二百五十六話 遅い帰りでした!
ラング王国がひとまず安定したのち、俺たちはシェオールへと帰還した。
今は、快晴の下、浜辺に置いた絨毯の上で寝転がっている。
波は穏やかで、潮風もやさしい。
そこに潮騒の音と、豪華な食事。
心身共に休まるのを感じる。
「……こうしてゆっくりするのも久々だな」
そんな言葉が口から漏れると、続けてあくびを響かせてしまう。
ラングの独立で皆、大いに頑張ってくれた。
俺もさすがに疲れを感じている。
だからこの数日は、俺も含め皆でゆっくりシェオールで休養していた。
俺の近くには、リエナ、フーレ、アシュトン、ハイネスなども寝転がっていた。
俺のあくびにつられたのか、隣でごろ寝しているフーレもあくびを響かせる。
「ふぁあ……本当に久々だね。それより、やっぱりシェオールっていい所だね」
「風光明媚で争いもない。本当に素晴らしい場所です。それにシェオールの当たり前は、外界では当たり前ではない……分かっていたつもりでしたが、今回の件でシェオールの豊かさを改めて実感しました」
リエナは隣でそう呟くと、控えめに口を押さえながらあくびした。
「そう、だな。でも、アランシアもシルフィウムもラングも、これからもっと豊かになるはずだ」
「はい。彼らの繁栄は、シェオールをもっと発展させることにも繋がるはずです」
リエナがそう答える中、フーレが体を起こして近くに置いてあった盃を手にする。
杯には、液体が注がれていた。
シェオールで採れたハチミツや世界樹の葉を使ったジュース──すでにシェオールの皆が愛飲するジュースだ。
しかし、以前とは異なりベリーやリンゴなどの果実も入っている。
フーレはそれを飲むと、至福そうな顔で言う。
「このベリー、美味しいなあ。他の国から、こういうシェオールにないものも手に入れられるからね……ラングから送られた牛や豚の塩漬け肉や大きなパンも、久々に食べるなあ」
そう言うと、フーレはラングから送られてきた塩漬け肉を頬張った。
俺も食べたが、久々の塩漬け肉ということもあり本当に美味しかった。
「シェオールで採れるものも限りがあるからな。 ……予言もそうだが、やっぱり外部との交流は重要だ。これからも仲良くできる相手を見つけていきたいが」
「そうですね。転移門は残り三つもある……その先には、また私たちの知らない場所があるかもしれません」
「ああ。他の門が使えるかは分からないが、楽しみだな」
フーレは苦笑いを浮かべる。
「どの門の向こうも、結構大変な問題を抱えているところばっかだったけどね」
「大なり小なり、何かしら問題はあるだろうな……」
今までは力になれたが、シェオールが助けられる問題とは限らない。
また、ベーダーのように危険な勢力もいるかもしれない。
リエナが言う。
「会ってみなければ、何も分かりませんね」
「まずは話さないとな……まあ、その前に転移門までの道を掘らないといけないんだが」
絨毯に置かれたピッケルに俺の視線が吸い寄せられる。
なんというか落ち着かない──あっ。
ピッケルに手を伸ばすと、その手はシエルのぷにぷにしたスライムの体で遮られる。
さらにどこからともなく現れたマッパによって、ピッケルは持ち去られてしまった。
フーレが言う。
「マッパ、ナイス! ヒール様、この一週間は休むって約束だよ」
「お気持ちは分かりますが、ずっと採掘されていたのです。どうか今はしっかりお休みください」
リエナがそう言うと、シエルが俺に立たせないためか足を揉んでくれる。
「わ、分かった。シエルも悪いって」
そう言うが、シエルは体を横に振りマッサージを続ける。
丁寧な揉みでとても気持ちがいい。
皆、俺を心配してくれている。
なかなか疲れは自分では分からないもの。
今は思いっきり採掘するための休養と捉えよう。
俺が苦しそうにする中、フーレは困ったような顔で呟く。
「そんなに我慢がきついの? 本当にヒール様は採掘が好きだね。いや、一か月であんな掘っちゃうんだから、好きなんてものじゃないか……」
「本当にすごい量でした。ラング州を囲めるような量の岩を掘られましたからね……金銀宝石の類も、馬車十台分になるとは」
リエナの言う通り、俺は岩だけではなく大量の宝石や希少な鉱石を掘り当てた。
「あれだけ掘ったけど、珍しい物は掘れなかったな」
「珍しい宝石ばっかりだったと思うけど、金や銀も掘れたし……」
フーレは呆れるような顔で言うと、小さくため息を吐いた。
「なにも、全部王子に渡す必要はなかったんじゃない?」
金銀宝石は全てレムリクに渡してある。
「確かに貴重な物だけど、ラングで掘れた物だしラングのために使われるのが一番だ。レムリクなら絶対にラングの人々のために使ってくれる」
「それは私も信じてるけど……カミュさんたちの交易のために少し取っておいてもよかった気は」
「確かに、交易には色々便利だよな。でも、今も十分、金銀宝石はある。 ……そういえば、カミュたちと言えば、もうそろそろ帰ってきてもおかしくないはずだが」
