二百四十九話 召喚魔法でした!?
明日3月23日、出店宇生先生が描く本作のコミック版6巻が発売です!
レムリクを中心とする魔法陣に、突如まばゆい光が降り注いだ。
「レムリク!! ──っ!!」
近づこうとした瞬間、大地が大きく揺れ、猛風が吹き荒れた。
それから瞬く間に光が収まると、周囲は一面日陰となっていた。
「これは──」
俺たちは思わず空を見上げた。
そこにあったのは視界に収まりきらないほどの存在で、全容を理解するのに数秒かかった。
「──ドラゴン」
だが、ただのドラゴンではない。
体の形こそリンドブルムに似ている。しかし、通常のリンドブルムが百体集まっても、及ばないほどの大きさだった。
神々しい見た目にも目を奪われる。ずっしりとした体躯は黄金の鱗に包まれ、背中からは胴体よりも長い一翼が伸びていた。
まるで島が浮かんでいるような錯覚を覚える。かつて戦ったリヴァイアサンとどちらが大きいだろうか。
しかし、感動している暇はない。
巨大なドラゴンはこちらに琥珀色の瞳をぎょろりと向けた。
「ひとまず撤退だ! レムリクは──」
俺はレムリクのいた場所に目を向けるが、そこにレムリクの姿はなかった。
しかも、周囲に倒れていたリンドブルムたちの姿もなくなっている。
「レムリク、どこだ!?」
「ヒール様!! 転移を!!」
リエナの声に俺はすぐに、後方へと転移する。
その瞬間、視界の先に稲妻が落ちた。転移する前に俺たちがいた場所だ。
一秒遅れていたらどうなっていたか……
「リエナ、すまない」
「お気になさらず! しかし、レムリク様は」
そう言ってリエナは周囲を見渡す。
「レムリク、どこだ!?」
「王子!! ふざけている時じゃないでしょ!!」
俺とフーレも探すがどこにもレムリクの姿はない。
この場で待機していたアシュトンとハイネスは状況を察したのか、他の地点へと転移して探しにいってくれたようだ。
未知の危険があれば、すぐに退避する手はずになっていた。
もっと後方、レオール山のほうまで退避したのだろうか。
しかし、瞬時に戻ってきたアシュトンとハイネスの表情は曇っていた。
「レオールまで見ましたが、どこにもレムリクの殿の姿は……」
アシュトンを補足するように、ハイネスも報告する。
「痕跡もなければ、匂いも……」
つまりは、レムリクはどこにも転移しなかった。
どこに行ってしまったのだろうか。
困惑していると、突如地を揺らすような轟音が響いた。
音の方向へ目を向けると、そこには天に向かって吼えるドラゴンが。
やがてその咆哮に答えるように、ゴロゴロという音が空一面からこだまする。
「空が……」
気が付けば、空は地平線の彼方まで真っ暗な雲で覆われていた。
ポツポツと雨粒が落ちたと思えば、すぐに滝のような豪雨が降り注ぐ。展望は悪くなり、ドラゴンの姿はおろか数歩先すら見えなくなってしまった。
くるぶしまで地面が水で覆われる中、無数の雷鳴が響きわたる。
雷のいくつかは、俺たちの近くへと落ちてきた。地を揺らすほどの衝撃で、周囲の地面は抉れてしまっている。
向こうはまだこちらの姿を捉えられていないようだ。
一応、こちらは魔力の反応でドラゴンの位置は分かる。
しかし、レムリクの魔力は全く見当たらないまま。
体も魔力も見当たらない……そして周囲にいたはずのリンドブルムも。遺体や、その一部でさえも残っていなかった。
「もしかして……」
ある不安がよぎる。
かつて、弟のオレンと戦ったときの記憶だ。
オレンは仲間の血肉と引き換えに死霊であったロペスを召喚した。
「あのドラゴンは……いや、レムリクはあのドラゴンを召喚するために」
俺が呟くと、リエナたちも思い出したのか顔を青ざめさせる。
しかし、フーレがすぐに言う。
「で、でも! あの時は光じゃなかったし、黒かったじゃん」
「そうでしたね……あの時、オレンさんの部下は取り込まれるまで時間がありました。ですが、今の術は一瞬」
リエナもそう答えた。
確かにオレンの時とは違う。同じ魔法と考えるのは早計かもしれない。
でも、あのドラゴンがレムリクたちの消失と引き換えに現れた可能性は限りなく高い──
いや、ドラゴンに取り込まれた可能性もある。
俺がさらに不安になる中、アシュトンが言う。
「いずれにせよ、現状、あのドラゴンは我らの敵で間違いない……」
「この雷をばんばん降らされたり、中に雨を流されたら、レオールもあぶねえ! ましてや、森ばかりのシルフィウムに来られたら……止めねえと!」
ハイネスの言葉通り、このままではまずい。
