二百五十九話 手慣れたものでした!
新たな転移門を見つけた俺たちは一度シェオールに帰還し、バリスとリエナに転移門の向こうについて報告した。
宮殿の会議室の中、バリスが言う。
「見つけた転移門の先は、凍結した湖の底。浮上して氷を破るとそこは見渡す限りの白銀の世界だった……南国のシェオールにいると恋しくなる景色ですな」
「雪……確かに懐かしいですね。シェオールに雪が降るのはちょっと想像できませんから」
リエナも笑みを浮かべて言った。
二人とも今まで見聞きした転移先ほどは驚いていないようだ。
バーレオン大陸で雪景色は見てきたのだろう。
俺も同じで、サンファレスにいた雪に覆われた街は見てきた。
今回はアランシアのように一目で異境と分かる景色ではない。
俺は頷いて言う。
「俺もどこか懐かしくはあったな。すごく寒かったけど……」
景色を思い出すと体が震える。
それだけ寒々とした光景だった。
「話は戻るが、その転移門はシェオールより北に繋がる門なんだ。だからあそこは、エルト大陸かバーレオン大陸のはず。だけどエルト大陸は草木が少なく、しょっちゅう噴火しているとアースドラゴンのロイドンは言っていた」
「となれば、エルト大陸ではなくバーレオン大陸の可能性が高いわけですね」
俺はリエナの質問に頷く。
「ああ。だけど、この季節に雪が降る地域はバーレオンでも限られている。しかも湖が凍っているとなると……おそらくは山脈が多い寒冷なサンファレス領北部か、その北の国々だろう」
「もしバーレオンなら狙い通りですな。上手くいけばレイラ殿とも合流できるかも。して、もう一つの壊れた転移門は」
バリスが言うと、シエルが翻訳装置を用いて答える。
「マッパさんから先ほど報告があり、すぐに修復したが機能しなかったとのことでした。恐らく転移先が壊れていると思われます」
「そうでしたか。しかしマッパ殿は本当に仕事が早い」
バリスは感心するように言うと、俺に顔を向けた。
「ともかく、今は使える転移門から出れる場所を調べるのが良さそうですな」
「ああ。それで今回もなんだが」
「ご自分で調査されたいのでしょう。そして可能であれば、そのまま父君と話がしたい──サンファレス王と話すのであれば、やはりヒール様ご自身で向かわれるのがワシもいいと思われます」
「俺もそう思っている。サンファレス領内だったら俺がいるほうが通行の都合もいいだろうし、今回も俺に任せてほしいんだ」
「ワシに異論はございません。ただ、できましたら今回も姫とフーレをお連れください」
「ああ。俺もそうしたいと考えていた。リエナとフーレはシルフィウムのときも一緒だったからな。今回も慣れている者で向かったほうがいいと思って。リエナは大丈夫か?」
俺が顔を向けるとリエナは即座に首肯した。
「もちろんです! 今回もヒール様の身は必ず私がお守りします!」
「あ、ありがとう。俺もリエナとフーレの安全を最優先するよ。あとは移動手段だが、魔道鎧を見せるのはまずいと思う。だからまずは歩きで行くつもりだ」
バリスが答える。
「それがよろしいでしょう。ですが、雪に覆われた山と森を歩くのは危険。強力な魔法を使えるヒール様ですが、基本的な装備はしっかりと整えてからいくべきでしょう。その点は姫にお任せして問題ありませんな?」
「もちろんです。寒さに耐える衣服を新しく用意します。私たちも冬の森はよく移動してましたから」
リエナたちは元々森に住んでいたゴブリンだ。
その上、安住の地を求めバーレオン大陸中を移動してきた。
雪上での暮らしも経験してきたのだろう。
「助かるよ。俺はそこらへんの知識がなくてな」
俺が答えるとバリスは少し笑みを浮かべて言う。
「ご安心を。姫の作る蓑はとても頑丈で暖かくてですな。一着あればどんな冬も越せるほどです」
「ふふ。蓑を作るかはまだ決めてませんが、ヒール様に寒さを感じさせないものをお作りします」
「それは心強いな」
バリスは再び俺に顔を向ける。
「それではワシは、シルフィウムの時と同じように後方からヒール様を支援する計画を練ります。具体的には赴かれた場所に拠点を設置し、毎日互いに報告できるようにいたします」
「シルフィウムからラングに行ったときのようにか。でも、転移石は足りるか?」
「すでにシルフィウムとラング間に設置したものを回収しております。あの峡谷の道は魔道鎧を巡回させ安全を保っておりますが、そもそもシルフィウムとラング間の往来は今、シェオールの地下を経由しておりますので」
