二百五十四話 忙しい日々でした!
ベーダー王との決戦ののち、ラング王国が建国された。
そのラングの王となったレムリクは、建国から一月であらゆる政策を実施した。
まず、税は以前の半分以下にまで削減された。その税も使途の内訳が明かされ、大半は街道や公共施設の整備、食料の貯蔵に使われることとなった。
次にシルフィウムとの交易だ。シルフィウムからは森の産物を売ってもらうだけでなく、農地の開拓を支援してもらう取り決めがなされた。
ゆくゆくはアモリスなど、他の近隣国家とも貿易を始めるつもりだ。
そして領内のベーダー人に対して、奴隷を所有しているかの調査がなされた。その結果、領内の亜人の奴隷は皆解放された。
と、領内の亜人たちにとっては歓迎される政策が発表されたが……
多くのベーダー人はレムリクの方針には従えないと、大半がラング州から去っていった。
しかし、人口はむしろ増えている。
他のベーダー領からやってくる亜人たちの方が数が多いのだ。
人が集まってくれば、ラングの開拓も進む。
……だが一方で、食料不足も深刻になる。
俺もレムリクも最大の試練を乗り越えたと思ったが、むしろここからが正念場かもしれない。
ベーダーと正式に不可侵条約が結ばれたとはいえ、彼らは油断ならない存在のままだ。
そんな中、俺は────レオールの地下で岩をひたすら掘っていた。
街道を整備するためにも、亜人のための住居を建てるのにも、とにかく膨大な石材が必要になる。
また、レオールとラングスとの行き来を容易にするため地下道を作る目的もあった。
雨に濡れず、魔物にも襲われず、安全に輸送ができる。ラングス以外の街や村とも繋いでおり、広大な地下道網を作るつもりだ。
俺だけじゃなく、フーレやタランも手伝ってくれている。他のシェオールの採掘好きは、レンガや瓦のために粘土を掘ってくれていた。
また亜人の中にも、俺の同志となった者たちが多数いる。
数百名以上の者が採掘に従事したいと申し出て、彼らとその家族はレオールに住み続けることになった。
また、他のシェオール勢もあらゆる面で、ラング王国の支援をしてくれている。
マッパも相変わらず、弟子たちと道具作りなどに奔走。
バリスや他の者たちもシェオールの海産物をレオールに供給したりと、ともかく皆忙しくしていた。
決戦のことを振り返ったり、のんびり休む暇もないほどだ。
そんな中、採掘中の俺の後ろから声がかかる。
「ヒールさん」
「うん? ああ、シアか」
振り返ると、そこには獣の耳を生やした女の子がいた。
以前俺たちが助けた亜人のシアだ。
シアの腕にはバスケットがぶら下がっている。
そのバスケットからは、香ばしい香りが漂っていた。
シアは笑顔でそのバスケットを差し出す。
「ご飯持ってきたよ。リエナさん、畑の開墾で忙しいみたいだったから、私に作らせてもらったの」
「おお。気を遣わせてごめん」
「ううん。学校の帰りだから気にしないで」
レムリクは亜人たちの子供のため、ラングスに読み書きの学校を作った。
すでに多くの子供がその学校に通っており、シアも通っているようだ。
「ヒールさん、食事を持っていかないと時間を忘れて採掘するからって言ってたけど……本当?」
「恥ずかしいけど本当だ。まだ朝だと思っていたよ。シアが来てくれて助かった。それじゃあ、ありがたくいただこうかな」
俺はそう言うと地上への出口を掘って外へ出る。
そして座るのにちょうどいい岩を見つけ、そこで腰を下ろした。
目の前にはすっかり平穏を取り戻した広大な平野があった。
荷物を運ぶ者や、畑仕事や建築に従事する者──亜人たちが忙しくする様子が目に映る。
食べたら俺も頑張ろう。そんな気にさせてくれた。
そんな中、シアはバスケットから葉っぱで包まれた料理を出してくれた。
葉っぱを開くと、そこにはこんがりと焼けたパイがある。
湯気が上がり、多様な香草の香りが周囲に広がる。
「おお、美味しそうだな!」
「シェオールの白身魚とシルフィウムの香草を包んで焼いたんだ! まだ暖かいうちに食べて」
シアはパイをナイフで切り分け、俺に手渡した。
手のひらぐらいの大きさのどっしりとしたパイ。
食べ応えがありそうだ。
「いただきます……! ──美味い!!」
サクサクとしたパイ生地とふんわりとした白身魚の食感。口中に魚の肉汁と複雑な香草の香りが広がる。
思わず、一口二口と口に運んでしまう。気がつけば手のパイはなくなっていた。
シアは微笑むと、もう一つパイを差し出してくれる。
「まだまだあるからね」
「あ、ありがとう。シアも食べて」
「そうするね」
シアもそういうと、俺と一緒にパイを食べ始めた。
「しかし本当に美味しいな……お母さんが教えてくれたの?」
「うん。前にお母さんが作ってくれた故郷の料理なんだ。中身の魚は小さな川魚だったし、香草も少なかったけどね。それでもとても美味しかった。お母さんも自画自賛してたんだ、故郷の味だって」
「故郷、か」
すでに、亜人の中には漁業と海に興味を示す者がいて、シェオールでの漁を手伝ってもらっている。今はレオールに住んでいるが、シェオールの住居も用意するつもりだ。
シアはこくりと頷く。
「うん。私はほとんど故郷の思い出がないんだけどね。海が見えて、近くには森のある豊かな場所だったみたい」
「綺麗なところだったんだろうな」
「お母さんが言うには、ベーダー人に燃やされてもうないらしいよ」
「……ご飯の時にごめん」
「気にしないで。お母さんだけじゃなくて、皆似たようなものだから。それに、見て」
シアは近くを歩く亜人たちに視線を向けた。
相変わらず重い荷を背負っている亜人たち。
しかし、会話している彼らの顔には笑みが見えた。
「ヒールさんが来て、レムリク王子が王になって、皆笑えるようになった。ベーダー人に殴られる人はいなくなった。それにこのパイの魚も香草だって、以前だったら一生口にできるかも分からなかったものだよ」
シアの言葉通り、亜人たちの雰囲気は以前と明らかに変わった。
「これから暮らしが良くなっていくんだって、皆明るい顔になった」
皆、希望を持てるようになったのだろう。
シアは続ける。
「もちろん、ベーダーの人たちがまた戻ってくるかもしれないし、これからも大変なことばっかだろうけど……私も皆も今まで以上に頑張るよ」
その言葉に俺は深く頷く。
「俺たちはいつでもシアたちの味方だ。これからも助けになるよ」
「ありがとう、ヒールさん」
シアは会った時の淡々とした様子が嘘のような、満面の笑みを見せてくれた。
それからパイを食べ終えた俺は、やる気がさらに増したのかあっという間にラングスへの坑道を掘り進めた。
やがて一週間ほどが経つと、食料問題にも目処がついた。村や街の修繕も終わり、街道や公共施設の整備なども軌道に乗り始める。
混乱が収まったのを確認したレムリクは、今後について話し合いたいと、俺やシルフィウムの者と会談の場を持つことにした。