二百二十四話 狙いは鉱物でした!?
俺たちが歩み寄ると、レムリクは頭を下げて言う。
「助かったよ、ありがとう」
「いや、俺たちも助けられたし……それに、俺たちがいなくても大丈夫だったろう」
レムリクの剣技は圧倒的だった。
俺たちが何もしなくとも、魔法を躱しながら戦えたのではと思うほどに。
しかし、レムリクは首を横に振る。
「そんなことはない。僕だって危なかったし、君たちがいなければ確実に周りに被害が出ていただろう」
レムリクは再び頭を下げる。
「心から礼を言うよ。 だが……やはり君たちはただ者ではないね」
「いや、本当に俺たちは」
「旅、というのは嘘ではないだろう。でも、君たちが持つ魔力、そして使う魔法は、このベーダーでは考えられないものだ……」
俺たちの魔力を感知できる、ということだろうか。
もしかするとこのレムリクは、俺たちが喧嘩に巻き込まれているからだけでなく、俺たちの潤沢な魔力にも興味を持ったのかもしれない。
これは迂闊だったか……
そう考えたが、レムリクは俺の手を両手で取って言う。
「……お願いだ! どうか、僕にも君たちの魔法を教えてくれないか!? ベーダーは周辺国と仲が悪すぎて、優秀な魔法使いを呼び寄せられないんだ!!」
懇願するレムリク。
俺たちの魔力が強力であることは認識しつつも、不自然なものとは考えてないようだ。
とはいえ、それはできない……
「悪いけど、教えられるようなもんじゃないんだ」
そもそも俺たちの魔力は、採掘によって得られた副産物みたいなもの。
魔法もエルトから教わるなどしたが、使える種類が多いわけではない。
一方のレムリクはがガックリと肩を落とす。
「そうだよね……旅の途中だし……」
「時間の問題じゃないんだ、ただ、本当に教える技術がないというか」
「大丈夫……無理には頼まないから。旅を邪魔するつもりはないよ。それに……僕もやることがあるからね」
レムリクは寂しそうな顔をしつつ答えた。
「やること?」
「僕はこの南方の副王。ここに住む人の暮らしを守る必要がある。やがて来るその日のためには、皆で協力しなければいけないんだ」
「その日?」
俺が尋ねると、レムリクは嬉しそうな顔をした。
「ふふ。やはり旅人は、こういう思わせぶりな言葉が好きだよね。好奇心が刺激されるというか」
「……私たちを揶揄っただけ?」
フーレが少し怒るように言うと、レムリクは即座に首を横に振った。
そして真剣な顔をして言う。
「いや、大事な日だよ。ベーダーはその予言のために、国土を拡大してきたんだから」
その日、大事な日……そして予言。
今まで同じような言葉を、俺も聞いてきた。
リエナも気づいたのだろう。
レムリクへ問う。
「その日とは、何かによって、国が滅ぼされてしまう、という日ですか?」
「おお。どこでその話を?」
「それは……旅してきた場所でも、同じような話を聞いてきたので」
リエナの言うとおり、今までも同じ話を聞いてきた。
サンファレスでもアランシアでも聞いてきた話だ。
その正体は、恐らくはシェオールにも襲って来た黒い瘴気。
このベーダーでも同じような危機が予言されていたようだ。
レムリクはへえと感心するように言うと、こう続ける。
「その日、北より来る闇の軍勢……祓えるは、偉大なる銀だけ」
「偉大なる銀……まさか」
俺はレムリクの鎧と剣を見て言った。
レムリクはミスリルの剣の柄を少し持ち上げて答える。
「詳しいね。これはベーダーの建国神話にも出てくる、黄金の宝物庫の偉大なる銀の武具。僕たちの祖先に人と龍の姿を与えた石と一緒に眠っていた」
すでにシルフィオンのテオドシアから、このベーダーの建国神話は聞いていた。
レムリクが身につけているのは、やはりシェオールの地下に眠っていたミスリルの武具で確定だ。
レムリクは王子。
他の王族や貴族も、同じようにシェオールの地下にあったミスリルの武具を持っていると見て間違いない。
また、彼らはミスリルなら闇の軍勢──未知の脅威に対抗できると信じている。
となればやはり、ベーダー人たちは再びシェオールの地下を探ろうとしているのだろうか。
そのために、シルフィオンに侵攻しようとも。
そう考えたが、レムリクが続ける話からすると、少し違うようだ。
「僕たちは偉大なる銀を得なければならない……この南方には、どこかに偉大なる銀が埋まっているはずなんだ」
ミスリルの武具があった宝物庫は、すでに空っぽと考えているのかもしれない。
だが、その武具を作るためのミスリル鉱は見つかっていない。
武具があったなら、近くに鉱床があると見るのは自然なことだ。
一つ確かなことは、シェオールの地下では、天然のミスリル鉱は手に入っていない。
シエルに聞いたわけではないが、ミスリルやオリハルコンなどは別の地域からシェオールに持ち込まれたものなのだろう。
もちろん、どこかに鉱床はあるはず。
しかし、シエルにどこから掘ったか聞いても、隕石が落ちた後と前ではだいぶ地形も違うだろうしな……
それを考えれば、この近くにミスリルの鉱床があってもおかしくはないのか。
ううむ。
こんな時になんだが……なんか、ラングス周辺の鉱物とか気になってきたな。
俺が採掘のことで頭が支配されそうになる中、フーレはこう呟く。
「色々な場所から、色々な種族をここに連れてきてるのは、それを掘り当てるため?」
「気を悪くしないでほしいけど、その通りだ……そもそもベーダーが周辺国を攻めているのは、ずっとその偉大なる銀を手に入れるためにやっていること」
レムリクはそう答えると、遠くの空に目を向けた。
