「うん? 本当だ。塔みたいだな」
リエナの視線の先には壁のようにそびえる山脈があり、その山頂に塔が建っていた。
フーレが声を上げる。
「おお。ってことはもうサンファレスが近い感じ?」
「どう、かな。あの塔、なんというか見たことのない様式だ」
場所からして見張り塔のようなものの可能性が高い。
しかしサンファレスの塔は石や木といった、どの地域でも得られる素材でできている。遠目から見れば茶色いか灰色だ。
もちろん、凍り付いていて白く見える可能性はある。だが、俺たちの目に移ったのは屋根も壁も黄金色の塔だった。
「しかも、あんな金ぴかなんて……何でできているんだ?」
俺が呟くとフーレが思い出すように言う
「色からすると……金かもしれないし、オリハルコンかもしれないし、マッパのおっさんの故郷にあったヒヒイロカネかもしれないね」
「そのいずれの素材でできていたとしても、人間が造ったとは考えにくいですね」
黄金の塔、というだけで人間が造るには華美に過ぎる。
王侯貴族が権威の象徴として建てた可能性はあるが、少なくとも俺はそんな話を聞いたことがない。サンファレスや周辺国の貴族なら、自分が黄金の塔を建てたと周りに広めようとするはずだ。
フーレが訊ねる。
「……ちょっと近づいてみようか?」
「ああ。もしかしたら何か分かるかもしれない。ここはバーレオン大陸じゃないのかもしれない」
「ともかく見てみるね。向こうから姿は見えないはずだけど、一応警戒して」
そうしてフーレは、塔へと盾を進めていった。
すぐに上り坂となるが、飛行することでなんなく山を上がっていく。
周囲の魔力を探るが生物の反応はない。
しかし、塔自体からは強い魔力を感じる。
つまりあの塔は、金ではなくオリハルコンやヒヒイロカネなどの魔力を宿す建材でできている可能性が高い。
「……何かの装置か?」
「かもしれないね……それに、山の向こうからすごい魔力を感じない?」
フーレは額に汗を浮かべて言った。
確かに、山の向こうには非常に強い魔力の反応があった。
リエナが心配そうな顔で言う。
「何か恐ろしい魔法の装置かもしれません。万全の態勢で覗いた方がいいかと」
「そうだな。ここから先はマッパ号に乗せてもらったほうが……っと」
離れていたマッパ号が接近してくる。俺たちの考えを察したのだろう。
俺たちはすぐにマッパ号に乗り込んだ。
「マッパ、よく来てくれた。塔と山の向こうの様子が見たいんだが、大丈夫か?」
マッパは親指を立ててこちらに拳を突き出すと装置をいじり始めた。
魔力がマッパ号を包むのを感じる。恐らくは、マッパ号の姿を魔法で隠蔽したのだろう。
それからマッパ号は塔を目指し浮上し始めた。
「こっちも姿を隠せるのか……やっぱりマッパ号でよかったじゃん」
「まあまあ、ヒール様。それよりも……」
フーレはそう言ってマッパ号の外に目を向けると不安そうな顔を見せる。
だんだんと塔の向こう側の魔力が強くなってくるのを感じた。一か所ではなく、広大な範囲に魔力が展開されている。
とんでもない景色が広がっているに違いない──しかし、山頂に着いた俺たちの前に広がっていたのは意外な光景だった。
「……これって湖?」
「ええ。凍結した湖でしょうね」
山の向こうには凍結した湖が広がっていた。
綺麗な円形の湖で周囲を山が囲んでいる。
一見すれば今までも見てきた光景だ。
しかし、あの湖の下からは確かに強い魔力の反応が感じられる。
「魔力を宿した水か? いや、今は氷か」
「どちらにしろ色々使えるかもね!」
フーレは喜ぶように言った。
魔法が使えない者でもあの湖の水を使えば魔法が使えるかもしれない。
重要な資源になるだろう。
しかしリエナが警戒するように言う。
「どうでしょうか……なんというか、不吉な気配がします」
「不吉?」
フーレが訊ねるとリエナは湖に目を凝らして言う。
「ずいぶんと黒く見えるのです……確かに凍結した湖は黒く見えることもあります。しかし、ここまでで見てきた凍った湖よりも明らかに黒い。しかも、何故ここだけ塔が」
