二百二十二話 異国で助けられました!
「……レムリク王子だ」
群衆の目は、争うベーダーの貴族ロダーとフーレから、長い金髪の王子に向けられた。
レムリク王子。
ベーダー王の息子というわけか……
ベーダーの中でも、高位の人物であるのは間違いない。
その整った顔と長く美しい顔に思わず目を奪われそうになるが、注目すべきは彼の白銀に輝く鎧と剣だ。
ミスリルの武具──ようやく見つけることができた。
やはり、高位の人物がミスリルの武具を身に付けられるのだろう。
だが、今は呑気に観察している暇はない。
貴族だけでなく、王子までやってきてしまった。
ミスリルの武具を身につけているのだ。きっと腕も相当なもののはず。
すぐにフーレとシアを連れていかなければ……そう考えたが、何やら様子がおかしい。
レムリク王子はロダーとフーレの間に割って入ると、困惑するような顔のロダーに訊ねる。
「ロダー殿。一体何の騒ぎだ」
「こ、この人間の女が私の頬を叩いたのです!!」
「人間が?」
レムクリ王子がフーレに振り返る。
しかしフーレは臆せず答える。
「殴りかかってきたから、引っ叩いただけ。それより、王子様だかなんだか知らないけど、この国って、奴隷にしたいって言えば皆奴隷にできるわけ?」
「当たり前に決まって──」
「そんな法律は、我が国にはない」
レムリク王子はロダーの言葉を打ち消すように答えた。
そして怯えるシアを見た後、フーレにこう続ける。
「状況は理解しました。ロダー殿が、その子を無理やり連れて行こうとしたのですね。なんと、失礼なことを……申し訳ございません」
「う、うん」
フーレはレムリク王子が謝罪したことに驚いたようだ。
俺も驚きだった。
ラングスは、他種族を下に見るベーダー人で溢れていた。
しかし……このレムリクは違う。
ベーダーの貴族の非を認めるだけでなく、他種族に頭まで下げた。
ロダーが唖然とした顔をする中、レムリクは衛兵に告げる。
「ロダー殿を屋敷へ。総督には、後で私から伝える」
「しょ、正気ですか、レムリク王子!! 私は総督の子ですよ!!」
「総督の子だからこそ、民の規範とならなければなりません……それなのに、あなたは進んで法を犯している。衛兵、早く」
その言葉に、衛兵はただ戸惑うだけだ。
一方のロダーは血相を変え怒鳴った。
「衛兵は、俺と父上のいうことしか聞きません! 副王だからと、誰にでも指示できると思ったら間違いですぞ!」
「私は南方州の副王。ラングス総督は配下だと思うが」
「軍隊を動かす権利はない! 貴族を裁けるのも、この世に国王陛下ただお一人だけ! ラングスのベーダー人は、勝手な振る舞いをするあなたに辟易している!! このことは必ず父上に伝えますぞ!!」
「どうぞ。自分で自白してくださるのなら、私も手間が省けます」
「ちっ!! ……どうか、帰り道にはお気をつけくださいよ。あなたの横暴ぶりに我慢ならない者が、このラングスには五万とおるのですから! おい、行くぞ!!」
ロダーはレムクリ王子を睨みつけながら、市場を去っていった。
野次馬のベーダー人たちもヒソヒソと陰口を響かせ解散していく。
「いっつも他種族の味方ばかりしやがって」
「しかも人間に頭を下げるとはな。見下げたやつだ」
「あれは人間の血が入っているんだ。だから龍にもなれない」
「おい、声が大きいぞ」
レムリクは、日頃からベーダー人以外の種族を助けているのだろう。
ロダーのようなことをするやつは珍しくもなく、レムリクはそれを見つけるたび注意しているのだ。
それに、龍に変身できないか。
シェオールに来た龍人たちは、リンドブルムのような見た目になることができた。恐らく、レムリクはそれができないのだろう。
龍になれないことは、彼らにとって侮蔑の対象になるようだ。
故に、ベーダー人には人気がないんだろうな……
ともかく彼のおかげで助かった。
礼ぐらいは言いたいが、王子と関わるのは少し躊躇われる。
どうするか悩んでいると、シアがすぐにレムリク王子に頭を下げた。
「あ、あの、ありがとうございました!」
