二百五十三話 独立でした!!
突如響いた声に、リンドブルムたちは一瞬で静まった。
しかし、ルダだけは納得いかないような顔で言う。
「お言葉ながら、俺はまだ戦えます!!」
「我が言葉が聞こえなかったか? もはや、お前の敵う相手ではない」
その言葉にルダは黙り込む。
俺は言葉の主を探すが、どこにも姿が見えない。
声も一方向というよりは、頭に直接響いてるようだった。
それでも、ルダの話し方からすれば、何者かは想像がつく。
────ベーダーの王か。
そんな中、レムリクが片膝を突いて言う。
「陛下。ご覧いただけましたか?」
「存分、にな。黄金像に乗る、凶相の覇王……まさか、こんな者がいるとは」
その言葉に、バリスはあっと口を開いた。
ベーダー王は、バリスを俺たちの長と認識しているらしい。
どこか怯えているようにも見える。
バリスは間違えを訂正したがっているようだが、これは交渉に寄与するかもしれない。
俺はバリスに目配せし、ベーダー王へ言葉をかける。
「ベーダーの王。俺たちはベーダーを侵すつもりはない。シルフィウムへの不可侵と、亜人の保護を約束してくれればな」
「先ほども聞いたが、それだけではないのだろう?」
「ああ。先ほどルダに渡した書状にある通り、レムリクにこの地を任せてほしい」
「見返りに、お前たちは我が国と不可侵条約を結ぶと。我らに、名も名乗らぬ国と条約を結べと申すのか」
「すまない。失礼した。俺たちは、シェオールという国の民だ。以前、アモリス共和国の商人を通じて貴国に親書をお送りしたが、ご覧になってないかな」
「……シェオール? うん?」
ベーダー王は急に黙り込む。
一方で、リンドブルムの中から声が上がった。
「し、シェオール……ま、まさかそんな」
声に振り向くと、そこにはよぼよぼのアーダーがいた。
アーダーは顔面蒼白となり、声を震わせる。
「あ、あんな海の果ての島から、こんな場所まで……ど、どうかお許しを!!」
どうやら、アーダーはかつてシェオールを襲撃したのを俺たちが恨み、ここに来たと思っているようだ。
そんなつもりは全くない。
それよりも、王はシェオールについて認識していると見て間違いなさそうだ。
かつて助けたアモリスの商人ベルファルトから、俺たちの親書を受け取ったのだろう。
「俺たちは以前、貴国の者から受けた海賊行為を不問とし、貴国との不可侵をすでに提案している。両国間で恒久的な不可侵条約を結びたい。」
「そう、か……シェオール帝国のものであったか。これは失礼した、シェオール帝よ」
その言葉が響くと、突如壮麗なミスリルの鎧に身を包んだ男が現れた。
男はルダ同様、筋骨隆々の老年の男であった。
他のベーダー人とは違って鎧に金の装飾がなされていることから、王に違いない。
彼は、黄金像に乗るバリスに小さく礼をした。
やはりというか、バリスの見た目が彼を怖がらせているらしい。
皇帝なんて呼ぶのだから、相当恐れているのだろう。
バリスは少し困惑しているが、傍から見るといらだっているようにも見えた。
ベーダー王が額から汗を流すのを見て俺は続ける。
「……すでに我らの関係は戦争状態一歩手前だ。今更、儀礼は無用。それよりも、我らの提案について返事をいただきたい」
「そう、だな。貴国には海賊行為を不問としてもらった過去もある。もともと不可侵だけでは申し訳が立たぬと考え、謝罪の仕方を考えていたところだ」
真意かは不明だ。
返答しなくても問題ないと考えていたかもしれない。
「ここは、我も一国の王として誠意を見せたい。貴国との友好のためにも、ラング州を割譲させてほしい」
ベーダー王は俺に顔を向けて言った。
ラング州をシェオールの領地として献上するわけか。
俺たちの戦力には敵わないと判断したのだろう。
ラング州自体にたいした価値がないと考えたか、あるいは緩衝地帯が欲しいのかもしれない。
とはいえ、俺たちは別に領地が欲しいわけじゃない。
俺はこう提案した。
「では、レムリクをラングの王として認めてくれるか? そしてベーダーとラングの間でも、恒久的な不可侵条約を結んでほしい」
ベーダー王は、それを聞いて即座に頷く。
レムリクに顔を向けると、こう宣言した。
「ならば、私は今ここでラング州にかかわる全ての爵位を、レムリクに授ける。そしてレムリクをラング王として認め、国交と不可侵条約を結ぼう。また国内の亜人をはじめとする、ベーダー人以外の種族は、ラングに送る」
「父上、それだけでは足りません。どうか、ベーダーの全土で奴隷を禁ずる法を発布していただきたい」
「……約束しよう。一年のうちに実施する。それでいかがかな、シェオール帝」
ベーダー王がバリスを見上げて言った。
バリスは少し困惑しながらも、やがてこくりと頷く。
ベーダー王には不満そうに見えたのか、バリスに深く頭を下げていた。
こうして、ラングの独立が決まった。
レムリクはラングの王となり、ラング王国はシェオール、ベーダー、シルフィウムとの間で国交と不可侵条約を結んだ。
ともかく、ラング州での激戦は俺たちの勝利で幕を閉じた。