二百五十八話 白銀の世界でした!
カミュたちが帰還した翌日。
俺はシェオールの地下を掘り進めていた。
俺が休んでいる間やラングにいる間もシェオールの採掘は進められていた。
だから俺の知らない坑道が結構な数存在している。
もちろん無計画に掘られたわけじゃない。
シエルが予想した転移門の場所に向けて掘り進められていた。
「……申し訳ございません。できればヒール様がラングにいる間に見つけておきたかったのですが、やはりだいぶ昔とは地形が変わっていて」
シエルは翻訳装置を使い俺に話かけてくる。
「気にするな。むしろ掘り甲斐があるってものだ」
俺はそう言ってピッケルを振り上げ、そして下ろす。
岩壁が崩れたと思うと、道にしては広すぎる広大な空間が目の前に現れた。
「見ない間に一度に掘られる量がまた増えましたね……」
「そう言われると……たしかに増えたな。シルフィウムとラングでもなんだかんだずっと掘っていたからかな」
「ふふ。このままいけば、いずれこの世界で掘る場所がなくなってしまうかもしれませんよ?」
「そこまでは……いや、よく考えたら少し怖くなってきたな」
俺はピッケルを慎重に岩壁に振り下ろした。
シエルはそんな俺を見てかくすっと笑って続ける。
「ところでヒール様、残りの転移門ですが、繋がっている先の方角があらかた割り出せました」
「おお、そうか。どんな感じだ」
「今まで見つけた転移門の内、シルフィウムとラングに繋がる門は東側への転移門でした。そしてアランシアは恐らくシェオールのはるか西にあると推測します。埋もれた門も西と東に繋がるものが多く、あとは北か南に繋がるものが大半と予想します」
「そうか。今掘り進めている方向は、南北どちらに繋がるか分かるか?」
「北です。この先に二つありますが、どちらも北に繋がっているはずです」
「北ならバーレオン大陸に繋がっている可能性があるな。いや、エルト大陸の可能性もあるか…… もし南ならロイドンが言っていたアースドラゴンの里かもな」
「あるいはどこか海の底ということも考えられます……いずれにせよ、昔とは世界の地勢もだいぶ変わってしまいどこに出るか詳しい場所は見当もつかず……申し訳ございません」
申し訳なさそうに体を縦に曲げるシエル。
「気にしないでくれ。海と繋がっているならそれはそれで面白いし……」
「事実、いくつかの転移門はシェオール近海の海底にあるかもしれません。そうなれば他の海と繋がっている可能性もありそうです」
「ないとは言い切れないな……おっと」
俺は口とピッケルを振るう手を止めた。
岩壁で叩ける場所がない。つまりはこのまま掘ると崩落する可能性があるわけだ。
「向こうは海かな。転移門のある方角はこっちだから迂回しないと」
「高さから考えると、迂回しても辿り着けないかもしれません……先も言ったように海底に露出しているのかも」
「そうか……となると、水中に潜るしかないんだな」
「そうですね。ですが、どうやってこんな深くまで──あっ」
シエルは急に後ろに振り向く。
そこにはマッパが腕を組んで立っていた。
まるで俺の出番が来たなとでも言わんばかりだ。
「その自信満々な顔……あるんだな? 潜れるものが?」
こくりとマッパは頷くと、背中を見せずかずかと歩き出した。
俺とシエルはその後を追い、鉄道で地上まで出る。
マッパが向かったのは港湾区にある桟橋の一つ。
そこにはまるで魚のような巨大な鉄の塊が浮かんでいた。
輝く白銀の胴体はミスリルか。魚の目に当たる部分はガラスのようになっている。
鯨のように大きく、人が十名以上入れそうな大きさだ。
「魔道鎧を魚の形にしたんだな」
今回ばかりは別に驚かない。
鳥型の魔導鎧があったし、魚型のドールもいたからだ。
しかしマッパは俺の反応が薄いことに気付いてか、桟橋のある場所を指さす。
そこにはマッパの弟子たちであるゴブリンやドワーフが何かを必死に解体していた。
彼らが解体しているものを覗き込むと、そこにはぼこぼこになったミスリルの板があった。
解体をしているゴブリンに訊ねてみる。
「金槌で叩いたのか?」
「あ、ヒール様。いえ、これは海に潜った魔道鎧のなれの果てです」
「海に潜って? 海の魔物にやられたのか?」
「それが俺たちもよく分からないんですが、深くなると何か大きな力が加わるようでして。魔道鎧がぺしゃんこになってしまうんです」
シエルが言う。
「水圧、ですね。水深が深くなると、物や人に周囲から大きな力が加わります。深い海では生きられない魚も多いも多いのだとか」
「へえ、知らなかった。ってことは普通の魔道鎧はあまり深くまで潜れないのか」
マッパはこくこくと頷くと、再び魚型の魔道鎧に目を向ける。
「それを踏まえ完成したのが、この魔道鎧か」
「あっ、ヒール様。船名は師匠曰く、マッパゴーゴーゴーだそうです」
ゴブリンの一人がそう言った。
「長いからマッパ号で……まあ、自分の名前を冠するぐらいだから、自信があるわけだな」
マッパは深く頷くと、早速何か装置のようなものを取り出し操作を始める。
やがてマッパ号の側面が開き、桟橋への橋となった。
ここから乗船するようだ。
マッパが促すので橋を渡り、マッパ号に乗り込む。
中はシンプルに操縦するための席と、乗組員が座れるようなベンチが設けられていた。操縦席の窓以外にも、天井、壁、床にいくらか窓が見える。
