二百三十話 さらに下層がありました!?
「な、なんて魔法だ……いや、魔力に動きがあったか?」
レムリクは声を震わせながら言った。
フーレが得意げな顔で言う。
「ヒール様のは魔法じゃないよ。というか、あんたやっぱり魔力の動きが分かってたんだね」
「え、あ、ああ。多分君たちほどじゃないけどね。そんなことより、何年経ってもわずかしか掘れなかったこの岩盤を、ここまで容易くぶち抜くとは……」
俺はさらにピッケルを振りながら答える。
「俺の力は、こういった場所で発揮される。人間に紋章という力が与えられていることは知っているだろう?」
「紋章……知ってはいる。優れた紋章を持つ者が人間国家の支配層を占めているんだろう。しかし、これ程の力を持つ者を見るのは初めてだ」
「たしかに、俺と同じ紋章を持つ者は見たことも聞いたこともないな……まあ、ともかく、これが俺の本来の力なんだ。魔法やらなにやらは、採掘の過程で得た物でしかない」
そんなことを言いながら、俺はいつもの調子で岩盤に穴を掘っていった。
レムリクが慌てて付いてくる。
「もうこんなに……普通の岩壁だって、こんなに簡単には砕けないぞ。そもそも砕けた岩はどこに……」
「それも紋章の力だ。この岩が何でできているかも分かる……これは」
インベントリに溜まっていく鉱物を俺は確認した。
「黒鉄、魔防石……確か」
シェオールの地下。
そこにいたシェオール人が作った訓練用ゴーレムに使われていた金属だ。
「黒鉄は鉄より硬く、熱に強い。魔防石は魔法への耐性がある石。偉大なる銀ほどではないが、希少な鉱物だ」
「そんなものが……すべてこの岩盤に」
レムリクの声に俺は頷く。
多少の岩も回収できるが、この岩盤はほとんどが黒鉄と魔防石でできているようだ。
ミスリルをピッケルにするならともかく、剣やらでは歯が立たないのも頷ける。
魔防石も混じっているから魔法も通用しない。
レムリクはますます分からないといった顔で続ける。
「しかし、何故そんな希少な鉱石がこの岩盤に?」
天然の鉱床にしてはずいぶんと均一に魔防石も黒鉄も採れる。
おそらくだが、それらを溶かし床としたのではないだろうか。
ただ、こんな頑丈な物を床にしておくのはもったいない。
「ああ……そんなものを使うぐらいだ。やはりこの下には……あっ」
俺の読み通り、岩盤の下に隠されているものがあった。
掘り進めた先には、また開けた場所があった。
人の家の高さと変わらない空間。
下りても問題なさそうだ。
「下りるぞ」
俺たちは穴から広大な空間へと降り立った。
するとそこには──
「何もないな」
どこまでも続くような広い空間。
しかし何も見当たらない。
「隅に何かあるかもしれない。松明をここに置いて、少し歩いてみよう」
出口が分からなくならないように松明を置き、俺たちは周囲を調べてみることにした。
途中で床を少し掘ったりしながら進む。
「黒鉄も魔防石も増えていない。床はもう普通の岩になっているな……これ以上掘り進めても何かが隠されているとは考えにくい」
「なら、なぜこんな空間を」
レムリクの言う通り、どうしてこんな場所を作ったのか分からない。
そんな中、リエナはある仮説を口にした。
「いままで色々な場所を見てきました……それらと規模だけはどこか似ている。もしかすると、ここに都市を築こうとしていたのかもしれませんね」
リエナの推察は頷けるものだった。
シェオールの地下都市は、シエルら古代のヴェルーア人が築いた。
上の竪穴も図書館などと様式が似ている。
ここは空間だけ確保して、都市にはしなかったのかもしれない。
そんなことを思っていると、フーレが声を上げる。
「お、あれは!」
フーレの視線の先には、大量に箱や手押し車が集められた場所があった。
俺たちはそこに向かってみる。
するとそこには、黒光りするピッケルやスコップなどが。
「これはまさか……おお」
一つ俺がピッケルで壊して回収すると、それらが黒鉄と魔防石でできていることが分かった。
「貴重な物かい?」
俺はレムリクに正直に答える。
「岩盤と同じ鉱物でできている」
「なんと、この頑丈な岩と……」
「加工できるなら、偉大なる銀ほどではないが強力な武具にもなるな……売ればどんな価値になるか」
リエナが別の方向を指さして言う。
「あちらにも同じように道具が集まっている場所がありますね」
「反対側にも見えるよ!」
フーレも別の方向を見て言った。
それから他の場所を回ってみると、同じように黒鉄と魔防石でできた採掘道具があった。
