二百五十二話 晴れました!
「雨が……」
「雷が……」
アシュトンもハイネスも隙間を覗いて、信じられないといった顔を見せる。
俺たちの目には、先程まで降っていた雨も雷も見えなかった。
空には虹がかかり、太陽が平野に溜まった水をきらきらと照らしている。
誰もが唖然とする中、リエナだけは顔をほころばせていた。
「これは──魔力が切れたのかもしれません! これなら反撃も」
「いやいや、絶対魔力とかじゃないって! 今度は、雨が降るって願って!」
フーレの言葉にリエナは首を傾げる。
「わ、私が願うんですか?」
「そう! さっきみたいに、雨さえ降らなければって!」
「わ、分かりました──あっ」
リエナは外の景色を見て驚くような顔を見せた。
外で先程の雨と雷がまた降り始めたのだ。
「今度は晴れるように願って! 晴れたらまた雨を、雨が降ったら晴れるように!」
「は、はい! ──えっ」
リエナは外の天気が自分の願った通りになっているのか、目を丸くした。
外の景色は、晴れたり雨が降ったり瞬時に変わる。
リエナは口をあけながら、俺に顔を向けた。
「ひ、ヒール様……なんか、私の願い通りに天気が」
「そう、みたいだな」
「なぜ、そんなことが……」
「分からないが、前からこんなことはあった。あの時も……デビルホッパーがシェオールに襲来した時降った雨も、シルフィウムで火事を消したバリスの水魔法も、リエナがやったんだろう」
それだけじゃない。
アランシアの暗い空が明るくなったときも、リエナは太陽が出ればと口にしていた。
リエナは今までも天気を変えていたのだ。
フーレはリエナを見て声を震わせる。
「ある意味、ヒール様の【洞窟王】よりすごいんじゃ……」
「な、何かの間違いかもしれません!」
リエナはそう言うが、天気はリエナが願った通りに変わる。
この数秒で目まぐるしく変わる天気はどう考えても人為的なものだ。
「進化の際に持っていた【百姓】の紋章が変わったか、それとも新たな力を得たか……」
「そ、そうかもしれません。でも、実は昔から晴れるよう願ったら翌日には晴れていたり、村の近くだけ晴れになったり……い、いや、今はそんなことよりも」
リエナの言う通り、ともかくこれは絶好の機会だ。
「ああ。雨が降らなければ、やつは力を発揮できない」
俺はインベントリの岩を回収して言う。
「反撃しよう」
「はっ。しかし……今更ですが、あの中にはレムリク殿がいるかもしれません。それでも撃ちますか?」
アシュトンはそう訊ねてきた。
「敵の策がこれで終わりか分からない以上、レムリクがあの中にいたとしても躊躇はできない。だが、無力化や捕縛ができるならそれに越したことはないな……まずは翼を狙ってみる」
俺の言葉に皆頷いてくれた。
「では、私とフーレはヒール様に魔力をお送りいたします」
「ああ、頼む」
早速、滞空するドラゴンへと手を向ける。
遠くてもやはり大きいから狙うのには苦労しない。
また、ドラゴンは雨と雷を降らせられないことに混乱しているのか、その場から動かなかった。
「──行くぞ!!」
全ての魔力を用い、俺はヘルエクスプロージョンを放った。
リエナとフーレの魔力も加わり、魔法の威力を殺す雨も降っていない。
これなら、ドラゴンにも効くはずだ。
赤い光がドラゴンへと向かっていく。
やがて翼と接触すると──真っ赤な光が膨張するように広がった。
光が収まると、大地を揺らすほどの爆発が起きた。
ドラゴンの何倍もの大きさの爆炎が周囲に広がり、衝撃波と爆音が俺たちを襲った。
「っ!!」
俺たちは十秒も続くその衝撃を魔法壁で耐えた。
やがて爆炎が収まり、ドラゴンの姿が見えてくる。