マッパは俺とシエルが乗ったのを確認すると、操縦席に着いた。
やがて乗降口が閉じられると、マッパ号は海の中へと潜り始めた。
「おお。海の中に潜っていく」
思えば自分たちで作った浜辺近く以外、シェオールの海を泳いだことはなかった。
水の色は綺麗なクリアブルーで、太陽の光が奥底まで差し込んでいる。
いつも食べている魚だけでなく、見たこともない魚が泳いでいたりもした。
「へえ、色々な魚がいるんだな……」
「あの金色の魚は私も初めて見ました! 虹色の魚もいますよ!」
しばらくシエルと海中の光景を楽しんでいると、だんだんと海が暗くなるのを感じる。
「陽の光が弱まっている……」
「水も全ての光を通すわけではないようですので、おそらくそのせいかと。ただ、このままだと何も……あっ」
突如船の周りが明るく照らされる。
どうやらマッパ号には照明がついているようだ。
「ちゃんと考えているな……しかし、心なしか魚が少なくなってきたような」
「魚によって耐えられる水圧が違うのでしょうね。急に静謐な空間になりました」
「地下でも驚かされることばかりだったけど、海の下も不思議な場所だな。おっ、地面みたいのが見えてきた」
どうやら海底が見えてきたらしい。
シエルがマッパに訊ねる。
「マッパさん。方角は分かりますか?」
マッパは親指を立てて応えた。
どうやら問題ないようだ。
まあマッパって俺の場所をすぐに見つけるし、方向感覚いいよな……
マッパ号は海底に触れないよう、今度はまっすぐ前へと進み始める。
海底はほとんど白い砂で覆われているようだったが、いくらか見たこともない形の植物──サンゴがいくらか生えていた。
魚は少なく、どの魚も長かったり真っ白かったりと不気味な見た目をしている。
どこか神秘的な光景に見惚れていると、マッパ号はゆっくりと速度を落とす。
「うん……あれは」
見覚えのある柱──転移門の柱だ。
しかし……
「壊れているな……梁の部分が落ちている」
「水圧に耐えられなかったのでしょうか?」
マッパはがちゃがちゃと装置を動かし続ける。
するとマッパ号から触手のようなものが伸び、海底に落ちていた梁の破片を集めていく。
マッパはこちらに振り向くと、金槌を振るような仕草を見せた。
あとで直す、ということだろう。
破片を集め終えると、マッパは触手を格納し再びマッパ号を進める。
どうやらもう一つの転移門も見ていくらしい。
シエルが呟く。
「こちらがこうだと、もう一方も壊れているかもしれませんね」
「そうだな……今の門みたいに破片が残っているといいんだが」
残っていて直せたとして、繋がる先が壊れていては使えないが。
ただ、ミスリルという頑丈な金属で造られているため、普通の石造よりは無事である可能性は高い。
それを信じよう。
やがて数十秒もしない内にマッパ号が速度を落とし始める。
マッパ号の進行先に、また門が見えたからだ。
俺たちはゆっくりと近くなる門へと目を凝らす。
「……どうだ? おお!」
門は無事のようだった。
形が無事なだけじゃない。
魚が転移門を通るが、その向こうに魚は現れない。
つまりは、魚が転移門を行き来しているわけだ。
「あれは使えるみたいだな」
「そうですね。向こうも恐らく海に繋がっているのでしょう。そんな場所はなかったので、おそらくなんらかの原因で周囲が海になってしまったのでしょうが……」
「ではさっそく島の皆さんに──マッパさん、待って!」
シエルがそう言うが、マッパ号は転移門へと進んでいく。
ちゃんと転移門のことも頭に入れていたのか、マッパ号はなんなく転移門を通過した。
転移門の向こうは……同じような海底の景色だった。
水圧とやらも問題ないようだ。
シエルがため息を吐く。
「もう、マッパさんったら。何か起きたときのために、やはりバリスさんたちにはお伝えしないと」
「そうだぞ。俺もそれはどこに繋がるか気になったが……」
マッパはすまないと言わんばかりに頭を掻く。
「まあ、ここまで来たんだ。海上の様子を少し見てみようか」
「そうですね。どのみち、誰かが調べないといけないですから」
俺とシエルが言うと、マッパはこくりと頷きマッパ号を浮上させる。
しかしいつまで経っても海は明るくならず、なんというか薄暗い。
確実に太陽の光が近くなっているとは思うのだが……
「海面までずいぶん深い場所にあったのでしょうか、というよりなんか」
シエルは自分の体をぶるぶる震わせる。
「どうした、シエル?」
「いや、なんと言いますか体が少し固くなった気がして」
「水を飲んだ方がいいんじゃないか……っていうか、なんか寒いな」
先程まで暖かかったのに、急に寒くなってきた。
「マッパ、寒くないか?」
マッパはぶるぶると体を震わせながらも、操縦を続ける。
やがて、マッパ号の上から大きな衝突音が響くと、船体が大きく揺れた。
「うお!? おっ?」
何かにマッパ号の上部がぶつかったようだ。
だが、揺れはすぐに収まった。
船体も問題ないようだ。
「なんだったんだ……それよりもここは」
先程までの暗闇が嘘のように、周囲は明るくなっていた。
しかしそれは太陽の明かりではなかった。
周囲は見渡す限りの氷原、遠くには高く聳える冠雪の山々が連なっている。
「また、すごい場所に出たな……」
俺たちは雪と氷に覆われた白銀の世界を見つけた。