二百五十話 形勢逆転でした!?
ドラゴンがこちらに顔を向けると、俺たちの近くに雷が落ちてきた。
「くっ!」
アシュトンは再び俺を背負ったまま走り出した。
ハイネスもリエナとフーレを乗せたまま並走する。
同時に、無数の雷が雨のように降り注いできた。
「ヒール殿、回避はお任せを!」
「頼む!!」
一発で倒せないなら、何発も打ち込むだけだ。
落雷が落ちる中、俺は何度もヘルエクスプロージョンを放つ。
しかし、撃てば撃つほどドラゴンが体勢を崩さなくなった。
最初は俺たちも用いる魔法壁を使っているのかと考えた。
だが、どうやら違う。
周囲の雨が晴れてドラゴンの姿が見えた時、爆発と同時に大きな水しぶきが飛び散っていることが分かった。
リエナは俺に魔力を送りながら言う。
「もしや雨の水を集めて衝撃を防いでいる……?」
「そもそもこの滝みたいな雨で威力が落ちているのかもしれないね」
フーレが魔法壁を展開しながら言うと、ハイネスが頷いた。
「その可能性は高そうだな……兄貴、そうなるとしたら」
アシュトンはドラゴンの真下のほうを見て口を開く。
「敵の直下に潜り込み、腹に攻撃を叩き込む。雨の降りもいくらかマシだろうから、視界も多少はよくなるはず。もちろん、敵も我らを見つけやすくはなるが」
リエナが俺に訊ねる。
「……どうされますか、ヒール様?」
「正直、気は進まないな。ルダたちが待ち構えている可能性もある」
ハイネスが思い出すように言う。
「ルダのやつ、前のレムリク王子の脱走のときも、俺たちの居場所を探り当ててきましたからね」
「ああ。今も俺たちの魔力を探られている可能性がある」
「ってなると、このままいくのは危険か……」
「たしかに危険だな。だが、このままじゃドラゴンたちはいずれ俺たちを無視してレオールに向かうかもしれない。それはなんとしても避けたい」
避難が終わっていない場合、レオールの中の亜人たちに甚大な被害が及ぶ。
倒せないとしても、もっと時間を稼がなければならない。
「……俺たちでやろう。だが、ずっと真下にいるんじゃなくて、一発撃ったら雨の中に戻って行方を眩ませる。それからまた違う場所から真下に侵入して、再び攻撃する」
「一撃離脱を繰り返すというわけですね。では、その作戦で行きましょう」
アシュトンはそう言うと、ドラゴンの真下のほうへ向かって走り出した。
方角はあっている。すぐにでも、ドラゴンの真下へ到着しそうだ。
「アシュトン、もう少しで直下だ」
「はっ!」
俺の声に、アシュトンは加速して走った。
やがて、滝のような雨の向こうに雨の降らない平野が見えてくる。
俺は上空へ手を向け、魔法を放つ準備をする。
「抜けます!」
アシュトンが言うと、俺たちはドラゴンの真下へと出た。
同時に、俺はドラゴンへ魔法を放つ。
それを見たアシュトンはすぐに雨の中へと走った。
「……どうだ?」
落雷の中、俺はドラゴンのほうを見守る。
数秒もしない内に、再び大きな爆発音が響き、突風と共に雨が遠くへ吹き飛ばされた。
空には、最初と同様大きく姿勢を崩しているドラゴンが。
そして何枚か、剥がれた鱗が地上へと落ちてきていた。
ドラゴンの腹部には、鱗を失い黒焦げた場所が露出している。
「やった! 効いている!!」
フーレが歓声を上げた。
やはり雨でだいぶ威力が削がれていたようだ。
近くで撃っているというのも影響しているかもしれない。
アシュトンが走りながら言う。
「ヒール殿、このまま一撃離脱を繰り返します!!」
「ああ!」
このまま攻撃を繰り返せば勝てる──うん?