「──やった!!」
ドラゴンは全身黒焦げとなり落下していた。
胴体と四肢などは形を保ってはいるが、翼は離れてしまっていた。
そんな中、そのドラゴンへまっすぐと空から向かってくる巨大な像が。マッパ像だ。
ハイネスが歓喜の声を上げる。
「マッパのやつ! 生きていたか!」
「動きを止めてくれるつもりだろう。我らもすぐに向かいましょう!」
アシュトンは俺を背中に乗せると、ドラゴンのほうへ向かってくれた。ハイネスもリエナとフーレを乗せて続く。
だが、向かっている途中、ドラゴンに異変が起こる。
ドラゴンの体は一つの光になり、さらに小さな光へと分散していった。
四方へ散ったその小さな光は、無数のリンドブルムへと形を変えていった。
アシュトンが呟く。
「やはり、あのドラゴンはリンドブルムが集まって形をなしていたか」
「みたいだね──あ! 見て、あれ王子だよ!!」
フーレが指さす先には、剣を杖に立ち上がるレムリクがいた。
「レムリク!!」
アシュトンとハイネスはレムリクへと全速力で向かう。
横たわっていた他のリンドブルムたちが起き上がったからだ。
レムリクはこちらの声に気が付くと、返事を響かせた。
「ヒール!」
俺はアシュトンから降りて、レムリクへと駆け寄る。
ミスリル製の鎧とその美しい髪は煤だらけとなっていた。しかししっかりと立っていることから、体は無事のようだ。
「レムリク、大丈夫か?」
「なんとかね。しかし、まさか始祖を倒すとは……」
「始祖?」
「細かいことはあとだ。ともかく、君たちは勝った」
レムリクはそう言うと、リンドブルムたちへ声をかける。
「……父上、兄上。もはや、彼らに勝てる力はベーダーにない。そうですね?」
レムリクが問うと、リンドブルムの中からルダの声が響く。
「まだだ……俺らはまだ戦える。ベーダーに負けは許されぬ」
ルダは全身黒焦げとなり、立つのもやっとという感じだった。翼もなくなっている。
他のリンドブルムの大半はもう戦意を喪失しているが、一部ルダと同様に徹底抗戦する構えを見せていた。
レムリクは他の者たちにも向けて言う。
「勝敗は決した。ベーダーは、彼等には勝てない」
「勝てる……! お前らのような詰めの甘いやつらなど──っ!?」
ルダはレムリクに殴りかかろうとするが、マッパ像の巨大な手に掴まれてしまった。
ルダはばたばたとその手の中で暴れる。
「くそ!!」
「好戦的とは聞いておりましたが、ここまでとは。条約もあなたがたの性格を踏まえる必要がありそうですな」
その声のほうへ目を向けると、マッパ像の肩に乗ったバリスがいた。
「バリス。来てくれたか」
「陛下、申し訳ございません。敵の力を見誤りました」
「何を言うんだ。バリスの策は見事だった」
「お褒めの言葉、光栄です。ただ、まだ秘策のほうは……おお、来られましたな」
バリスは南へと顔を向けた。
地平線から集団がやってくるのが分かる。
現れたのは、緑色の大軍だった。
シルフィウムの者たちだ。バリスが秘策として、彼らを俺らが以前休憩所にも用いた崖に忍ばせていたのだ。千名ほどの軍勢だ。
ベーダー人たちは、愕然とする。
「南の森の民だ……亜人だけじゃなくて、彼らまで」
「関所が破られたのか……」
シルフィウムの軍勢を見て、もう抵抗しようとする者はほとんどいなくなった。
さらに、魔道鎧がベーダー人たちの周囲を囲んだ。
レムリクの言うようにもう勝敗は決した。誰の目にも分かる。
だが、ルダは口だけでも抵抗する。
「やはり組んでいたか! だが、我らは──」
「ルダ、控えよ」
ルダの言葉を遮るように、リンドブルムたちの中からよく通る声が響いた。