二百三十一話 村の人気者でした!?
レオール山を出た俺たちは、シアのいる村へ帰還した。
「さて、到着したね。それじゃあ今日のところはここで」
レムリクは村を目前にそう口にした。
フーレが訊ねる。
「一緒に来ないの?」
「まさか。村の皆を不安にしてしまう。僕がいれば、他のベーダー人がなんと言うか分からないからね」
亜人たちはレムリクを煙たがっている。
内心では亜人たちを助けてくれるレムリクを歓迎したいのだろうが。
レムリクはこう続ける。
「ラング州にまだいるなら、よければ明日もラングスの近くで会わないか? すぐに行ける場所がある」
シアたちの生活がまだ気になるのと、レオール山の転移門のことも気になる。
あと数日はラング州にいるつもりだ。
レムリクとももう少し交流を深めておきたい。
できればシェオールについて打ち明ける機会も欲しい。
俺は頷いて答える。
「こちらからお願いしたいぐらいだ。明日はどこを案内してくれるんだ?」
「鉱物とは関係ないんだが、面白い湖がある。そこに案内しようと思ってね。今日程遠くないし重い荷物も必要ないだろう」
「そうか。楽しみにしておくよ」
「ああ、それじゃあ」
レムリクはそう言ってラングスのほうへと歩いていった。
リエナが呟く。
「村の人たちのことを考えて……とても立派な方ですね」
「うん。ヒール様の目に間違いはなかったね」
フーレは手を振るレムリクに手を振り返しながら言った。
「俺たちにとってもシェオールにとってもいい友人になってくれそうだな……機会があれば、シェオールにも来てもらおう。 ……それじゃあ、村に入るか」
俺たちはそうしてシアの村に入る。
しかし、村の様子がおかしい。
何やら賑やかだからだ。
そのまま村に入ると、各所で歓声が上がっていた。
「すごい切れ味のハサミだ! すぱすぱ切れる」
「こんな軽い手押し車初めてだ! しかも揺れない」
「この鎌のおかげで今日はこんなに麦を刈れたぞ!」
村の亜人たちは、何やら道具を話題にしているようだった。
ハサミ、金づち、斧……日常で使う様々な道具に目を輝かせている。
ただの道具にここまで驚くことはない。
だが、とても質のいい道具であれば話は別だ。
亜人たちの道具はどれも新品のようにピカピカ。
修理してもらったか、新しく作ってもらったのだろう。
誰がやったかと言えばもちろん……
俺は村の中央で人だかりができている場所を目指す。
「も、もうできた」
「金づちを振っているのが全然見えねえ……」
驚嘆の声を漏らす亜人たちの視線は、地べたに座りひたすら金づちを振るう半裸のおっさん──マッパに向けられていた。
「ズボン穿いているけど、絶対に上は羽織らないんだね……」
フーレがそう呟くと、近くから渋い声が響く。
「申し訳ございません。何度も着るようお願いしたのですが」
声に振り返ると、そこには整えられた顎髭を生やした体格のいい男がいた。
「十五号か。まあ、上半身だけなら……それよりも、特に問題は?」
「特に問題はございません。マッパ様は昨日より、こうして村の方の道具を修繕したり作成しておりました。私や他のゴーレムは石工や大工として、村の建物や道などを修繕しておりました」
十五号はそう言いながらマッパに目を向ける。
「ただ、やはりマッパ様の物を作る技量は凄まじく……腕がいい職人が来たと瞬く間に話題となったようで、近隣の村の方も呼び寄せてしまったのです」
フーレがマッパを見ながら呟く。
「大忙しってことね。まあマッパは作るの大好きだから苦じゃないだろうけど疲れてないかな」
「一応、睡眠と食事もとられていますのでご安心を。ヒール様の仰っていたシア様とお母様がお食事を分けてくださったり、昨晩は村の方が寝床を提供してくださったのです」
十五号とマッパたちにはシアのことを伝えておいた。
シアの母親の織機ももう直してくれたのだろう。
「そうだったか。ともかくこれはやっぱり数日、シェオールには帰れないな」
「その旨、私や他のゴーレムがシェオールに帰りお伝えいたします」
「助かるよ。レムリクや転移門のことも伝えてもらいたい。あとで手紙を書くから送り届けてほしい」
「承知いたしました」
十五号は俺に深く頭を下げた。
そんな中、マッパのもとに亜人の女の子……シアが歩み寄る。
興奮した様子のシアの手には何やら縦長の布のようなものが握られていた。
「マッパのおじさん!! 見て見て!」
その言葉にマッパは手を止め振り返る。
シアはそんなマッパのクビに布……恐らくストールらしきものを巻いてあげた。
「これ、お母さんと作ったんだ! とても寒そうだったから、何か作れないかなって。どうかな?」
マッパは自分の首に巻かれたストールに目を落とす。
極度の暑がりなのか、それとも何か別の理由があるのかは知らないがマッパは服を着ない。
マイペースな奴だからストールを外すのではと思った。
しかしマッパはストールを撫でながら至福そうに顔をゆるませる。
着心地がいいのか暖かいのかは分からないが、どうやら気に入ったようだ。
ありがとうと言わんばかりに、シアにぺこぺこと頭を下げる。
それを見たシアも嬉しそうな顔を見せた。
「よかった! 気に入ってくれたんだね!」
そんな中、他の子どもたちもマッパに駆け寄る。
「おっさん! 木の実採ってきたから食べてくれ!」
「花の冠作ったんだ! 被って!」
子供たちが贈り物を持ってマッパに集まってきた。
マッパはまんざらでもない顔を見せる。
あの見た目だがマッパも子供たちとそう変わらない年齢だし、同年代から褒められて嬉しいのだろう。
リエナが微笑ましそうに言う。
「すっかり人気者ですね」
「いや、これマッパがここ気に入って居ついたらまずいかもよ……マッパはうちのもんだから絶対に連れて帰らなきゃ」
フーレは少し焦るように言った。
そんな中、シアの母親がこちらにやってくる。
「皆さま! まさか本当に職人の方を連れて来てくださるなんて! おかげで私の織機もすっかり……いえ、前以上に使いやすい物にしていただきました」
シアの母親は深く頭を下げる。
「本当にありがとうございます……! 何もお礼になるものはございませんが、よろしければ今日は村でおやすみになってください。お食事も用意してますから」
お礼もあるが少しでも長くマッパに村にいてほしい、というところかな。
これから野宿の準備をするのも大変だし、世話になろう。
そうして俺たちはシアの村で一夜を過ごすのだった。