二百二十七話 巨大な鉱床でした!
レオール山に到着した俺たち。
すでに暗く、その日は麓の廃村で泊まることにした。
そして翌朝、鉱床の入り口を目指す。
廃村を出てしばらく森を歩くと、視界を覆うような山肌が現れた。
高く続く崖を見上げると、それが遠くから見てきたレオール山の一部であることが分かる。
それから周囲を見渡すと、少し高い山肌に急に抉れた場所……巨大な穴を見つけた。
リエナは、その穴に視線を向けるレムリクに訊ねた。
「あそこが、目的の鉱床の入り口なのですか?」
「ああ。レオール鉱床。僕たちの目的の地だ」
鉱床の入り口と聞けば、俺たちは人がなんとか行き来できるような大きさを思い浮かべる。
しかし目の前の穴は違った。
巨人……例えば、シェオール沖に建てられたマッパ像が悠々と通れるほどの大きさがある。
俺はレムリクに訊ねる。
「もともとこんな穴が?」
「ああ。暗くて見えないかもしれないが、まるで巨大な何かに抉られたような形をしている。ドーム屋根の建物は分かるかな? 天井はあんな感じにアーチを描いている」
「人工物に近いわけだな……ベーダー以外の文明が築いたのか」
「いや、それは不明だ。しかしそう疑う者たちが、今まで幾度となくあの山を調査してきた。鉄なりの鉱石が掘れると分かったのも、調査の結果だ。しかし」
「文明の痕跡は見つからない、か」
「ああ。ベーダー人が一番欲しいのは、偉大なる銀だからね」
フーレが訊ねる。
「なら、もう捜索しても無駄なんじゃ」
「それはどうかな? ……少なくとも、僕の武具がすぐに偉大なる銀でできていることに気が付けた君たちなら、何か新しい発見があるかもよ」
「だから、それはあんたが王族だからと思って……はあ、ともかくここまで来たんだしさっさと見ちゃおう」
「ああ。それじゃあレオール鉱床を案内するよ」
そうして俺たちは鉱床の入り口へ向かう。
レムリクを先頭に坂を上がる。
穴は近くに見えているはずなのに、なかなか到着しない。
山も穴も大きいから遠近感が掴みにくい。
結局穴に到着するまで一時間を要した。
「おお……こんな大きさの穴は初めてかも」
フーレは鉱床の入り口を見上げ、感嘆した。
目の前に立つと、さらにその大きさが分かる。
奥が真っ暗で何も見えないほど。
「こんなとこ入るの? 迷わない?」
「大丈夫だって。何度も入っているから」
レムリクはそう豪語する。
ここは彼を信じるとしよう。
そんな中、リエナが背負っていた背嚢を下ろし中を探り始める。
「このままでは何も見えませんね。今松明を用意します」
忘れるところだった。
人間の俺たちには松明が必要、だ。
しかしレムリクは首を横に振る。
「僕は大丈夫。暗くても見えるからね」
ベーダー人は夜目も効くのかな。
まあ、俺たちも【洞窟王】の力で洞窟の中はくっきり見えるんだが……
リエナから必要のない松明を受け取った俺は改めて穴に目を向ける。
この巨大な穴自体はしばらく歩けば奥の壁に到着するようだ。
そして奥の壁にはいくつもの小さな横穴が開けられていた。
鉱床には、あの小さな横穴を通って向かうのだろう。
どの穴を通るか聞きたくなるが、俺たちから見えるのは不自然。
レムリクがどこに向かうか任せるしかない。
ともかく火魔法で松明の先に火を点ける。
リエナとフーレも同様に松明を用意した。
レムリクに向かって首を縦に振る。
「いつでも行けるぞ」
「よし。じゃあ、行こう。内部の床は均されているけど、一応足元に気を付けてね」
俺たちが頷くとレムリクは洞窟を進み始めた。
特にまだ魔物の反応はない。
シェオールの地下都市のように天井にケイブスパイダーがいたりは……しないようだ。
丸みを帯びた天井。
誰かが掘り進めたのだろうか。
あるいはここに巨大な何かが堕ちて抉られたのだろうか。
興味深い地形だな……
しかし、大きな穴という以外、今はまだ変わった点は見られない。
周囲を見渡すと、人の生活の痕跡はいくらでも残されていた。
倉庫や住居、そして俺にとっても馴染みの深いピッケルをはじめとした採掘道具。
どことなくシェオールを思い出す光景だ。
そうして進んでいると、先を行くレムリクが喋り出す。
「君たちにも見えているかは分からないが、いつ見ても本当に不思議な場所だ。巨人か何かが作ったのだろうか……それとももっと違う力が」
レムリクがここを案内したということは、レムリクもここにまだ誰も見つけたことのない何かがあると考えた上のはず。
例えば、偉大なる銀があるかもしれない……それで何度もここへ来ているのだろう。
フーレが言う。
「もしかしたら見つかってない古代人の遺跡があったりするかもねえ」
シェオールみたいにな、と思わず呟きそうになってしまった。
「それだったら面白いね。まあ、その可能性はちょっと低そうだけどね」
レムリクのその言葉を聞いてリエナが訊ねる。
「それはつまり……深くまで掘り進められているからですか?」
「うん。ここは五十年は鉱床として使われていた。相当な深さまで掘られている。だが、遺跡だったり遺物は全く見つかっていない」
「それでも、ということですか」
「うん。君たちに期待しているんだ……と、この横穴が一番深くまで続いている」
それからレムリクは一つの横穴に入った。
中は綺麗に均され、柱や梁で補強された坑道となっていた。
緩やかに下のほうへ続いているようだ。
レムリクについて坑道を下っていく。
壁にはいくつもの横穴が見え、だいぶ採掘が盛んだったことが窺えた。
代り映えのない風景。
しかし、俺たちは魔力の反応が分かる。
自分たちの足音しか聞こえないが、横穴の奥からこちらに静かに迫る魔力の反応を感じ取る。
芋虫のような胴体は、人の背丈以上ある長さ。そしてその胴体からは何百本もの脚が伸びているようだった。
レムリクも彼らの存在にすでに気が付いているようで、手は剣に伸びていた。
だが足は止まらない。
横穴の者たちも慎重なようで、着かず離れずこちらを追尾しているようだ。
そのせいか、フーレは少し不安そうな顔をする。
いつのまにか尾いてきている魔力の反応が、十以上になっている。
俺たちは退路を塞がれた状態なのだ。
しかも坑道を進む度、その反応は増えていった。
フーレはたまらずレムリクに言う。
「あのさ……勘違いじゃなければ、後ろからなんか追ってきてない?」
「ああ、魔物だろう。だけど気にしない気にしない。どうせこの狭い道じゃ一気には襲ってこれないから」
涼しい調子で言うレムリク。
俺たちは黙ってついていくしかなかった。
やがて坑道の先に出口のような場所を見つける。
その先は広い空間となっているようだった。
採掘物の集積所みたいな場所だろうか。
しかし、あんな場所に出たら、瞬く間に包囲されそうな……
「レムリク、大丈夫だよな?」
「ああ。この先は……あっ」
開けた場所に出たレムリクは足を止めてしまう。
そして俺たちに振り返り笑顔を見せた。
「すまない……一つ隣の坑道と間違えたらしい」
「だから言ったじゃん!!」
フーレが叫んだ次の瞬間、後ろ、そして開けた場所の四方から魔力の反応が一斉に近づいて来た。