二百三十七話 行手を阻まれました!
坑道は突如崩壊した。
俺たちの前に、何かが地上から高速で突っ込んできたのだ。
足元は大きく揺れ、突風が崩れた岩を矢弾のように運んでくる。
次第に吹き飛んだ岩石が雨のように降ってきた。
俺が展開した魔法の壁はそれを見事に防ぐ。
「くっ……皆、大丈夫か!?」
砂礫が降り注ぐ中、俺は周囲を確認する。
魔力の反応からして倒れた者はいない。
ただ、先ほどまでは確認できなかった一際大きな魔力の持ち主が俺たちの前に立っているのが分かる。
この坑道に落ちてきたやつだ。
砂塵が収まってくるにつれ、その姿が露わとなる。
馬車の三倍の大きさはあろう胴体に、象の胴体のような太い四本の足……頭と背中には虹色の巨大な翼が見えた。
リンドブルムにしては体も翼も大きすぎる……
それにこれだけの量の魔力を持つ者を見るのはいつぶりだろうか。
もちろん、リヴァイアサンやエルトほどではない。
しかしその速さや頑丈さを見れば、俺が戦ってきた相手の中でも上位の強さであることは間違いなさそうだ。
レムリクですら、不安を隠せないのか額に汗を浮かべている。
話にきたようには見えない。
挨拶にしてはあまりに唐突で刺激的すぎる。
そしてこいつからは、闘志のようなものがひしひしと伝わってきた。
レムリクが剣を手に口を開く。
「兄上……これは全部僕が仕組んだことだ。彼らを金で雇い、脱走した」
レムリクの兄。つまり目の前の巨大なリンドブルムは、ルダ王子か。
ルダは大きな口を開いて言う。
「嘘を申せ。俺が止めるのならともかく、お前が脱走するのに弱き者の力を借りる必要はなかろう」
その通りと言っていい。
アーダーたちがレムリクを止められるとは思えない。
「つまり、僕が脱走すること自体には全く興味がない、ということだね。ならこのまま」
レムリクはそう言ってルダの横を通り抜けようとするが、ルダの巨大な翼で阻まれる。
ルダはレムリクを睨んで言う。
「どうせいつものように侵攻の邪魔をするつもりだろう。弱き亜人を守るためと申してな」
いつものように、か。
つまりレムリクは以前から、ベーダーの武力侵攻をよく思ってなかったのだろう。
ルダとも仲が悪いのは確かなようだ。
レムリクはルダに答える。
「関わらないと約束する。それでいいだろう?」
「誰が信じる? お前がそこにいる者たちを斬るなら信じるが」
「本当に兄上は流血が好きだな。なんでもそうだが交渉で従わせる、ということができないのかい?」
「我らの務め……闇の軍勢を打ち払うため、我らは拡大を続ける必要がある。弱き者は我らの庇護下に入ることで、種を存続させることができるのだ。交渉など不要にして無駄」
とても交渉が通じる相手とは思えない。
レムリクも呆れるような顔をしていた。
そしてやはりというか、エレヴァンが黙っていなかった。
「おうおう。大層なことを言ってるが、前提からして間違えてんぞ。俺らは弱くねえ」
「亜人……いや、お前は」
「亜人とか種とかどうでもいいだろ。俺はお前よりも強い。それだけだ」
不満そうに言うエレヴァン。
フーレが言う。
「ちょ、お父さん。戦いは」
「フーレ、俺も別に本当に白黒つけてえわけじゃねえ。だが……戦わずにこいつから逃げられると思うか?」
エレヴァンの言う通り、このまま素通りというわけにはいかないだろう。
転移石は一つを投げる必要がある。しかも転移できる距離は限られている。
空を飛べるし魔法も使えるはずだ。
安全に逃げられるとは思えない。
その上、レムリクの兄なら魔力の動きが掴めるはず。
掴めたからこそ、こうして俺たちを阻むことができた。
これでは姿を隠す魔法も厳しそうだ。
ルダはふっと笑う。
「話が早い。お前が強いというのは誤りだが、賢いのは確かだな」
「ああ、お前みたいな偉そうなのは一発ぶん殴らなきゃ分かんねえからな」
エレヴァンはやはり喧嘩っ早い。
しかし時にはエレヴァンの言うように戦わなければならない。
特に目の前にいる、好戦的なルダのようなやつ相手には。
かといって俺が全力で魔法を放てばルダを殺してしまうかもしれない。
そうなれば、ベーダーはずっとシェオールを恨むだろう。
禍根はなるべく残したくない。
もちろん、それでも倒せない可能性すらあるわけだが。
ともかく、俺たちが目指すところは無力化するか退かせるかだ。
安全に逃げるにはそれしかない。
俺は皆に視線を送る。
皆それに首を縦に振って応えた。
レムリクだけは余裕がないのかルダをじっと見ているが。
ともかく、早く仕掛けて……いや、遅かったか。
気がつくと、周囲から数体、リンドブルムたちがやってくる。
ルダの配下に違いない。
そんな中、レムリクがエレヴァンに言う。
「悪いが兄上の相手は僕だ。兄上、他の者たちに手出しは無用だ」
「おいおい、勝手なことを言うんじゃねえ。兄弟喧嘩なら家でもできるだろ?」
「もし僕がやられたらやればいい……ともかく、兄上は僕が」
ルダはどちらでも良いといった感じだ。
エレヴァンはそれを見て舌打ちする。
「まあいい……だが、時間がかかりそうなら俺もやらせてもらうぞ」
「もちろん。ともかく、皆自分の身を案じてくれ」
レムリクは剣を強く握って言う。
「……何せ兄上はベーダー最強の戦士だからね」
そう呟くと、レムリクは自らの姿を光の竜へと変えていく。
同時にルダの手下がこちらに襲いかかる。
こうして俺たちはルダ王子と戦うことになった。