上の空間や岩盤を作る際に使ったんだろうな。
そんな時だった。
「あ!! あ、あれ!?」
声を上げたのはフーレ。
その視線の先、はるか向こうには神殿らしきものが見える。
どこか見たことのある形……その最奥には、門のようなものが鎮座していた。
「神殿? いや、あれは!!」
レムリクが声を挙げた。
無理もない。
あれは、シェオールの地下にもあった転移門。
しかし、レムリクは転移できる門ということを知っているわけではない。
あの門が、ミスリルでできていると分かったのだ。
門へと近づく俺たち。
レムリクが転移門を見て目を輝かせる。
「本当に偉大なる銀が見つかるなんて……」
「武具にするなら、剣が百本以上はできそうだね」
フーレもそう呟いた。
だが、内心は焦っているはずだ。
この向こうはシェオールに繋がっていると。
もしシェオールに繋がっているなら、ここはヴェルーア人がもしものときに逃れるために作った避難所だったのかもしれない。
シエルに聞けばはっきりするはずだ。
そしてシェオールと繋がっているなら、ベーダーとの行き来が相当楽になる。
そんな中、レムリクが俺に頭を下げる。
「ありがとう、ヒール。まさか本当にこんなものを見つけてしまうとは」
「ああ……俺も何か見つかるとは思わなかった」
レムリクは偉大なる銀を欲しがっていた。
彼がラング州の亜人たちのために使ってくれるなら、転移門を壊してもらっても別に構わない。
「どうする、レムリク? 壊そうと思えば壊せる。持って帰るか?」
だがレムリクは首を横に振った。
「いや、やめておこう。たしかに偉大なる銀は欲しい。だけど、この門は何か重要なものの気がする。そもそも僕たちには偉大なる銀を溶かす技術はないしね」
神殿の柱に手で触れ、レムリクは続ける。
「他に偉大なる銀があることが知れただけでも大手柄だ。それで十分」
リエナが感心したような顔で言う。
「王子は冷静なお方ですね。欲しかったものが目の前にあるのに」
「私だったらお宝だ! って全部持ち帰っちゃうけどね」
フーレの言葉にレムリクはこう答える。
「もちろん、君たちが欲しいなら持って帰ってもらっても止めないけどね。だけど、こんな場所に置いておくんだ。何か仕掛けがあると思う」
正解だと口にしたい。
この門が機能しているなら、シェオールに繋がっているはずだ。
ただ、そこまで明かせばレムリクの理解が追い付かないかもしれない。
いい友人にはなれそうだが、どうレムリクと関わっていくかはシェオールの皆と相談してからにしたい。
転移門が壊れているかも分からないし、今は黙っておこう。
それより……もっと運びやすいあの黒鉄の道具をどうするかだな。
「黒鉄はどうする?」
「うん? 神殿もそうだが、見つけたのは君たちだ。僕はただの案内役。君たちが持って帰ればいい」
「そうだとしても全部は持ち帰れない。ここへの道が開けた以上、他の者に見つかる可能性もある」
「なるほど……他のベーダー人に見つかるのは避けたいな。新たにどこか侵略するのに使われるかもしれない。 ……なら、先程の穴は塞ぐことにしよう。僕は誰にもここのことは明かさない。君たちが少しずつ持っていけばいい」
「いい、のか」
「言っただろう。僕はただの案内役だ。いい物を見させてもらった。それで十分だ」
レムリクはきっぱりとそう答えた。
「だけど……できれば、またこうしてベーダーやラング州を案内させてほしい。ここ以上に偉大なる銀がありそうな場所はもうないが、君たちなら見つけられるかなと思ってね」
「見つかれば、偉大なる銀をくれ、ということか」
「ああ。君たちも闇の軍勢に対抗するために偉大なる銀が必要だろう。だけど、ベーダーにも少し分けてほしい」
「もちろんだ」
「感謝するよ。それじゃあ、大きな収穫もあったことだし一度帰るとしようか」
それを聞いたフーレが青ざめた顔を見せる。
「そういえば、あの竪穴を上がっていかなきゃいけないんだよね」
「心配いらないよ。僕が風を吹かせば一瞬で上層へ帰れる」
「あ、そっか。 ……というか風吹かせられるんだったら、鉱床の入り口に上がるときもそうしてくれればよかったのに」
「ご、ごめんごめん。ただ、せっかくだったし」
「せっかく? 何が?」
「いや……忘れてくれ。ともかく、帰るとしよう」
そうして俺たちはいくらか黒鉄と魔防石の道具を回収し、岩盤の穴を埋めて地上に戻った。
そしてマッパたちの様子を見るため、シアの村へ帰還するのだった。