二百五十一話 再起でした!!
「マッパーー!!」
ドラゴンに尾を叩きつけられ、マッパ像は吹き飛ばされてしまった。
マッパ像がどこへ飛ばされたかも分からないまま、周囲は先ほどよりも激しい雷雨で包まれる。
ドラゴンの真下であっても、横から雨と雷が遠慮なく降り注いできた。
「ヒール殿、背に!」
「ああ!」
アシュトンは俺を背に乗せると、再び走り始めた。
俺もヘルエクスプロージョンを撃ち続けるが、ドラゴンが態勢を崩すことはもうなかった。
ハイネスに乗ったフーレは、魔法壁を展開しながら顔を青ざめさせる。
「体も頑丈になっているんだろうけど……雷も雨もさっきより強くなってる」
「もはや策は尽きた……ヒール殿。一度、レオールへ退きましょう」
アシュトンの言葉に俺は頷く。
「ああ。今ならベーダーの軍勢も少ないはず。一度退いて、シェオールの避難が終わるまでの時間稼ぎを改めて考えよう」
皆、俺の言葉に頷いてくれた。
「しかし、これでレオールまでいけるか!? これじゃあ一面海になっちまう!!」
ハイネスは足元を見て言った。
すでに水が、くるぶしの高さまで溜まってきている。
アシュトンもハイネスも先ほどと同じようには走れない。
そこに容赦なくドラゴンの雷が襲い掛かってきた。
ドラゴンの雷撃は溜まった水をも通じて、俺たちに襲い掛かる。
魔法壁とミスリル製の防具で感電は防げているが、走るほうはどうにもならない。
さらに、少数ではあるがリンドブルムが俺たちのほうへやってきた。
「くっ! やはりまだ残っていたか!!」
アシュトンはそう言うと、方角を変えて逃げていく。
雷撃の精度は落ちてはいるが、水位はどこも上がっている。
もはや周囲は湖になっていると言っていい。
このまま走ってレオールまで逃げるのは難しそうだ。
「アシュトン。先ほど見えたが、まっすぐ行くと丘があるはずだ。そこに向かってくれ。そこで一度態勢を整えよう」
「面目ございませんが、そういたしましょう」
アシュトンは悔しそうに言うと、丘の見えたほうへ走った。
やがて、水の溜まっていない斜面が見えてくる。丘に到達したようだ。
その斜面を少し登ったところで、俺はアシュトンから降りる。
ピッケルで手早く穴を掘り始めた。
それなりの穴ができたところで、インベントリの岩で入り口に隙間付きの壁を作る。
雷撃は、相変わらず近くに落ちるが、真上というわけではない。
ドラゴンとリンドブルムたちは俺たちを見失ったようだ。
穴の中でフーレが一息吐く。
「ふう……まさか、ここまでの強敵とは」
「おそらくは、ベーダーの最終兵器だったのだろう。ルダをも取り込むとは」
アシュトンの言葉にハイネスが頷く。
「俺たちとベーダーは、全力で戦争してるのかもな」
「そうとも言えるな。事実、我らも力や策を出し切った」
アシュトンの言う通り、俺たちは全力で今回臨んだ。
俺たちの魔法や力が効かないだけならまだしも、バリスの策も破れてしまった。
俺の考えが足りなかった……
「皆、すまない。俺のせいだ」
そう口にすると、リエナたちは首を横に振る。
「ヒール様のせいではありません。それに、私たちはまだ負けていません」
「そうだよ。生き残れば私たちは勝ちなんだから。レオールやシルフィウムの人たちもシェオールに来てもらえばいいんだよ」
フーレの言葉に、アシュトンも深く頷く。
「命があれば再起できる。我らシェオールは皆、そうして立ち上がってきました」
「そうだそうだ。それに俺たちには魚の尽きない海と、無限の岩がある地下がある。俺らが得意なのは、戦じゃねえ。開拓だ」
ハイネスも誇らしそうに呟いた。
逆境を物ともしない彼らに俺は励まされる。
同時に、俺も最初ひとりでシェオールに来た時のことを思い出した。
「……昔は、俺も明日まで生きられるかすら分からなかった。それと比べれば、今ははるかに恵まれている」
食料や水を心配しなくていい。
何より、こうしてたくさんの仲間に恵まれた。
皆もそうだと言わんばかりに首を縦に振った。
俺は再び皆に頭を下げる。
「……皆、弱気になってすまない。今は、俺たちでできることをやろう」
そう言うと、皆もおうと答えてくれた。
アシュトンは早速、俺に提案する。
「ではまず、我らは二手に分かれ、レオールとシルフィウムに向かうべきかと存じます。レオールのほうは避難が始まっていると思いますが、念のためにも行った方がいいかと」
シルフィウムへも比較的すぐに到達できる。俺たちが通った峡谷には休憩所があって、そこに転移石が置かれているからだ。
雨も、向こうまでは降っていないだろう。
フーレは穴の入り口の隙間から外を見て言う。
「でもこの雨じゃ外には……ああ。地面掘っていけばいいんだ」
「俺がレオール。フーレはシルフィウム方向へ掘っていく……時間はかかりそうだが、それでいくしかないな」
幸い、ドラゴンは俺たちを殺すことに躍起になっているようで、その場で滞空している。
リエナは隙間から外を見て呟いた。
「この雨さえなければいいのですが……」
「うん。しかし、すごい魔法もあったもんだよね……こんな雨と雷を降らせるなんて」
フーレの言う通り、本当に規格外の魔法だ。
俺のいたバーレオン大陸では聞いたこともない魔法。
大陸が違えば、編み出された魔法も違うのだろう。
世界の広さを感じる。
だがそんな時、リエナがえっと小さく声を漏らした。
「……雨が」
フーレも隙間に顔をくっつけ声を上げる。
「雨が……止んだ!?」
俺も入り口の岩をいくらかインベントリへと戻し、外の景色を眺める。
目の前には、雨も雷も降らない、虹のかかる平野が映っていた。