二百五十七話 大歓迎でした!?
カミュたちの船がついに帰ってきた。
船員の帰還に沸くシェオール。家族との再会に喜ぶオークたちの姿が各所で見受けられた。
その一方で、俺のいる宮殿の会議室は実に静かだった。
円卓を囲むのは、リエナ、バリスをはじめとした島の大臣たち。もちろん、今回帰還したカミュもいる。
まずはカミュが留守にしていた間、シェオールで何があったかを伝えようとした。
しかしカミュは先に船に行ったバリスからあらかた聞いており、それは不要だった。
一方の俺たちはレイラが帰ってきてないことだけは知らされていたが、他のことについては聞いていない。
だからカミュに順を追ってアモリスへの航海について話してもらった。
話を要約すると──航海自体は大成功だった。
捕虜のアーダーたちはアモリス人の手によってベーダーに運ばれ、ベーダーの王には俺たちの親書が渡された。
これは俺たちもラングで確認したことだ。
ラング独立が上手くいったのはこの親書のおかげでもあっただろう。
一方のカミュたちは、ベルファルトらアモリス人をベーダーから救ったとアモリスで大歓迎を受けた。
アモリスの元首である執政はシェオールへの恩義に報いたいとカミュたちに伝え、連日宴を開きもてなしたそうだ。
それだけでなく、カミュたちがアモリスを去る時には樽いっぱいの金銀宝石を贈り、シェオールとの交易協定を結びたいとも伝えた。
アモリスにいたバーレオン公国人も百数名ほどがシェオール行きを希望した。
今後アモリスとその周辺国でバーレオン人がいれば、アモリスがシェオールに送り届けたいとも伝えてくれた。
しかしカミュの顔はどことなく晴れない。
「アモリス人たちは私の美貌に釘付けになって歓迎してくれた……そう言いたいところだけど、彼らはそんな単純な者たちではないわね」
それを聞いたエレヴァンが首を傾げる。
「なんでだ? 人みたいになったお前はともかく、他のオークたちも歓迎してくれたんだろう? 魔物でも拒否しないってことは友好的な奴らじゃねえのか?」
「歓迎してくれた、からこそよ。アモリスは人間の国よ。魔物を歓迎するなんて、人間にとっては普通のことじゃない。あんたも一緒にあそこにいれば、異様な空気に気づけたはずよ」
カミュがそう言い終えると、バリスが呟く。
「我らを利用しようという魂胆が見え見えだったわけですな」
「そう。さすがは商人の国アモリスといったところかしら。まず私たちの船を見て只者ではないと判断したのよ」
カミュたちの使っていた船は、このシェオールで新しく造船されたもの。
リヴァイアサンにも対抗できるように、船体はミスリルの板で覆われている。
アモリス人はミスリルとは分からなかったかもしれないが、少なくとも頑丈そうな船だとは思ったはずだ。
「彼ら自身いい船を持っているし、世界各国の船を見ている。船を見る目は確かよ……造ったシェオールの国力を察した。彼らは終始、私たちの船を称賛していたわ。笑顔を絶やさずね」
「ふむ。アモリスは船を襲われているなど、ベーダーと敵対的な関係にもある。強力な船を持つ我らと接近し、共闘関係を築けないか考えたのかもしれませんな」
バリスの言う通り、アモリスの状況が窺えた。
ベーダーを退けられるなら、忌避しているオークも歓迎する……
アモリスにとってベーダーは相当な脅威だったのだろう。
「もちろん彼らもいきなり同盟とは言わなかったけど、本音はそれね。私たちにアモリスでの交易許可をタダで与えてくれたり、随分な厚遇だったわ」
カミュにリエナが口を開く。
「ですが、状況は随分と変わってしまいましたね……」
カミュは深く頷くと不満そうに声を上げた。
「本当よ! まさかアモリスよりも遠いベーダーに行って、そこで停戦協定だの結んでいるなんて夢にも思わなかったわ! 門をくぐるだけで、別の大陸だなんて……荒波を越えてきた私たちの苦労はなんだったの!?」
「そんなこと言ったって、掘っちまったもんは仕方ねえだろ!」
エレヴァンが少し声を荒げるとカミュも大声を返す。
「別にあんたたちに怒ってないわよ! 結果として、私たちアモリス行きもシェオールの皆も、それぞれ収穫があったんだから。でも」
カミュはそう言うと不安そうな顔を見せた。
バリスが訊ねる。
「レイラ殿ですな。彼女はそのままアモリスに残ったのでしたな?」
「ええ。彼女はベーダーが覇を唱える大陸と、サンファレス王国によって統一されつつあるバーレオン大陸の情勢が似ていることを察したわ。このまま各国を巡っても、力を貸してくれそうな国はないだろうと」
アシュトンが呟く。
「ベーダーもサンファレスも以前とはだいぶ状況は変わったが……」
アシュトンの言う通り、カミュたちが出航する前とは情勢が変わった。
サンファレスは俺の弟オレン王子を失い、さらに俺の父である国王ルイからはシェオールとの不戦と貿易協定を結んだ。
ベーダーはラング州独立を阻止できず、さらに多大な戦力を失った挙句、シェオールとその同盟国と不可侵条約を結んだ。
サンファレスはともかく、ベーダーはしばらく大きな軍事行動はとれそうにない。
アシュトンは首を傾げて言う。
「今はそれは措いておくとして……外交の成果が見込めないのならシェオールに帰還すればよろしかったのでは?」
「私もそう勧めたわ。だけど調べたいことがあると言っていた。その後、バーレオンに一度戻りたいとも」
カミュが答えるとすかさずバリスが訊ねる。
