二百二十五話 異国でも放っておけませんでした!
ベーダーの王子レムリクとラング州周辺を巡ることにした俺たち。
レムリクとは翌日ラングスの外で会うことにし、今日はシアをシアの村へ送り届けることにした。
シアの村はラングスを西に一時間ほど歩いた場所にある。
道中魔物に襲われることもなく、草原の中にある集落が目に見えてきた。
村と言っても、俺のよく知る村とは違う。
大型のテントと羊の囲いによって構成された村。村の周りは、低い石の壁で囲われていた。
シアたちは人間の遊牧民と似た暮らしを送っているようだ。
俺たちが村の入り口に到着すると、シアは早速自分の家族を見つけたようだ。
「お母さん!」
走るシアを、犬のような耳を生やした女性が出迎える。
「シア、どこに行ってたの!?」
シアは母親の足元に思いっきり抱きつく。
ロダーのことはやはり怖かったのだろう。
シアはやがて母親に何かを話始める。
すると、母親は慌ててこちらにやってきて頭を下げる。
「……商人の皆様、娘を救ってくださりありがとうございます!! なんとお礼を申し上げればいいか……」
「気になさらないでください。それに場を収めてくれたのは、あのレムリク王子です」
「なんと、レムリク様が……」
母親は感動した様子だった。
周囲にいた村の者たちも、レムリク王子がまた助けてくれたと感心していた。
レムリクはすでにラングスのベーダー人以外から、それなりに人気があるようだ。
だが、一人の村人が母親にこんなことを言う。
「でも、王子は他のベーダー人から恨まれている。変に目をつけられなきゃいいが……」
「その時は、追い払えばいい!! もう奴らのやり方にはうんざりだ!!」
「そうだ!! 村から人を攫っては、乱暴したり酷使したり……どれだけ仲間がボロボロになって帰ってきたか」
熱り立つ村人たち。
母親は慌ててこう口にする。
「やめて! もし何かあれば、私たち親子が出ていくわ!! 彼らに逆らったらどうなるかは、皆も見てきたでしょ!」
「……」
母親の訴えに、村人たちは口を噤んでしまう。
よく見ると、村には子供や老人が多い。
成人はベーダー人に酷使されている……だけでなく、その前に多数失われているのかもしれない。ベーダーとの戦いによって。
果たしてベーダーに手を貸すことはいいことなのだろうか……そんな思いも胸に去来した。
それでも、レムリクとの交流は必ずいい結果をもたらすはずだ。
彼が力を持てば、この現状を変えてくれる。
俺はそう自分に言い聞かせた。
一方で、シアのこともやはり心配になってしまった。
俺はシアに近づいて言う。
「シア、俺たちも礼を言うよ。ラングスを案内してくれて、本当に助かった」
俺はそう言うと、ヘルワームの素材の入った麻袋をシアに渡した。
売れば高く売れるはず……そう考えたのだ。
しかしシアは慌てて首を横に振る。
「こんなものを受け取れないよ! ……最初はあんたたちを騙そうとしたし」
申し訳なさそうな顔をするシアに、フーレが答える。
「私たちは商人だよ? 最初から、タダで案内してもらおうなんて思ってなかったし」
「でも、怖い思いをさせちゃった……」
リエナは首を横に振って答える。
「怖い思いなら、今までもずっとしてきました。山よりも大きな巨大な海蛇と戦ったり」
そうですよねと顔を向けるリエナに、俺は思わず苦笑いしてしまう。
確かにあれと比べれば、異国で騒動に巻き込まれたぐらいなんともない……
「山よりも大きい?」
シアが首を傾げると、フーレはこほんと咳払いをして言う。
「まあ、冗談はさておき、私たちは本当に大丈夫だから。それよりも、これからは気をつけるんだよ。ラングスは今は、近寄らないほうがいいかもね」
「うん。しばらくは大人しくしてるよ。本当は、お母さんの靴を買いたかったんだけど……」
シアはそう言うと、ボロボロの母親の靴を見て残念そうな顔をした。
母親は首を横に振る。
「あなたのほうが心配よ。これからは私が薪を売りに行くわ、あなたは薪を集めるのを手伝って」
「でも、それじゃあお母さんの足が……」
「大丈夫。あともう少しお金を貯めれば、織り機を直せるから……それまでの辛抱よ」
母親は本来、機織りとして生計を立ててたようだ。
しかし、織り機が壊れてしまった。
だから今は、薪を集めて修理代を稼いでいるのか。
彼らに武器や金品を渡せば、争いに発展するかもしれない。
だが、足りない道具を供給するぐらいなら……
「シア。なら、こういうのはどうかな?」
「うん?」
「俺の知り合いに、優秀な職人がいるんだ。常に何かを作っていないと落ち着かない変人でね……俺がその知り合いにこの素材を渡すから、織り機や靴を直してもらうってのはどうかな?」
「い、いいの?」
「ああ。もし村の人も直してほしいものがあれば、一緒に頼むといい」
「でも、それじゃああなたたちには何の」
「俺たちは大丈夫だよ。でも、そうだな……今度この村に来たら、食糧でも分けてくれるかな?」
俺が言うと、フーレもこう口にする。
「お母さんがいい織物を作れたら、私たちも買わせてもらいたいしね」
「手編みの絨毯などは高く売れますから」
リエナもそう答えた。
すると、シアは涙を流してしまった。
俺は慌ててシアに言う。
「ご、ごめん、なんか言っちゃいけないこと言ったかな?」
「……違うの……私、こんなに人に優しくされたことがないから」
シアは涙を拭うと、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう……いつか、この恩は返すね」
「ふふ。言ったね? 百倍になって返ってくるのを期待しているよ」
フーレが冗談っぽく答えると、シアは嬉しそうに頷くのだった。
その後、俺たちはマッパや十五号たちのいる崖下の坑道へと戻った。
彼らはすでに、結構な鉄を掘り出していたようだ。
そしてシェオールと変わらない地下室や居住空間がすでにできていた……
俺はゴーレムに、シェオールにいるバリスへ報告を頼む。
ラングスで何があったか、今後どうするつもりか。それを伝えてもらう。
また、マッパにはシアのいる村に十五号と共に行ってもらうことにした。
シアや困った村人たちの修理をお願いするためだ。
マッパは二つ返事で受けてくれた。
……あ。もちろん、服は着るよう伝えてある。
そうして翌日、俺はレムリクと会いに再びラングスの近くへと向かうのだった。