明らかに多数の魔力がこちらに向かってきている。どれもリンドブルムの形だ。
「──ベーダー人に気付かれたか」
「となれば、ルダ王子が……」
「いや、一人じゃない……これは、俺たちを囲むつもりか」
感じ取れるだけでも百以上のリンドブルムがこちらへと向かってきている。
しかもドラゴンの真下へ追いやるように、陣形を作りながら。
アシュトンは走り続けるが、この陣形はどこまでも続いているようだった。
おそらくは、ドラゴンを中心に包囲陣を組んでいるのだろう。
「まさか、視界の良い真下へとあえて我らを追い込むつもりか」
「ルダたちは、そこで俺たちを倒そうとしているのかもしれないな」
「敵にも策がありましたか。どうしましょう? 一度包囲から脱出いたしますか?」
「いや、転移石が使えない以上、多勢に突っ込むのは避けたい。ドラゴンを倒せれば転移石も使えるようになる」
「承知いたしました。それでは、もういちどドラゴンの真下へ向かいます!」
アシュトンは再び、ドラゴンの真下へと突入する。
俺も鱗が剥がれたドラゴンの腹部を狙い、ヘルエクスプロージョンを放った。
先程と同じく、爆音が鳴り響き猛風が吹き荒れる。
またもや多くの鱗が地上に落ちる中、ドラゴンが初めて苦しそうな鳴き声を発した。
しかし、時間はない。
雨が晴れた場所には、やはりというかベーダー人の軍勢が俺たちを囲むように迫っている。
「アシュトン。もはや姿を隠しても意味はない。このまま攻撃を続ける。真下を駆けまわってくれ!」
「はっ!!」
アシュトンは雨の中に引き返さず、そのまま全力疾走する。
一方の俺はドラゴンへと絶え間なく魔法を撃つ。
ドラゴンは次第に体勢を立て直し、雷雨を適当に降らせるだけで手いっぱいになってきた。
「勝てる!!」
フーレとハイネスがちょうど同じ言葉を発した。
ドラゴンの傷口もだいぶ大きくなってきている。
俺も勝利を確信した。
しかしその時だった。
「──この音は」
風を切る音が次第に近づいてきている。
「アシュトン、止まれ!」
俺はそう言って、即座に魔法壁を展開した。
次の瞬間、俺たち目掛け巨大な何か──ルダが突っ込んできた。
「っ!!」
俺たちが立つ周囲の地面はその衝撃で抉れてしまった。
ルダは俺たちと衝突したあと、そのまま離れた場所で受け身を取る。
「やはり倒せぬか……ぬ? レムリクはどこだ?」
ルダはこちらを見ると、不思議な顔をした。
レムリクも俺たちと一緒だと思ったのだろう。
ルダは何やら周囲のリンドブルムに目配せして、どこかへと行かせる。
やつらもレムリクの居場所を知らない?
いずれにせよ、ルダやベーダー人たちの気を散らせるかもしれない。
「さあな。それよりもルダ。俺たちは」
「もう戦いは始まっているのだ! お前たちと交渉するつもりはない!!」
ルダはそう言うと、俺たちに以前見せた強力な雷撃を降らせてくる。
アシュトンとハイネスは走って、その雷撃から逃げてくれた。
しかし以前とは違い、ルダの雷撃は一度で終わらず、何度も俺たちに降り注ぐ。
加えて、ドラゴンの雷もこちらへと落ちてきた。
フーレは魔法壁で雷撃を防ぎながら言う。
「……魔力切れしない!?」
「ドラゴンの雷や他の者たちから魔力の供給を受けているのかもしれません」
リエナの言う通り、ルダ自身も以前より厄介になっているようだ。
俺も攻撃に集中できず、魔法壁を展開しながら戦わなければ防御が間に合わなくなってきた。
加えて、ベーダーのリンドブルムたちによる包囲陣がどんどんと狭まってきている。
このままでは四方と空から包囲される──その時だった。
「うん? あれは!!」