「何を調べるかはお話くださらなかったですか?」
「ロヴァル山とかいう場所よ。アモリス北部の山よ。アモリス人が言うには木も生えないなだらかな山、どこにでもある何の変哲もない山のようね。魔物も少ないと聞いたわ」
「なんでそんな場所を?」
「詳しい理由は私もレイラちゃんも分からないわ」
エレヴァンが「はあ?」と口にするが、俺はだいたいの予想がついた。
「レイラの紋章は【預言者】……その山に行く夢でも見たんだろう」
「ヒールちゃんの言う通りよ。今までも夢で見た場所に行くとなにかしら恩恵が得られた。ほとんどは価値のある遺物だったそうよ。きっとシェオールのためになるものがあるだろうって」
昔、何度かレイラから遺物を見せてもらったことがある。
金銀宝石などがあしらわれた装飾品や武具もあれば、古い文字や絵が記された石板なんかもあった。
「もちろん、どんな危険があるか分からない。私も同行するって行ったけど、早くアモリスのバーレオン人をシェオールに移住させたいって譲らなかったわ。それにベルファルトが優秀な傭兵をたくさん雇ってくれてね。アモリス政府もレイラちゃんは一国の公女だから現地の衛兵を動員するって」
「心配はいらないってことか」
俺が言うとカミュは深く頷いた。
「ええ。しかもバーレオンへはアモリスの海軍が送り届けてくれるんだから」
バリスが訊ねる。
「バーレオン大陸の沿岸はほぼサンファレス海軍の勢力下にある。見つかるとやっかいでは」
「その危険性はないわけではないけど、アモリスの船乗りはサンファレスよりも優秀よ。それにレイラちゃんは、このシェオールに来るときも使った秘密の航路を知っているって」
「ふむ。客観的に見て心配は無用というわけですな」
「ええ。もちろん、私もどこか歯がゆい気持ちはあるけどね」
自分たちの目の届かない場所ゆえに心配が残る。
しかしレイラは用心深く、現にサンファレスに無事に来てみせた。
だからきっと大丈夫……のはず。
バリスは俺の不安を感じ取ったのか顔を向けて言う。
「とりあえずは連絡を試みるのがよろしいのかと。ラング王国への転移門を使えば、アモリスまでは近い。飛べる者を派遣すれば、レイラ殿とそのロヴァル山で落ち合えるかもしれません」
しかしカミュは首を横に振る。
「どうかしらね。ロヴァル山までは一週間もあれば着くと言っていたわ。ロヴァルの用は済ませて、もう海に出ていてもおかしくないかも」
「それでも、一応。ロヴァルの近くの衛兵から話を聞ければ、レイラ殿の無事も確認できるでしょう」
「まあ。反対はしないわ」
俺もバリスに向かって頷く。
「そうしてもらおう」
「お任せを。なんならワシが向かいますので」
バリスがそう答えると、エレヴァンが腕を伸ばしながら言う。
「ってなると、俺たちはいつもどおりやって待ってりゃいいってことだな」
「皆はそうね。でも必要ならすぐにまた船を出すわよ」
カミュの提案に俺は首を横に振る。
「いや、長い船旅で疲れがたまっているはずだ。しばらくは島で休んでくれ。ただ……少ししたら頼むかもしれない」
「水臭いわね。私たちはそこまで疲れてないし、一年以上上陸しなかったことだって」
「いや、本当に急ぎじゃないんだ……ただ一度、バーレオン大陸に行きたいなと思ってな」
俺の言葉に皆がざわめきだす。
「ひ、ヒール様、まさか私たちのことが嫌になって──なわけないよね」
フーレの言葉に俺は即座に答える。
「もちろんだ。 ……レイラがバーレオンに行くって聞いて気付いたんだが、バーレオンには俺たちの足がかりがないなって思ってな」
バリスが察するように言う。
「ふむふむ。アランシアやラングと異なり、シェオールに入ってくるバーレオンの情報はすでに古くなっていますな」
「ああ。だからできれば、バーレオンに拠点や協力者が欲しい」
それならとカミュが口を開く。
「明日にでもバーレオンに向かってもいいわ。バーレオンは私たちの庭みたいなものよ」
「いや、残りの転移門がバーレオンに繋がっているかもしれないと思ってな」
「なるほど……確かに門が繋がっているなら、今回みたいになるかもしれないしね」
「ああ。だから転移門を掘るまで少し待ってほしいんだ。転移門がバーレオンに繋がってない場合、その時にお願いしたい」
「分かった。ならお言葉に甘えてしばらくは休ませてもらうわ。私もしばらく温泉三昧の日々を送りたいからね!」
バリスが深く頷く。
「ごゆるりとお休みくだされ。しかしヒール殿。話は早いかもしれませんが、バーレオンにつながったとして、そこにいる勢力は」
「俺の母国……サンファレスと敵対関係にあるかもしれないな。その場合は、俺が父に話をしてみようと思う。争いを止められないかって」
「父君とサンファレスにも事情はあると思われますが、少なくとも父君には予言の日が念頭にあるはず。我らの見聞きしたこと──世界を覆わんとする黒い瘴気のことを伝えればきっと耳を傾けていただけるでしょう」
「ああ。俺に予言のことを伝えたのは、父だ。全てを信じてくれるかは分からないが、話は聞いてくれるはず」
本音を言えばサンファレスには戻りたくない。
しかし黒い瘴気に立ち向かうには味方は多いほうがいい。
フーレが俺を見てニヤリと笑う。
「じゃあ、とにかく……」
「ああ、転移門を掘ろう。明日から採掘再開だ!」
そうして俺は、再びシェオールの地下を掘り進めることにした。