二百四十六話 薄い反応でした!?
レオールへ亜人を避難させ、食料や物資の心配もない。戦になった場合の準備も進めている。
そうしてルダや総督の出方を待つのみとなった今、俺はレムリクをある場所……シェオールへ案内することにした。
レムリクは信頼に足る人物。
俺たちの正体を明かすだけでなく、世界中を脅かす黒い瘴気や予言のことを伝え協力できないか訊ねたかった。
レムリクと共にレオール鉱床の地下の門をくぐり、シェオールの地下へ転移する。それから鉄道を使い、シェオールの地上へ向かう。
レムリクは深く息を吸って言った。
「魚の匂いだけじゃない。これは潮の香り……海が近いんだな。君のいう通り、ラング州とは遠く離れた場所に出たようだね。しかし、あの門にそんな力があったとは。さすが偉大なる銀、といったところか」
「その偉大なる銀のことを、俺たちはミスリルと呼んでいる。あの門以外にも様々なミスリル製のものがある」
「決して珍しいものではないということだね」
「このシェオールではそうかもな。それとおそらくだが、お前たちベーダー人の武具も、このシェオールの地下にあった武具だと俺は考えている」
「なるほど。それならベーダー人がどんなに領土を広めても見つからないのも納得がいくね」
「俺たちもミスリルの鉱床は見つけていない。他の希少な金属もそうだが、あらかた古代の文明が収集しきってしまったのかもな」
「古代の文明か。この鉄道と鉄馬車というやつもその古代文明のものか」
「一応、そうなるかな。ともかく、この鉄道と門のおかげでレオールに食料と物資を運べている」
俺はすれ違う鉄道の鉄馬車を見て言った。荷台には魚の入った樽が満載されていた。レオールへの食料だ。
レムリクは落ちついた様子で言う。
「本当に感謝するよ。しかしすごいな。坂道を馬もなしに駆け上がる馬車があるとは」
そう口にするレムリクだが、そこまで驚いてもいないようだ。
その落ち着きは、シェオールの地上に出ても損なわれなかった。
鉄馬車を降り、レムリクは周囲を見渡す。
それから深呼吸して口を開いた。
「どこまでも広がる海……世界のどこを探してもこんな綺麗な場所はないだろうね。あれは、世界樹というやつか?」
「世界樹を知っているのか?」
「文献で読んだだけだよ。シルフィウムの森にも切り株とされるものがあるそうだ。ちなみに僕が捕まる前君たちを案内したかった湖は、枯れた世界樹の根が残っている場所だったんだ」
レムリクは世界樹を見上げながら続ける。
「まさか生えているものがあるとは思いもしなかったけどね」
冷静な顔をしているが、一応驚いてはいるようだ。
アランシアのアリッサやシルフィウムのベルーナたちと比べると、随分と反応が薄く思える。
だが、レムリクも最初は俺たちのやることなすことに口を唖然とさせていた。
今落ち着いているのは単に慣れだろうか。
いや違うな……景色や設備よりも、俺が何を話すかのほうが彼にとっては大事なんだ。
ならば本題に入ろう。
俺はレムリクにまず、正体を明かす。
「レムリク、今まで隠していてすまない。俺はこの島の一応の主、ヒールだ。正体を隠していたのは、前も言ったが純粋にベーダーがどんな国かを探りたかったからだ」
「君たちほどの力を持てば、おいそれと正体を明かせないのは理解できる。謝罪は不要だ。それよりもどうして今正体を明かしたのか、その理由の方が気になる。僕たちに手を貸すにしても、正体を明かす必要はないはずだからね」
「まさにその通りだな。正体を明かしたのは、お前に頼みたいことがあったからだ」
「頼み。 ……これだけの島の主の頼みとなれば、相当なお願いだろうね」
額に汗を浮かべるレムリク。ごくりと喉を鳴らした。
もしかして……落ち着いているんじゃなくて、緊張しているだけだったか……
「す、すまん! そう身構えないでくれ。拒否してくれてもいいし、そもそも何か強制するような話じゃ」
「ますます、どんな願いか怖くなってきたよ……」
少し身を引いてこちらを見るレムリク。
安心させるつもりが、かえって怖がらせてしまったらしい。
ともかく俺はレムリクに世界樹の下で、予言のことや黒い瘴気について話した。
アランシアのことや、なぜシルフィウムを守りたいのかも告げた。
その上で、ベーダーにも来るであろう脅威に一緒に立ち向かってほしいと。
「どうだろうか、レムリク?」
「僕に断る理由がどこにある? 前も言ったが、僕はベーダーを守りたい。同じような予言についても話しただろう。僕たちの悩みは同じだ」
レムリクは頷いて言った。
「どこで何が起こるか分からないが、君たちの門や技術を使えば、危険な場所から人々を避難させることができる。同盟間で情報を共有し、何かあれば物資や食料を支援し合う。僕がラング州を含む南部の副王として地位を確立したら、積極的に君の計画に関わりたい。亜人たちも協力してくれるだろう」
「そうか……ありがとう、レムリク」
俺が深く頭を下げると、レムリクは首を横に振った。
「礼を言うのはこちらのほうだよ、ヒール。だが、まだラング州の危機が去ったわけじゃない」
「ああ。ルダと総督、そしてお前の父親のこともある」
レムリクは深く頷くと、手を差し伸べた。
「世話をかけるが手を貸してほしい」
「ああ。俺たちシェオールは仲間を見捨てない」
俺はそう言ってレムリクと握手を交わした。
レムリクは手を離して言う。
「しかし、本当にこの場所には驚いたな。こんな風光明媚な場所に壮麗な都市があるとは……あの湯気が立っているのは温泉ってやつかい?」
「知っているのか?」
「ああ。戦いが終わったら是非入らせてほしいところだ」
「もちろんだ。こっちも色々会ってほしい奴らがいるし。というか、なんだあいつら……」
少し離れた物陰から、人ほどの大きさのドラゴン……ロイドンから譲ってもらった卵から孵化したワイバーンがずっとこちらを見ている。
いや、俺じゃなくてレムリクを見ているのか。
皆、何というか頬が赤い。雌のワイバーンだ。
「うん、どうした? あれは……」
レムリクがそう言ってワイバーンを見ると、ワイバーンたちは高い鳴き声を発し逃げていった。
「うちの島のワイバーンだ。いわゆるドラゴンの仲間だから、龍人のレムリクのことが気になっているのかもしれない」
「それは嬉しいな。しかし、本当に君たちの島には色々な種族がいるものだ」
「言わなかったが、遠くのエルト大陸にはドラゴンがたくさんいてな。俺の友人もそこにいる」
「ドラゴンの大陸か。話には聞いたことがあったが、面白そうな場所だね」
「ああ。荒涼としているようだが竜化石なんていう、ドラゴンになれない者がドラゴンになれる石なんかもあるそうだ。そういや、ロイドンから買った石があったかな……よかったら使うか?」
レムリクは目を輝かせて答える。
「ほ、本当かい!? 僕の龍化は完璧でないから、興味があるな……僕が使えるかは分からないけど」
「試しに使ってみればいいさ。他にも珍しい石があって……何というか全部説明するには時間がかかりすぎるな」
「全てが終わったら、ゆっくり聞かせてもらうよ」
「そうしよう。 ……俺もレオールをもう少し住みやすい場所に整備しておきたい。そろそろ戻ろう」
「ああ」
レムリクは少し名残惜しそうに頷いた。
シェオールのことをもっと知りたいのだろう。俺もあれこれ紹介したい。
だが、今はやることがある。
同盟者となった俺たちは、レオールへ戻る。