「礼の必要なんてないよ。皆が安心して暮らせるようにするのは僕の役目……怖い思いをさせたことを謝らなければいけない」
「そ、そんな! 王子様は何も悪くありません!」
王子に謝罪されシアは慌てて答えた。
だが、フーレのほうは冷めた顔だ。
「今回のことは感謝するけど、正直この街にはもう二度と来たくないよ」
同じようなことが日常的に起きている……
フーレはそれが気に入らなかったのだろう。
しかし、相手は王子だ。
怒りを買う可能性もあった。
だが、
「そうだろうね……全部、僕が至らないからだ。本当にごめん」
レムリク王子はまたもや頭を下げる。
なんというか、王子らしい威厳が全く感じられない。
それは俺も同じかもしれないが……
一方のフーレは俺たちを横目で見ながら、レムリクにこう答える。
「……まあ、頑張って。それじゃあ、私たちは行くから。ほら、行くよ、シア」
シアの手を引き、フーレはこちらへとやってこようとする。
だが、レムリクはそんなフーレを呼び止めた。
「待ってくれ」
「うん、まだ何か用?」
「いや……よかったらでいいんだが、聞かせてほしいことがあるんだ。君はどこから来た?」
突然の質問にフーレも驚いたようだ。
しかし、そんな質問は想定済みだ。
「どこってアモリスからに決まってるじゃん」
「アモリスか……ベーダー語が流暢なんだね」
「商人だし、言葉を覚えてくるのは当然でしょ? 何が言いたいの?」
「君が話しているのはベーダー語に聞こえる。でも、口の動きはベーダー語とは全く違う。恐らく、魔法か魔道具のおかげで会話ができているんだ」
すごい観察力だな……
俺が内心焦る中、フーレは落ち着きながら答える。
「へえ、よくわかったね。高価なものだから盗まれると嫌で黙ってたの。周りには言わないでくれる?」
「もちろん、言わないよ……それより」
レムリクは俺たちの出した露店へ凝視し呟く。
「君の売っているヘルワームの素材も相当希少なものだ。この近くでは、南方の関所の外に行かなければ手に入らない」
「……仕入れ先は教えないよ。それじゃ、私たちは別の街行くから」
フーレは手短に答え、さっさとその場を去ろうとした。
だが、レムリクはこう続ける。
「待ってくれ。別に尋問をしようというわけじゃない。ただ、君たちを見て気になったんだ」
レムリクはそう言うと、フーレから俺とリエナの方に目を向ける。
周囲にはもう、俺とリエナ以外に誰もいない。
明らかに、俺たちの存在に気づいていた。
人間、ということに気づいたのだろうか。
先ほどから本当に目が良い。
リエナは俺に顔を向けて命令を待っているようだった。
このレムリクは人間を見て嫌な顔をしない。
交流を深め、ベーダーの情報をさらに得られるかもしれない。
だが、彼の洞察力には目を見張るものがある。
こちらがボロを出してしまう可能性もあった。
しかし、彼からは俺と近しいものを感じる。
見た目には宝玉と石ほどの差があるが、どこか親近感が湧くのだ。
どのみちこのまま逃げれば不自然極まりない。
お礼の一言も伝えたかったし、挨拶ぐらいはしてみよう。
俺はレムリクに近づき、声をかける。
「いや、すまない。仲間が助かった」
俺の隣でリエナもお辞儀する。
「いや、元はと言えば僕が悪いんだ。ところで君たちはやはり」
レムリクの目は俺の口に向けられている。
これは、俺たちの言葉がバーレオン語というのもバレているかもしれない。
怪しまれないようにこう答える。
「俺たちは西のバーレオン大陸から来た旅人だ。ベーダーを見たいと思って、商いをしながら旅行しているんだ。アモリスと答えたのは、この大陸ではアモリスが人間の国で一番有名と思ってね」
ベーダーを見たいと思ったのは本当だ。
偵察や視察の面が大きいが。
一方のレムリクはそれを聞くと、納得したような顔をした。
「やっぱり別の大陸から来たんだね! いや、口の動きがバーレオンの言葉かなと思ったんだ。そうか、バーレオンの人間か!」
レムリクはジロジロと俺を見て、目を輝かせる。
まるで珍しいものでも見るかのように。
……そこまで感動することか?