「ベーダー南部は、建国初期から偉大なる銀が埋まっている最有力候補とされてきた。でも、どんなに探しても見つからない……だから、東西南北に国土を拡大して、偉大なる銀を求めたんだ」
「そうしている間に、ベーダーは大陸の覇者と呼ばれるまでの国になったわけか。しかし」
レムリクはこくりと頷く。
「大陸のどこにも見当たらない……シルフィオンをはじめとして、ベーダーの手が及んでいない狭い地域を残しては。そこにも恐らくはないだろう……だから最近では、大陸の外にも船を出しているぐらいだ」
「そこまでして見つからないなら、その予言が嘘だったんじゃないの?」
フーレは素っ気なく答えた。
「その可能性はあるね……でも、確かに偉大なる銀は、ここに存在している……」
自分の剣に視線を落とすレムリク。
ベーダーの事情はよく分かった。
レムリクほど深刻に捉えているかは分からないが、ベーダーという国は、建国以来その闇の軍勢に備えて動いているわけだ。
ベーダーはシェオールとは全く異質な国だと考えていた。
だが、やがてくる脅威に立ち向かおうとしている点では、同じだとは……
とはいえ、やはり手荒すぎる。
フーレもそう感じたのだろう。
呆れるような顔で言う。
「そんなもののために、シアたちを苦しめてきたなんて……」
「……僕もよく思う。ベーダーを建国した祖先たちは、何故、その脅威を周辺の種族に呼びかけなかったのかって」
レムリクは悲しそうに続ける。
「こういう危機がやってくる、だから皆で手を取り合おうって言えば良かったのに……」
シルフィオンのテオドシアから、俺はベーダー人の元々の話を聞かされていた。
彼らは龍の姿とミスリルの武具を手に入れるまで、ずっと人間に虐げられてきた。
そんな相手と手を取り合うという考えは生まれなかったのかもしれない。、
「難しい話だが、中にはそう訴える奴もいたかもしれないな……」
俺の言葉に、レムリクは深く頷いた。
「いただろうね。ベーダーの歴史の中でも、拡張をやめるべきと唱えた人はいた……でも、それを訴えても押し通すだけの力がない……僕のように、無力さを感じていただろう」
レムリクの声からは悔しさのようなものが感じられた。
昔の俺も、無力さを感じることが多々あった。
まあ、昔の俺と比べれば、レムリクが無力だなんてとても思えないが……
レムリクはやがて、首を横に振って言う。
「ああ、ごめん。話が長くなってしまった。僕はそろそろ行くよ……本当にありがとうね」
レムリクは再び頭を下げると、俺たちに背を向けた。
……一つ疑問が残る。
何故、レムリクをはじめベーダーの上層部は、闇の軍勢が来ると信じているのだろうか。
一度、戦ったことがあるのだろうか?
ともかく、レムリクはそのために偉大なる銀──ミスリルを必要と考えている。
だが、彼は他のベーダー人とは違い、他の種族のことも考えながら偉大なる銀を見つけるつもりだ。
見つかるか分からない……そもそも、ミスリルだけでは黒い瘴気には対応できないだろう。
それを伝えたいところだが、言っても信じてもらえるかどうか……
リエナが俺に訊ねる。
「どういたしますか、ヒール様?」
「あの王子の話だと、シルフィオンへの侵攻は片手間でやるのかもね。こっちから何かする必要もないかも」
このまま帰って、シルフィオンと防備を整える──それだけでも十分。
ロダーたちの実力を見るに、そこまで脅威でないことは分かった。
レムリクのような者が千人以上攻めてくるなら話は別だが。
ともかく、ベーダーの調査はこれで十分。
……しかし、ベーダーはこのままで本当にいいのだろうか。
もちろん。ほとんどのベーダー人は関わりたくないような者たちばかり。
だが、あのレムリクは違う……
彼ならば、終わりなき拡張を続けるベーダーを、変えられるのではないだろうか。
ゆくゆくは、シェオールにも手を貸してもらえるかもしれない。
「俺は……あのレムリクとは、このまま終わりたくない」
リエナは深く頷く。
「私もそう思います。打算的ではありますが、シェオールの味方にもなってくれそうな方です」
「私もあいつにはもっと頑張ってほしいかな……シアや仲間のためにも」
フーレもそう答えた。
「ありがとう、二人とも」
俺はそう答えると、レムリクを追う。
「レムリク!」
「うん、どうした? えっと」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はヒールだ」
レムリクはそれを聞くと、笑顔を見せてくれる。
「ようやく名乗ってくれたね。なんだい、ヒール?」
「よかったらでいいんだが……このラングスの周辺を、俺に案内してくれないか?」
「それは……僕がそんなに暇に見えるってことかい?」
苦笑いを浮かべるレムリクに、フーレが即座に答える。
「うん。めっちゃ暇そう」
「ひどいな……まあ、そう言われても仕方がない。大体いつも、こうして街や村を巡っては、治安維持ごっこをしているだけだからね」
レムリクは真剣な眼差しでこちらを見る。
「君たちは商人。王子である僕を案内役にさせるんだ……それなりの対価は用意してくれよ?」
ここに来て対価か……
レムリクも俺たちがただの旅人でないことは、薄々気づいているのかもしれない。
「ああ……俺たちは、旅人。採掘の上手い旅人だ。商売しながら各地を巡っている」
「ほう、採掘」
「だから、珍しい鉱物がありそうなところを教えてほしい。もしかしたら、偉大なる銀とやらよりもすごいものが見つかるかもしれないぞ」
「それは楽しみだ……ぜひ、案内させてくれ」
こうして俺たちは、レムリクと共にラングスの周辺を巡ることにした。