二百四十二話 蓄えでした!
俺はレムリクと共にレオール山の中腹にいた。
「すごい数だ……本当にこんなに亜人たちが集まるなんて」
レムリクは眼下に広がる光景を見て、少し驚くような顔で言った。
麓にあるレオール山の鉱床の入り口には、多数の亜人が集まってきていた。
少し遠くに目を向けると、平原や森の中にも亜人が列を連ねてやってくるのが見える。
レムリクの見立てでは、集まってくる亜人は一万人を数えるようだ。
「皆、レムリクを頼ってやってきたんだ。ルダの侵攻には手を貸さない。人も食料も一切差し出さないと」
レムリクは深く頷き、真剣な面持ちで答える。
「彼らの思いに必ず応えなければ。それにしても……君たちには本当に驚かされた。まさか本当に食料を用意してしまうとは。しかも、君にあれだけの仲間……いや、部下がいたとは」
すでにレオール山にはシェオールから大量の食料が運び込まれている。
事情を話したシルフィウムも、シェオールを経由して食料を送ってくれることとなった。
また竪穴や坑道を整備したり掘削して、亜人たちが住める部屋を用意してある。
俺も採掘関連は手伝ったが、シェオールの皆がいたからできたことだ。
首を横に振って俺は答える。
「部下なんかじゃない。仲間だ」
「そう、か。信頼のできる仲間がいるのは羨ましいな」
「何を言っているんだ、レムリク。俺たちももう仲間だろ」
「一心同体だからね。頼りにさせてもらうよ。それでこれからだが」
レムリクは改まった顔で遠くのラングスを見つめる。
「敵の出方次第だな。すでにベーダー人には亜人の避難がバレている。俺たちの存在ももちろん把握しているはずだ」
「あの大きさだからね……ただ、すぐに手を出してこなかったのを見るに、対応を決めかねているんだろう。好戦的で知られるベーダー人が仕掛けてこない……あの巨体と空を飛ぶ者たちを恐れているのは確かだ」
「このまま交渉の使者を送ってきてくれればいいんだが」
亜人たちから物資を徴収することも、人手を徴用することもできなくなった。
侵攻計画を見直さなければいけないだけでなく、このままではラング州のベーダー人たちの生活にも影響が出てくる。
だからといって力尽くで亜人を連れ戻そうにも、レムリクや俺たちの存在を知っているから簡単にはいかない。
そうなれば、まずは使者を立て交渉を試みるはずだ。
レムリクは頷いて言う。
「そこで交渉できるのが一番だね。兄上も無謀な男というわけじゃない。君たちとの戦いで強さはわかっているはずだし、敵わないと悟るかもしれない。ただ」
深刻そうな顔でレムリクは続ける。
「……いまだかつて兄上は負けたことがない。負けを知らないんだ。だから、折れるかどうかは全く予想がつかない」
「そうか……いずれにせよ、正面から来るような相手じゃないってことだな」
「ああ。兄上はどんな策も弄する。人質も捨て駒も、なんだって使う」
「となれば……誘い出したり、あの手この手を使って、俺たちに勝ちにくるはず。情報収集は怠らないほうがいいな」
「ああ。だが、ヒール。それだけでは手ぬるい。兄上と総督に何も手を出させないのも重要だ」
「つまり……さらにこちらが仕掛けるというわけだな」
これで済むなら一番だ。
しかしルダの意思が見通せないなら、レムリクの言う通りさらなる策が必要だ。
レムリクはああと答えながら、地図を取り出す。
その地図には、いくつものばつ印や文字が記されていた。
「僕にも食料や物資の蓄えがあると言ったな。もちろん、すぐに取り出せる場所にもあるやつは、すでにここに運び込んだ。しかし」
「お前の言いたいことがだんだん分かってきたぞ……総督たちの倉庫に手をつけるわけだな」
「正解だ。こういう時のために彼らの貯蔵庫や武器庫の情報を地図に記してある。合鍵もしっかり作ってあるよ」
じゃらじゃらと音を立てポケットから鍵の束を取り出すレムリク。
盗人のようではあるが、レムリクなりにこういう決起に備えていたのだろう。
「食料をいただくのは程々にしたいが、武器はいいな」
「武器だけじゃなく、荷馬車や設営の道具も奪えば本当に侵攻どころではなくなるからね。まあベーダー人は龍化できるから、武器がなくても最悪戦えるんだけど」
だからとレムリクは続ける。
「やはり食料の奪取が一番重要だ。向こうに白旗を上げさせるためにはね」
早期に決着をつける。
しかも、双方戦わずに。
亜人だけではなく、ベーダー人のためにもそのほうがいいだろう。
「そうだな……やろう。俺や仲間も計画に加えてくれ」
「ありがとう。それじゃあ亜人たちがレオールに集まり次第、早速いこう」
その翌日、全ての村の亜人が集まったのを確認した俺たちは、総督たちの物資を奪うべく行動を開始した。