「そうか。なら問題はなさそうだな」
「はい。今回も留守はお任せくださいませ」
バリスがそう答えるとシエルも口を開く。
「私は残った最後の転移門と他の残っているかもしれない施設への採掘計画を進めますね」
「ああ、頼む。ゆっくりでいいからな」
「ふふ、ヒール様の掘る楽しみを取るようで悪いですが、なるべく早く見つけたいと思います」
シエルは少しおどけるように言った。
「じゃあ、俺たちが帰ってくるのが早いかシエルたちが早いか勝負だな」
バリスたちももう慣れている。
実際に俺の留守を守ってくれたし、何も心配することはない。
「バリス、シエル……また留守にして悪いがシェオールを頼む。皆にもよろしくと言ってくれ」
バリスは深く頷く。
「はっ。我ら一同、必ずシェオールを守ります。ヒール様もどうかお気をつけて」
俺も深く頷き返した。
こうして俺たちは再びの遠征に出ることにした。
リエナとフーレは他の従魔たちと協力し遠征の装備を用意し始めた。
俺はその間、シエルと共に最後の転移門への道を少しでも掘っておく。
そうして三日後、俺はフーレとリエナとともにマッパ号に乗り込んだ。
桟橋で見送るバリスたちに手を振ると、すぐにマッパ号は潜水を始める。
マッパ号を操るのは今回もマッパ。
そして俺とリエナとフーレの他に、十五号をはじめとするドールも乗り込んでいた。
十五号たちは今回も俺たちの後方支援を担当してくれる。
マッパ号が潜航する中、俺は十五号たちに声をかける。
「皆、今回も頼むぞ」
「はっ! ヒール様もお気をつけて」
俺の言葉に十五号たちはお辞儀をして答えた。
十五号はその後、俺の顔を不思議そうに覗き込んだ。
「うん? どうした、十五号?」
「あ、これは失礼を」
すぐに十五号が頭を下げる。
十五号があんな表情をするとは……
「謝らなくていい。何か気付いたなら遠慮なく言ってくれ。もしかして……採掘ばかりしてた昔みたいに怖い顔しているかな?」
「その顔は拝見したことがなく、どういうお顔だったのでしょう……それはともかく、以前の時と比べ、ヒール殿の顔が違うように見えましたゆえ」
「そ、そうか?」
「人形ごときのつまらぬ戯言です。どうかお忘れください」
偽心石を核とする彼等だが、ボルシオンを見れば感情があると見て間違いない。
俺の心境の変化を感じ取ったのかもしれない。
「顔は分からないが、前とは気分が違うのは確かかもな。今回は以前と違い、とりあえず父と会いにいくという目標がある。シルフィウムが未知の場所でまずは偵察や調査が目的だったことを考えれば、だいぶ気軽だ。もちろんこれから行く場所がバーレオン大陸という確証はまだないけど……それでも怖くはない」
そう言うと、リエナも俺の顔をじっと見つめて言う。
……なんというか少し恥ずかしい。
「……私もお会いした当初と今のヒール様のお顔はずいぶん違う気がします。お会いした当初と違い、今は全く不安を見せないといいますか」
「あ、私もそう思う! きりっとしてきたというか、格好よくなったというか……」
フーレもそう言って俺を見つめる。
格好よくなったなら素直に嬉しい……
しかし、すぐにフーレは首を傾げ難しそうな顔をする。
「……違うか」
「そうか……」
「と、ともかく、変わったのは確かだよ! 姫の言う通りあまり怖がらなくなったのかも」
「例えばまたリヴァイアサンが目の前に現れたら怖がると思うよ……」
怖いものはいくらでもある。
不安なこともだ。
「それは私たちも同じです……うーん、なんと表現したらいいか」
リエナが珍しく考え込むような顔を見せる。
鏡がないので俺も何とも言えない。
「……まあ、でも怖くても乗り切れないと思うことはなくなったかな。リエナやフーレ、皆がいるからそう思えるようになったのかも」
そう答えると、リエナとフーレの表情が晴れる。
「ヒール様もなかなか嬉しいことを言ってくれるようになったね」
フーレは俺の脇腹を「このこの」と肘で小突いてくる。
リエナは何故か目に涙を浮かべていた。
「ヒール様……私たちもヒール様がいれば乗り越えられない壁はありません! 今回の遠征も無事に終え、シェオールに凱旋しましょう!」
大げさな気もするが油断は禁物だ。
俺は深く頷き、自分にも言い聞かせるように答える。
「……ああ。さっさと終わらせて、シェオールに帰ろう」
やがてマッパ号が浮上を始める。
周囲が明るくなると、窓からは再び白銀の世界が見えるのだった。