二百三十三話 急変でした!?
入場料を支払い、ラングスの街に入る。
衛兵は俺たちを捕まえることもなければ止めることもなかった。
ロダーたちの恨みはフーレとシアではなく、レムリクに向けられているのかもしれない。
そして何やらラングスの市街は静かだった。
もちろん人はいる。
しかしその残った人々も同じ方向、街の中央へと向かっていた。
リエナが首を傾げる。
「お祈りか何かの時間でしょうか……?」
「でも、ベーダー人も亜人も一緒だよ」
フーレの言う通り、ベーダー人も亜人も中央に向かっていた。
彼らの信仰については何も知らないが、同じ神々を信じているとは考えにくい。
ではなぜ、どちらも同じ場所に向かっているのか。
俺は、会話をしながら歩く亜人たちに近づき、耳を澄ました。
「……本当にレムリク王子が?」
「ああ、捕まったって」
──レムリクが捕まった。
心配していたことが現実となってしまった。
衝撃を受ける中、亜人たちの会話は続く。
「いつ捕まってもおかしくないとは思っていたがまたどうして……」
「新しい総督になってから、ベーダー本国からこの辺境にやってくるベーダー人が増えた。ベーダー人の声から、さすがに野放しにはできなかったんじゃないか」
「でも、レムリク王子の強さで捕まるなんて……誰が捕まえたんだ? そもそも総督に王子を逮捕する権限なんてあるのか」
「まったくわからん……どのみち、俺たちにとっては悲しい話だな」
「彼はなにかと俺たちを助けてくれていたからな……」
残念そうな顔の亜人たち。
レムリクが捕まったことは分かった。
落ち着いていられない。
すぐに何とかしなければと焦ってしまう。
しかしレムリクがどこにいるかも分からないのだ。
今は冷静に情報収集に努めるとしよう……
また、レムリクが捕まったとして、なぜ皆が中央広場に向かうのかは理由が不明だ。
さらに情報を集めるため、近くを歩くベーダー人の話を盗み聞きしてみる。
「総督の演説……レムリク王子を公開処刑にでもするのかな」
「石でも投げてやりたいところだが、それは無理だろう」
「あの翼無し総督じゃ、力も権限も及ばないからな。しかし、そんな総督がどうやってあのレムリク王子を捕えたんだろうか……」
「強さだけは確かだからな……」
皆、総督の演説を聞きに中央広場へ向かうらしい。
レムリクの逮捕と関連がある演説かは聞かなければ分からないな。
そしてベーダー人も亜人同様、レムリクが捕まったことを驚いていたようだ。
フーレが言う。
「やっぱり寝ているところを襲われたのかな……」
「分からないが……ともかく、総督の演説に向かったほうがよさそうだな」
リエナとフーレは首を縦に振った。
本当に広場でレムリクが公開処刑される可能性もある。
その時、俺たちはどうすればいいか……
決断を迫られることになりそうだ。
いや……きっと俺は助けにいってしまう。
逃走経路も考えておくか……
そんなことを考えているうちに、広場に出る。
演説があるからか露店は出ておらず、代わりに多くの人が集まっていた。
群衆の視線は、総督の屋敷らしき建物に向けられている。
その屋敷のバルコニーには、衛兵が立っていた。
あのバルコニーで総督が演説をするのだろう。
今は総督もレムリクの姿もない。
一方で屋敷や広場の近くに処刑場のようなものは見えなかった。
もちろんそんな場所なくても処刑はできる。
公開処刑の可能性がなくなったわけじゃない。
注意深く周囲を見ていると、やがてバルコニーの扉が開いた。
出てきたのは仕立ての良いコートを着た痩身の男、そして隣には壮麗な白銀の鎧を身にまとった立派な体格の男がいる。
総督はどっちだ……うん?
痩身の男を見て、あることに気が付く。
リエナとフーレも目を丸くしていた。
瘦身の男には見覚えがあったのだ。
「あいつ……シェオールに来たやつだよね」
「たしか、アーダーと名乗っていた」
以前、シェオールに船でやってきたベーダー人。
その長が、アーダーであった。
龍化し俺たちを屈服させようとしたが、結果として敗れ耳でもある翼を失ってしまったのだ。
彼がベーダーに帰還していたとは……
となると、一緒にいたベルファルトなどもアモリスに帰ることができたわけか。
いや、こちらが帰るよう促したわけで、帰ってきていること自体はおかしくもない。
奴が総督……? それとも隣の男か?
アーダーともう一人の男がバルコニーに立ち、こちらを見下ろす。
「お、おい、あれ」
「ルダ王子じゃないか!?」
広場に集まっていたベーダー人たちがにわかにざわつき始めた。
アーダーの隣に立つ偉丈夫はどうやらルダという名の王子らしい。
顔のしわを見るとレムリクよりも年上のようだ。
「なんか強そう……」
フーレが言うように確かに腕が立ちそうだ。
鎧の上からもわかる筋骨隆々ぶり。
うちのエレヴァンよりも立派な体格をしている。
しかも武具はミスリル。
レムリクを捕まえろといえば、決して不可能とは思えない。
そんな中、アーダーが口を開く。
「皆の者!! なんとこのラングスに、光栄なことに都よりルダ王子が参られた!!」
その言葉にベーダー人たちは拍手を送る。
レムリクと違い、ベーダー人の支持を受けている王子のようだ。
アーダーが頭を下げると、ルダはよく通る野太い声を響かせる。
「諸君、私がこのラング州の地に来たのは他でもない。このアーダー総督の要望に応え、南方のシルフィウムを征伐すべく参ったのだ。シルフィウムは不倶戴天の敵!! どうか力を貸してほしい!!」
ベーダー人はその言葉におおと声を上げる。
シルフィウムの征伐……聞きたくなかった言葉だな。
耳にはしたくなかったが、計画を事前に知られたのは大きい。
アーダーはルダの言葉を補足するように言う。
「誇り高きベーダー人であれば、高潔なる殿下の旗のもとに集うは義務である! この一か月のうちに各々戦支度を整え、ラングスの練兵場に集まってほしい! 戦だ!!」
その言葉を聞いたベーダー人は歓声を挙げて応じた。
シルフィウムとの対決はベーダー人も望むところというわけか。
アーダーはさらに周囲を見渡して言った。
「亜人たちにも告ぐ。お前たちは食料、物資を集め、殿下の神聖なる征討を支援するのだ。また各村から雑役を集めることとする。陣の設営、輸送など、お前たちにも戦場での役目を与えてやろう。もし拒否をする者や怠ける者があれば、村の連帯責任とする」
突然の宣告に亜人たちはざわつき始める。
「い、戦になるのか?」
「食料の余裕なんてないのに、何を送れば……」
とても戦に手を貸す余裕はない……といったところか。
しかし力を持たない彼らには拒否することもできない。
「私からは以上……うん?」
アーダーがこちらのほうに視線を向けるので俯く。
俺たちのことに気が付いたのだろうか。
だが、少しするとアーダーは勘違いと思ったのか周囲に視線を向けて叫んだ。
「これで演説は終わりだ。皆、己の責務を果たすように!!」
そう言ってアーダーはルダとともに屋敷へと戻っていった。
高揚と悲嘆の声が入り混じる広場。
……レムリクが捕まった。
そしてシルフィウムへの侵攻が始まってしまう。
余裕があると思っていた旅。
だが事態の急変で色々と決断を迫られそうだ。
俺はリエナとフーレと相談し今後の対応を考えることにした。