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二百二十一話 喧嘩でした!?

 店をフーレに任せた俺は、リエナと共にラングスの街を巡っていた。


 ベーダー人の住まう辺境の街ラングスは、全体的に重苦しい雰囲気の街だ。


 市街の中には、防衛のための塔がいくつも点在している。武装した兵士も街に多い。


 いわゆる、軍事都市というやつだ。


 だが街の外観以上に重苦しく感じるのは、ベーダー人とそうでない者たちの表情の差のせいだろう。


 リエナは周囲を見て、思わず息を漏らした。


「息が、詰まるような街ですね」

「そうだな」


 通り過ぎる人々を見て、傷を負っている者や病弱そうな者には思わず回復魔法をかけてしまった。


 リエナは複雑そうな顔で言う。


「忘れそうになってました。シェオールは……とても豊かなんだと」

「ああ。俺も、忘れそうになっていた」


 このような光景は、珍しくない。しかしシェオールの暮らしと雰囲気に慣れたせいか、異質に感じてしまう。


 だが、世界を俯瞰して見れば異質なのは俺たちなのだろう……


 改めて、今の俺は恵まれていると感じる光景だった。


 早くシェオールに帰りたい──


 だが、せっかくここまで来たんだ。しっかり調査しないと。


 俺は街を巡りながら、簡単な地図などを記していった。


 それから二時間ぐらい経っただろうか。街を一周し終えたようだ。


「軍事施設の近く以外は、全部回れたな」

「はい。地図もできましたし、生活水準も知ることができましたね。失礼かもしれませんが、人間の街とそう変わらないかもしれません」

「俺もそう思う。特別、バーレオンの国々と比べて優れた技術があるわけでもない。かといって劣っているわけでもなかった。あとは、ミスリルの武具だが……装備している者は全く見なかったな」

「国でも、上位の者たちが身につけているのかもしれませんね」


 リエナの言うとおり、選ばれた者だけが使っている可能性は高い。


 ここにいる兵士の装備は、皆シェオールにやってきた者たちと変わらず、鉄を主に用いた武具ばかり。


 それに、この前シェオールにやってきたベーダー人の長──アーダーと言ったか。一等龍騎士と名乗っていたから上流階級の者のはずだが、ミスリルの武具は着けていなかった。王侯貴族の中でも、一握りの上位の者だけが持てるものなのだろう。