「確かにおかしいな……しかも塔は一本だけじゃないみたいだ。他の山頂にも塔が何本も建てられている。まるで湖を囲うように……」
リエナが頷いて言う。
「どの塔も周囲から魔力を集めているようです。そして魔力を消費している。何かの魔法を展開しているのでしょう」
「でも、何の魔法を? 魔力の壁とか、幻覚とか?」
フーレが言うように一見しただけでは何の魔法か分からない。
塔の中に入って調べようとも思ったが、入り口は見えず中に入れそうもなかった。
「マッパ……あの塔はドワーフが造ったものか?」
俺が訊ねるとマッパはぶんぶんと首を横に振った。
即答するということは、少なくともマッパの知るドワーフの建築ではないのだろう。
「そうか。塔を崩して何でできているか確認してもいいが、その前に湖を見てみるか……マッパ、行けるか?」
マッパはこくりと頷くと、マッパ号を湖へと進ませる。
だがすぐにマッパ号が大きく揺れる。
「っ!? な、なんだ」
マッパは装置をがちゃがちゃといじり、すぐに揺れを収まらせた。
リエナが外を見て言う。
マッパ号の窓には細かい雪が高速で打ち付けられていた。
「どうやら相当強い風が吹いているようですね。だから揺れたのでしょう」
「……急に風が強くなったね。もしかしてあの塔が強い風を吹かせているのかな?」
「可能性はありますね。マッパさん、これ以上は湖に近づくのは厳しそうですか?」
マッパは首を横に振ると、マッパ号を再び湖へと近づけていった。
ゆっくりとだが大きく揺れることもなく山を下りていく。
やがてマッパ号が湖のすぐ真上へと到達した。
俺たちは窓から凍結した湖面へ目を凝らす。
すぐにフーレが声を上げた。
「うん? ──これってまさか」
凍結した湖面の下には黒い何かがゆっくりと蠢いていた。
それは俺たちも何度か目にした存在だった。
「黒い瘴気……」
シェオールでもアランシアでも目にした──生物を狂わせ、植物を枯らせるあの黒い瘴気だ。
アランシアはあの瘴気のせいで不毛の大地と化した。
リエナは悲しそうな顔で言う。
「こんな場所にも黒い瘴気が……」
「この湖の下全部あの瘴気とか怖っ……でも、湖の外には漏れてないみたいだね」
フーレが言うように黒い瘴気は完全に湖に閉じ込められているようだ。
「……あの塔はこの黒い瘴気を閉じ込めるために建てられたのでしょうか」
「そうだろうな。上手く機能して封じ込められているみたいだ」
いつから塔が起動しているのかは分からないが、相当な技術力を持った文明が建てたのは間違いない。
シェオールではないだろうな……シエルなら黒い瘴気を見た時点で閉じ込める装置について教えくれていただろう。
「この瘴気って凍らせられたんだ……」
「意外な発見ですね。となると、塔と湖には下手に手は出さない方がよさそうですね」
「ああ。もう少し周辺も調べてみるが、このままにしたほうがいいだろうな」
シェオールには黒い瘴気を浄化できるメルがいるが、どれだけの黒い瘴気がこの湖に眠っているか分からない以上手を出すべきではない。
近くにもう人里があれば大変なことになる。
俺が頷いて言うとフーレは残念そうな顔を見せる。
「せっかく貴重な資源が手に入ると思ったのになあ……」
「凍らせて黒い瘴気を閉じ込めることが分かっただけでもよしとしましょう。それにまだ周囲に何かあるかもしれませんし」
「そうだね。塔を造った人たちの街があるかも! マッパ、このまま周囲を調べるよ!」
マッパはこくりと頷くと、マッパ号で湖の周辺と湖を囲む山々を探索し始めた。
しかし塔と湖以外、めぼしいものは見つからなかった。
山の外周も巡ったがそれ以上の収穫はなし。
結局、誰があの塔を造り黒い瘴気を閉じ込めたかは分からなかった。
どうなるか分からない以上、塔を壊すわけにもいかない。この湖の調査はまたバリスたちと相談して決めよう──俺たちは湖を後にし、再び南へと向かうことにした。