数カ月前、カミュはオークたちと共にアモリス共和国へと船を出した。
船には、バーレオン公の娘レイラとバーレオン公国の人間も乗っている。
航海の目的の一つは、移民を募ること。
レイラが言うには、アモリスには亡命した公国人も多く、シェオールに移住してくれるのではということだった。
リエナも思い出したように呟く。
「そういえば……私たちも同じ大陸に行っていたので変な気分ですね……」
「色々ありすぎて、カミュさんたち帰ってきたら困惑しそう」
フーレの言うように困惑するだろう。
カミュたちが発った日から色々と状況は変わってしまった。
本来は人間の国と交渉しやすくするために、人間の住民に来てほしかった。
しかし、シェオールの地下に眠っていた人々を復活させた今、必ずしも必須の計画ではなくなってしまった。
人型のドールも多く、形を変えられる琉金で皆人の姿に化けられる。
さらに、アランシアからも人間がたまにくる始末……
人間はもう十分いると言っていい。
そもそも外交関係で最大の懸念であった俺の母国サンファレス王国とは、秘密の貿易協定まで結んである。
父であるサンファレス王からも、シェオールへの害意がないことを確認できた。
荒れ狂う海から帰ってきたカミュたちが知れば、なんと言うだろうか。
私たちの苦労は何だったの! ──と言うに違いない。
「もともとカミュたちが帰ってくるまでは、外部との接触を控えめにするつもりだったのにな……悪いことをしたな」
「レイラさんの外交交渉のこともありますし、カミュさんたちの働きが無駄になることはないかと」
リエナはそう言ってくれた。
レイラはバーレオン人に移住を呼びかけるだけでなく、アモリスとシェオールの外交関係も築こうとしていた。
以前ベーダー人から救ったアモリス人のベルファルトも手を貸してくれるはずだし、良い返事が聞けるといいのだが。
フーレは少し心配そうに言う。
「なんにせよ、ちょっと遅い気はするね。同じぐらいにアモリスに行ったアーダーは、ああやってラングの総督やってたわけだし。それに帰りが近くなったら、知らせてくれるはずだよね。例のことも」
「例のこと?」
俺が訊ねると、リエナが慌てて言う。
「あ、いえ! シェオール周辺はワイバーンたちも飛んでいますし、彼らを通じて帰りも分かるかもということです」
「そ、そういうことか」
俺が顔を向けると、フーレも慌ててうんうんと頷く。
シェオールの近辺の空域は、ワイバーンや巨大蜂などの空を飛ぶ種族や、魔動鎧などが巡回している。
バリスによれば、半日飛行した距離まで偵察網を広げているらしく、船で数日の距離までは何者かの接近を察知できるようになっていた。
少なくともあと数日は、カミュたちは帰ってこない……
もともとシェオールは予言もあるせいか、魔物たちが集まってくる。
海上で魔物の大群やリヴァイアサンに襲われる可能性も有り得た。
「船は頑丈のはずだけど……なんか心配になってきたな」
「カミュさんたちなら大丈夫ですよ。アモリスの要人と会うのに時間を費やしているのかもしれません。あるいは、移住者との合流を待っていたり」
リエナはそう言うが、なんというか落ち着かない。
フーレはそんな俺を見かねてか、俺にこう提案する。
「じゃあ、転移石もあることだし、それを使いながらアモリスまでの海路を調べてみる?」
「それは、ワシがやりましょう」
後ろから響く声に振り返ると、そこにはバリスがいた。
「バリス。いや、でも」
「今回ばかりは空を飛べるワシが適任でしょう。ヒール様たちはどうか休息を」
バリスは少し怖い顔で言った。
何が何でも俺を休ませたいようだ。
リエナもこう続ける。
「バリスに任せましょう。魔法の腕は私たちに劣りません」
「それはもちろん心配していない。だけど、一人じゃ休憩もできないし、何かあったら連絡も」
バリスは首を横に振って言う。
「ワイバーンや魔道鎧も連れていきます。転移石を使った飛行の訓練にもなりますからのう」
「たしかに俺たち以外も、転移石に慣れておくといいな……分かった。そこまで言うなら、バリスに任せる」
俺の言葉にバリスは満足そうな顔で答える。
「お任せくだされ。では、すぐに調べてまいります」
そうしてバリスは足早に去っていった。
リエナが横で言う。
「ヒール様。何度も申し上げて恐縮ですが、任せられることは遠慮なく皆に」
「すまない……休みが大事なのはわかっている。バリスなら俺たち以上にしっかり調べてくれるだろう」
今はバリスの言葉に甘え休もう。
少し不安が残りながらも俺は休息を続けることにした。
しかしその不安はその日の夜には解消される。
カミュの船は何事もなく東の海を航海しており、あと五日もあればシェオールに到達する──バリスはそう報告してくれた。
だが同時に、その船にレイラが乗っていないことも報告するのだった。