「ともかく、たいした脅威にはならなそうだな。一方で、仲間になれるかと言うと」

「もし、本当に世界の危機が迫っているなら、手を組まなければいけません。でも、本音を申し上げれば」


 複雑そうな顔のリエナ。

 リエナもシェオールの者たちもあまり協力したくない相手に見える。俺自身、ベーダーのやり方をいいとは思えなかった。


「下手に関係を持とうとしなくてもいいかもな……」

「それがよろしいかと。向こうが救いの手を求めるなら、協力すべきとは思いますが」


 俺はリエナの声に首を縦に振る。


「そうしよう。ベーダーの調査はこれで切り上げて、シェオールに帰る」

「かしこまりました」


 そうして俺は、リエナと共にフーレのもとへと戻る


 道中、俺はリエナに言う。


「しかし、本当にひどい生活だ……何か、彼らの生活が少しでもよくなるようにできないかな」

「それこそ、交易などいかがでしょうか? 良い道具などを、彼らでも買えるような値段で売れば、少しずつ生活が良くなるかもしれません」

「いい考えだ、リエナ」


 とはいえ、劇的によくなるわけではない。

 しかも良い道具で生産性が上がったとして、結局ベーダーの者が収穫を吸い上げてしまえば……


 俺は思わず首を横に振った。


 俺はシェオールを守らなければいけない。現状に問題があると手を出せば、戦争に発展しかねない。


 そうなって一番被害を被るのは、シアたちだ。また行きたくもない場所に行かされ、やりたくもない仕事をさせられるかもしれない。


 リエナの言うとおり、俺たちは出来る範囲で力になろう。


 そう言い聞かせ、俺は露店のある広場へと戻った。


 だが、何やら騒がしい。人だかりができており、皆視線をある箇所へと向けているようだ。


「やれやれ!」

「生意気なアモリス人なんて、ボコしちまえ!!」


 アモリスと聞いて、俺は急ぎ人混みをかき分けて進む。


 このラングスでは人間はほとんどいなかった。人間と呼ばれるなら、俺たちぐらい。つまり、フーレが何かに巻き込まれた可能性が高い。


 その嫌な予感は、どうやら的中してしまったようだ。


 遠くのほうでベーダーの男たちを睨みつけるフーレ。その後ろには、シアの姿があった。


 男たちは皆、軽装ではあるが武装していた。中央の男は、煌びやかなコートに身を包んでいる。貴族だろう。その貴族が声を荒げる。


「貴様っ!! 俺様の奴隷をどうするつもりだ!?」

「奴隷? 無理やり他人に首輪つけて奴隷にすんの? まるで獣だね、あんた」

「な、なんだと!?」


 貴族は激昂する。手には首輪が握られていた。


 一方でシアは、フーレの後ろに隠れるように震えている。


 大体、状況は読み込めた。おそらく、貴族たちはシアに首輪を嵌めようとしたのだ。奴隷にしようと。


 ベーダーの法がどうなっているかは分からない。だが街を見てきて、ベーダー人以外が、ベーダー人に逆らえるような国でないのは明白だった。


 フーレはとても見過ごせなかったのだろう。


 当然、俺も見過ごせない。


 魔法と転移石を駆使すれば離脱は容易だ。


 すぐにフーレとシアを連れて逃げよう──そう思ったが、貴族はすでにフーレに拳を向けていた。


「人間の商人如きが俺様に──っぶふ!?」


フーレは殴りかかってくる貴族に平手打ちをかました。


 貴族は涙を浮かべ、頬を抑える。


「痛っぁ!? き、貴様、俺を!」

「平手打ちぐらい何? 私は誰かを泣かせたら、いっつも父さんからゲンコツ食らってたけど? 随分軟弱な男ね?」

「お、俺を侮辱するのか!? ラングス総督の息子である、このロダー様を!?」


 周囲がざわつきだす。


 相手はどうやら、この街のお偉いさんの子だったらしい……


 シアが慌てて言う。


「待って!! 私、奴隷になる! だから、このお姉ちゃんは許して!!」

「シア、駄目!!」


 フーレは貴族の前に躍り出たシアを慌てて引き寄せる。


 これ以上はまずい。


だが、あまりにも人が多すぎて人混みから出るまで距離がある。


 貴族は舌打ちを響かせると、周囲に叫ぶように言った。


「……衛兵! 全員集まれ! この二人を捕まえるんだ!!」


 その言葉に、周囲から衛兵たちが集まってくる。


「ひひ……よく見りゃ、お前も人間にしては綺麗じゃねえか。人間は父上は嫌うだろうが、一日楽しむぐらいならいいだろう……お前も俺の奴隷にしてやる!!」


 貴族はフーレ とシアにジリジリと歩み寄る。


 もはやなりふり構ってられない。魔法を使って、強引に撤退しよう。


 そうして俺は、フーレの近くの貴族に手を向けた。


 だが。


「待て!! 一体何の騒ぎだ!!」


 よく通る若い男の声。

 その声に顔を向けると、そこには立派な白銀の鎧に身を包んだ男がいた。


 水かきのような耳……ベーダー人だろう。

しかし、周囲のベーダー人とは異彩を放っていた。長い金色の髪を伸ばした、端正な顔立ち、すらっとした長身──思わず息を呑むような美しい出立ちだった。


 だが、俺の目はすぐに彼の腰に提げている剣と、彼の鎧に向かう。


「ミスリル……」


 何度も見ているから分かる。銀ではない。あの武具は、ミスリルだ。


 やがて、群衆の中から声が上がる。


「れ、レムリク王子!!」


 群衆の視線は、レムリク王子と呼ばれた男に向かうのだった。

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