「僕、バーレオンの人と会うのは初めてなんだよね……しかし、バーレオンか」
遠くを見るような目をして呟くレムリク。
そんなレムリクにフーレが声をかける。
「王子さん。悪いんだけど、私たち先を急ぐから。もう大丈夫?」
「え、ああ、引き留めてすまない! ……それと、本当に申し訳ない」
レムリクは再び頭を下げると、こう続けた。
「このラングスで嫌な思いをしたかもしれないけど、ベーダーにはとても素晴らしい場所もある。どうか、ベーダーの旅行を楽しんでくれると嬉しい……次来る時には、このラングスがもっと良い場所になっているようにするから」
「ありがとう。機会があれば、また来るよ」
「ああ、きっとまた」
レムリクはニコリと笑い、手を振った。
こちらも小さく手を振り返し、その場を離れることにした。
リエナが小声で言う。
「とてもお優しい方でしたね」
「ああ。ベーダー人の中では珍しい男だった」
あれが普通のベーダー人とは思わないほうがいい。
人間でも珍しいぐらいだ。
フーレはこんなことを呟く。
「まあ、色々頼りなさそうだけどね……」
「俺よりはむしろしっかりしてそうだが……うん?」
シアは何やら広場の外へ向かうレムリク王子に先ほどから目を向け、鼻や耳を小刻みに動かしていた。
「あの人……私のせいで」
「どうしたんだ、シア?」
「さっきのロダーとかいうやつ、他の仲間と一緒に路地裏に隠れている……きっと、あの人に報復しようとしているんだ」
シアは嗅覚と聴覚が良さそうだ。
それで異変に気がついたのだろう。
確かに、シアの視線の先のほうには不自然に人が集まっているのが、魔力の反応からも窺える。
しかも整列しているように見える……衛兵など訓練を受けた者たちの動きだ。
ロダーの怒りは相当なものだった。
しかも、レムリクはベーダー人から煙たがられている。
痛めつけるだけでなく、殺そうとしている可能性も十分にありそうだ。
レムリクには護衛もいなかった……一人であの人数から逃れられるだろうか。
リエナが俺に言う。
「ヒール様。いつでも行けます」
どうするかも聞かないリエナ。
俺がどうしたいかは分かっているのだろう。
「……フーレとシアを助けてくれたんだ。今度は俺たちの番だ」
「よし、そうこなくっちゃ!」
明るい顔で答えるフーレだが、隣のシアは必死に諌めてくる、
「駄目! そんなことしたら、今度こそ総督に皆処刑されちゃうって!」
俺は首を横に振って答える。
「大丈夫だ。堂々と王子を襲う奴はいない。必ず、変装して襲うはずだ」
「相手が身元を隠してんだから、遠慮なくやって良いってこと!」
「フーレ。一応、加減はお願いしますよ」
フーレとリエナもそう答えた。
「そ、そう言うことを言っているんじゃないんだけど……」
シアは戸惑うような顔をする。
俺たちでは、衛兵たちに勝てないということだろう。
フーレはそんなシアを安心させるように言う。
「大丈夫だって。私たちと会ったとき、私たちの強さは見たでしょ。心配しないで、任せておいて。シアは後ろで隠れて見てるだけで良いから」
「でも……私のせいなのに」
涙目のシア。
自分のせいで、王子も俺たちもやられると罪悪感を感じているのだ。
フーレはそんなシアを抱き寄せて言う。
「シアは何も悪くない。悪い奴らは私たちがお仕置きしてくるから」
「お姉……ちゃん」
シアもまたフーレに強く抱きつく。
シアには姉がいるのだろうか。
わからないが、ここでのベーダー人以外の暮らしぶりを見るに皆、誰かに頼るなんて生き方はしてこなかったはずだ。
だが、フーレは頼れる。そう信じてくれたのだろう。
俺はリエナとフーレと顔を合わせ頷いた。
「行こう。レムリク王子を助けるんだ」
「はい!」
「うん!」
俺たちは広場を後にして、レムリク王子を追うのだった。