二百四十四話 待つことにしました!
俺たちはレオール山に帰還した。
今はレムリクと共に鉱山の入り口にいる。
そこには数百人の亜人が物資を満載した荷馬車を眺めていた。
「すごい! こんなにたくさん物資が!!」
亜人のシアはふさふさの尻尾を振りながら感嘆した。
あの物資は俺たちが総督の貯蔵庫から頂戴したもの。
まあほとんどは元々亜人たちの収穫や品々だ。
レムリクも感慨深い顔で言う。
「山の近くで簡単な農場も設けている。食料だけなら数ヶ月は籠城できるだろう」
「それだけあれば、ルダや副王も交渉の席を設けようとしてくれるかもしれないな」
俺の言葉にレムリクは深く頷く。
「そうだね。だが、食料だけでは軽く見られる」
「つまり……亜人を武装させるんだな」
「そうだ。ただ戦をやめさせるだけでは意味がない。亜人たちの暮らしを守るためにも、亜人に力を持たせるべきだ」
武器を配れば衝突が起こる可能性もある。
しかし今の一方的な亜人とベーダー人の関係を見れば、武装もやむを得ない。
レムリクがうまく抑えてくれるだろう。
「反対はしない。俺の仲間には、腕の立つ者がたくさんいる。よければ訓練を手伝わせよう」
「ありがとう。まあ亜人は元々腕っぷしが強いし俊敏だ。見た目で威圧できれば十分だ」
「そういうことなら、鉄で鎧を作ってもらう」
俺は後ろでいつもと同じように忙しく金槌を振るうマッパを見て言った。
即席の工房まで設け、弟子たちと大量に道具や魔道鎧の部品を作っている。
「何から何まで悪いね……とはいえ、これで喫緊の課題はなくなった」
「あとは相手の出方を待つだけ。総督たちは混乱していて、もう数日もすればルダの魔力も復活する。何かしら動きを見せるだろう」
「ああ。もはや、兄上たちに打てる手は少ない。この計画は成功するはず……いや、必ず成功する」
そう言い切るレムリク。
しかしどこか自分に言い聞かせるような口調……そんなふうにも聞こえた。
不安があるなら今のうちに共有しておきたい。
「レムリク。何か不確定な要素があるのか? ルダにまだ切り札があるとか」
「そんなものはもうないと思う。兄上はすでに全力を僕と君たちに見せた。もし何か隠しているにしても、その場しのぎの薬や武具ぐらいだろう。君たちには到底敵わないよ。もちろん、兄上もそれは理解している。人質を取ろうとはしてくるだろうが、そこも抜かりはない」
「じゃあ、何が心配なんだ」
「それは……とても考えにくいことだから」
「そういうことが起こる可能性もある。万が一には備えておくべきだ。聞かせてくれ」
俺が言うと、レムリクは沈黙する。
だがやがて決心したように深く頷いた。
「……あくまでも可能性の話だ。兄上以外の王族……彼らが加勢にやってくるかもしれない、という」
「レムリクは別として、ルダは他の王族と仲がいいのか?」
「仲、か。普通の家庭の兄弟とは当然違うけど、他の王族と比べたらどうなんだろうか」
「だいたいの王族は、継承権を巡り常に互いを出し抜こうとしている──そんなところじゃないか?」
レムリクはこくこくと頷く。
「まさに、どこもそんな感じだろうね」
「国の指導者の一族ともなれば、容易に想像できることだ。だがそれなら、他の王族がルダを助けにくるか? 恩を売りたい王子もいるかもしれないが、ルダはベーダー最高の戦士なんだろう」
「むしろルダ兄上の失敗を喜ぶ……普通に考えればそうだね。いや、確実にほとんどのベーダーの王族がルダ兄上が恥をかくことを願っているはずだ。だけど」
「そうでない王族もいる、か。ルダと親しい兄弟以外の王族とか」
「叔父や従弟たちも自分の利益になる人物についているだけ。王族同士で心から親しい人物なんていない。そういう意味では、僕も兄上も、他の兄弟たちも同じかもね」
「なら、ルダを助けにきそうなやつはそうそういない、ってことだな」
レムリクは少し間をおいて首を縦に振った。
「……ああ。だから大丈夫」
「いまいち信用しきれないな……他に可能性があるとしたら」
一人だけ残っているな──
「王……まさかベーダー王直々にやってくるとかか?」
俺がそう言うとレムリクは首を縦にも横にも振らなかった。
眼は下を向き、明らかに自信がない表情をしている。
ベーダー王がどういう人物かは分からないが、レムリクは彼がやってくるという可能性もなくはない、と考えているのだろう。
確かに、仮にも一国の王が辺境に出てくるとは考えにくい。
出てくるとしたら、よほど大きな戦や、国の命運がかかるような事態の時だろう。
果たしてこのラングスの内紛をその一大事と捉えるだろうか?
いや……国を代表する戦士ルダが苦戦していると聞けば、俺たちを国家の脅威と捉えて排除しようとしてもおかしくはないか。
俺たちもここまでの事態に発展するとは考えていなかった。
ベーダー王もこの急変に異変を感じているかもしれない。
冷静に考えても、有り得る話だな……
「……分かった。ともかく、王が来る事態にも備えておこう。ベーダー王が来ても対処できるように。王一人でということは当然ないだろうから、他の王子──ルダ級のやつがたくさんくると覚悟していた方がいいな」
「ないとは思うが……そう言ってくれると助かる」
「気にするな。それにこう言っては失礼かもしれないが、ルダがこの国で最強の戦士なんだろう? なら、彼以上に強いやつはこの国にはいないんじゃないのか?」
「ああ。たしかにルダ兄上は、わが国最高の戦士だ。しかしこと魔法に関しては、父上の右に出る者はいない、とされている。この国はもちろん、この大陸でね」
「されている?」
「僕はもちろん、ほとんどの者が父上の魔法を見たことがないんだ」
「つまりは王の権威を高めるためのブラフかもしれないわけか」
レムリクはそれには首を縦に振った。
「ああ。あまりにも不確定な要素が多すぎる……だから、そんなことで気を揉ませたくなかった」
「気遣いはありがたいが、もっと早く言ってくれておいたほうがよかった。絶海の孤島にお忍びで行く王もいるぐらいだからな……」
「そんな王がいるのか……世界は広いな」
レムリクはそう言うと、顔を綻ばせる。
「……たしかにもっと早く伝えておくべきだったな。君たちに話せたことで、僕も気が楽になった」
「それはよかった。だが、俺は少し気が重くなったかもな。割と心配性だから」
俺がそう言うと、レムリクは小さく笑う。
「これ以上、気を重くはさせないよ。今言ったことが、最大の悩み事だったから」
「そうか。それならこっちも少しは気が楽になった。それじゃあ、対ベーダー王戦に備えて、あれこれ準備するか……一応父親なのに戦う前提で悪いな」
「いいや、気にしないでくれ。もし父上がここに来るなら、僕も立ち向かう覚悟ができている。戦ってでもね」
力強い口調で答えるレムリク。
レムリクの決意を聞けて俺も安心した。
リヴァイアサンの時と同様、皆で知恵と力を合わせれば倒せない相手はいない。
……ベーダー王。俺たちは逃げも隠れもしない。来るなら来ればいい。