フーレは空を見上げて声を上げた。
そこには、高速で飛行する黄金の像……マッパを模した像がいた。
「マッパ!!!!」
俺たちの誰もが、その名を口にした。
マッパ像は拳を振りかぶり、勢いよくドラゴンの頭を殴りつける。
ドラゴンは仰け反り、悲鳴を上げた。
「決まった!!」
フーレは諸手を上げて喜んだ。俺もおおと思わず声を上げた。
マッパ像はさらに目にも留まらぬ速さで、ドラゴンに追加の拳を食らわせていく。
「強い」
俺の口から思わずそんな言葉が漏れた。
マッパが操っているのか? それは分からないが、あれは……
マッパ像の方には、悪魔のような見た目の男──バリスがいた。
バリスが魔力を供給し、マッパ像に力を与えているようだ。
バリス……こんな策も用意していたのか。
ドラゴンは腕を使いマッパの殴打を防ぐので手いっぱいになる。
すでに雷雨は止み、ルダも雷撃を放てなくなっていた。
さすがのルダも驚愕したようだ。
「くっ!! なんなんだ、あの全裸の化け物は!?」
「俺たちのシンボルみたいなものだ! ──アシュトン、ハイネス!」
アシュトンとハイネスは俺たちを下ろし、ルダへと駆け寄る。
「ハイネス、行くぞ!」
「おうよ、兄貴!!」
アシュトンとハイネスは曲刀を抜き、ルダへと襲い掛かった。
ルダはその爪で応戦するが、魔法を使えないために防戦一方となる。
「くそ!! この俺が亜人と人間ごときに!!」
「お前みたいな傲慢な奴らに俺たちシェオールが負けるわけねえ!! おら!!」
ハイネスは曲刀でルダの顎へ峰打ちを食らわせ、体勢を崩した。
「ぐっ!!」
「今だ、兄貴!!」
「おう!!」
アシュトンはルダへ縄を投げると、そのまま慣れた手つきでルダを拘束した。
「我らの勝ちだ、ルダ王子」
「くっ!!」
ルダは拘束から逃れようとするが、縄はミスリルが使われている。
切ることも解くこともできなかった。
そんな中、空から多くの魔道鎧がやってくる。
彼らは地上にいる包囲陣のリンドブルムへ魔法を放った。
「うわあ!! 逃げろ!!」
「ルダ様も捕まって、始祖もやられてる! おしまいだ!!」
ベーダー人たちはドラゴンが苦戦しているのを見てか、陣形を崩し逃走し始めた。
俺はルダと交渉を試みる。
「ルダ。もう勝敗は決した。俺たちはベーダーと戦争するつもりはない。ベーダー王にドラゴンを退かせてくれ。交渉しよう」
「ふっ……心底お前たちは理解できぬ。俺がお前なら、確実に俺を殺しているだろう。まだ戦は終わってないのだぞ?」
ハイネスがいらつくように言う。
「まだ強がるのかよ? 本当に諦めの悪い──なっ!?」
突如ルダの体が光り始めた。
「ふふっ。諦めの悪いという言葉は、我らベーダー人にとっては褒め言葉だ。次は確実に俺たちを殺せよ」
ルダは完全に光となると、ドラゴンのほうへ吸い込まれていく。
ルダだけでなく、逃げるリンドブルムたちも光となってドラゴンへ吸われていった。
アシュトンは驚愕するように言う。
「やはりあのドラゴンはリンドブルムたちの集合体だったか! ヒール殿!!」
「ああ!!」
俺はルダを追うように、ドラゴンへとヘルエクスプロージョンを放った。
狙いは鱗の剥がれた傷口。
すぐにドラゴンを爆発が包み、周囲に猛烈な風を吹かせた。
だが、遅かったようだ。
先程の痛々しいドラゴンの傷は、嘘のように綺麗に塞がっていた。
鱗も徐々に新しいものが生えてきている。
ドラゴンは再び咆哮を響かせると、またもや強烈な雷雨を降らせた。
もちろんマッパ像も黙ってはいない。
すぐに殴り掛かるが──
「──マッパ!!」
ドラゴンが振るう尾により、マッパ像は遠くへと吹き飛ばされてしまった。