あのドラゴンは、俺が対峙してきたどんな相手よりも魔力を有している。バリスやリエナをもしのぐかもしれない。この雷と雨が、その魔力の証明だろう。
最早、相手との交渉の余地はない。
一刻も早く、やつを倒さなければ。
俺はなんとか首を縦に振る。
「レムリクのことはあとだ……まずは一旦レオールに退いて作戦を考えよう。レオールの住民もシェオールに避難させるんだ」
そう言って俺は転移を念じた──しかし。
「……あれ?」
フーレが首を傾げた。
同様に、皆も不思議そうに転移石を見つめる。
「転移……できない」
掲げようと念じようと、転移石はまったく使えなくなってしまっていた。
そんな俺たちを、空から眩い光が照らす。
「──っ雷が!」
とっさに魔法壁を展開すると、周囲に閃光が落ち地面が抉れる。
びりびりという音が響く中、俺はドラゴンの魔力の反応がこちらに向かってくるのに気付いた。
「っ! ばれたか」
それからすぐに、無数の雷がこちらに降り注ぐ。
「ヒール殿!! 御免!!」
アシュトンはそう言うと、俺を背負い疾走した。
ハイネスもリエナとフーレを乗せて並走する。
振り返ると、空の各所から走った稲妻が収束するように落ちていた。
大地が大きく揺れ、土砂を空高く舞い上げる。
「すまない、アシュトン」
「いえ。魔法壁で防げたでしょうが、その場にとどまるのも下策と思いまして」
アシュトンの言う通り、次々と雷を落とされ周囲の地面もどんどんと抉られていたはずだ。
そうなれば、地中に逃げることすら難しくなる。
「助かったよ。悪いがこのまま乗せてくれ」
「御意!」
雷が四方に落ちていく中、アシュトンは駆け抜ける。
ドラゴンは俺たちの場所が分からなくなったのか、落ちても少し離れた場所だ。
やがて雷撃が遠くに落ちるようになると、アシュトンが言う。
「ひとまずは撒けたようですな。いかがされますか、ヒール殿。このままレオールのほうに向かうこともできますが」
「最悪、レオールの住民も含めて皆でシェオールに逃げる手もある。俺たちが戻らない以上、バリスがすでに避難を命じているかもしれない。だが、住民の避難が間に合うか分からない……時間を稼ぐ必要はあるな」
「では、戦うと」
「ああ。一度戦って様子を見たい。アシュトンは走り続けてくれ。リエナとフーレは防御を頼む! 俺は……あのドラゴンに魔法を撃ちこむ」
皆、こくりと頷いた。
本当は魔法を撃つのを避けたかった。
しかもあのドラゴンにレムリクが取り込まれている可能性もある。
結果としてレムリクを殺してしまうかもしれないのだ。
しかし……躊躇はできない。
レムリクとの約束が優先だ。
俺たちは、レオールの住民を守らなければならない。レムリクなら、迷わないだろう。
──すまない、レムリク。
俺は赤い光を手のひらに宿す。
放つのは、エルトに教えてもらった魔法──ヘルエクスプロージョンだ。
「ヒール様、私の魔力も!」
リエナも俺に魔力を送ってくれた。フーレに魔法壁を任せて、俺の魔法の威力を高めるのだ。
「ありがとう──それじゃあ皆、衝撃に備えてくれ」
俺はドラゴンの魔力のほうへ手を向ける。体の中央を狙うように。
とはいえ、大きいから狙うもなにもない。
「──行け!」
俺はそうして、ヘルエクスプロージョンをドラゴンへと放った。
赤い光球はまっすぐとドラゴンへと飛んでいく。
やがて光が見えなくなると、フーレが声を発する。
「あれ……あっ」
視界の向こうで、光が膨張している。
やがて光は俺たちの周囲まで伸びてきた。
それからすぐに、大地が大きく揺れはじめる。
「皆、衝撃が来るぞ!! アシュトン、止まってくれ!」
アシュトンが足を止めると、俺はすぐに魔法壁を展開する。
猛風と衝撃、そして雨がこちらに打ち付けた。
吹き飛ばされないよう耐えると、やがて視界が開けてきた。
「おお!!」
フーレが声を上げた。
雨は止み、曇り空に陽が差す大きな穴ができている。
その下に照らされる黄金のドラゴンは体勢を崩し、ゆっくりと落下した。
鱗のところどころから、黒い煙のようなものも上がっている。
倒した──いや、これは。
ドラゴンはすぐに翼を大きくはためかせ、もとの体勢に戻った。
フーレががっくりとした様子で言う。
「効いて、ない?」
体勢は崩せたが、傷や出血は見えない。
ほぼ無傷と言っていいだろう。
すぐにドラゴンはその琥珀色の瞳を俺たちのほうに向けてきた。
「──来るぞ!」
アシュトンとハイネスは再びその場から駆け出す。
空に空いた穴も瞬く間に塞がり、再び豪雨と雷が俺たちに降り注ぐのだった。