二百十九話 ベーダー領に到着しました!
「さて、それじゃあ今日もベーダーを目指すか」
ファテシア峡谷にある洞窟で朝を迎えた俺たちは、朝食を終え洞窟を出た。
マッパや十五号と別れ、再びベーダー領を目指しファテシア峡谷を進んでいく。
「またヘルワーム!」
ある程度峡谷を進むとまたヘルワームが現れた。
だが、俺たちの敵ではない。倒しながら、着実に進んでいく。そのうちコウモリの魔物や蛇の魔物が襲ってきたりもしたが難なく撃退する。
日が暮れれば洞窟を掘り、そこにやってきたマッパや十五号たちと寝て過ごす──そんな日々の繰り返し。
そうして一週間後、峡谷の道がだんだんと広くなってきた。
「もう少しで峡谷の終わり……あれは」
目の前に現れたのは、峡谷を塞ぐように建てられた高い石造りの城壁だった。
竜が描かれた旗が立っている。ベーダーの要塞だろう。
「すごい城壁……シルフィウムの人たちが入れないようにしているのかな」
フーレの声にリエナが首を横に振る。
「今まで私たちが戦ってきた魔物たちに対抗するためでしょう」
「あっ。いろいろ感覚が麻痺してたけど、あいつらも相当やばい奴らだったもんね」
フーレは俺に顔を向ける。
「どうする、ヒール様?」
「ここで撤退は情報が少なすぎる」
「となるとやっぱり」
リエナが峡谷の崖に目を向ける。
俺もピッケルに手を伸ばして言う。
「掘って迂回だな」
皆で頷きあうと、俺たちは峡谷の壁へと歩いていく。ちょうど要塞と空からは死角になる窪んだ場所があったのでそこを掘り、城壁を迂回することにした。
さすがに小さな洞窟を掘るのとは訳が違う。城壁の近くまで掘ったところで日が暮れてしまった。
何故分かったかと言えば、今日もマッパたちがやってきてくれたからだ。
「今日もヘルワームか……意外に美味しくてハマっちゃったけど」
フーレの言うようにここ最近はヘルワームの料理が続いている。
とはいえ、リエナが調理器具や調味料を駆使して毎日違う料理を作ってくれるので飽きない。
「明日は城壁の向こうだ。きっとベーダーの街もあるだろう。皆、ここからは気をつけてくれ」
「はい」
そうして翌日、俺たちは再び坑道を掘っていく。
するとすぐに明るい場所に出た。
「おお……」
目の前に広がるのは広大な平野だった。森はまばらで、低木と草原が生い茂っている。
遠くにはいくらか村落や家畜の群れなども見えた。
フーレも周囲を見渡しながら言う。
「どこまでも放牧地が広がっている感じだね」
「森を焼き払いシルフィウムの方々を追い払っているとは聞きましたが、彼らには森林は必要ないのでしょうね」
リエナもあちこちに目をやりながら答えた。
「見通しがいいのは助かるな。ここからどこの街を目指すか決められる。ただ、あまり大きな街にいきなり行くのはな」
「では、近くの村落を目指しましょうか? あるいは道中会った方に行商として話を聞いてみるとか?」
「そうだな……マッパが鞄も用意してくれたし」
マッパは昨晩ぱぱっと作ってくれた大工道具などを鞄に仕舞ってくれている。商人らしく見える鞄だ。
フーレも麻袋を掲げて言う。
「ヘルワームの牙とかも商品になるかもしれないし」
「ああ。ともかくなるべく怪しまれないようにいこう」
皆で頷きあうと、俺たちは近くの集落を目指すことにした。
マッパと十五号たちは坑道の入り口を塞いだので、しばらくそこで待機してもらう。俺たちがいない間は周辺の採掘にいそしむようだ。
やがて歩き続けていると、歩く人影が見えてきた。
こちらも姿を現し、堂々と近づいていく。
人型の背中には薪が背負われていた。しかし近づくと、あることに気が付く。
歩いてきたのは人型だ。しかし人間でもなければベーダー人でもなかった。犬猫のような耳を生やした灰色の髪の少女。人間でいえばまだ十歳前後に見える。
少女は通りすぎる中、こちらをじろじろと見て言った。
「人間がいるなんて珍しい」
翻訳石のおかげで意思疎通は可能だ。
怪しまれないよう俺は立ち止まってこう答える。
「俺たちはアモリスの行商だ。何か欲しいものはないか?」
少女も立ち止まるとこう言葉を返してきた。
「アモリス人は本当に商売が好きだね。どこにでも現れる。でも、あなたたちはきっとアモリス人でも無能。せっかく、意思疎通ができる魔道具を持っているのに」
少女のその言葉にフーレが眉間に皺を寄せるのを見て、俺は慌てて答える。
「ま、まあまだ駆け出しだからね。つまり……ここらへんではあまり商売にならないってことだよね」
「うん。ここらへんは、私たちみたいなベーダーに故郷を征服されて無理やり移住させられた者しか住んでいない」
「なるほど……」
ベーダーがいろいろな国を征服しているとは聞いた。征服された土地の住民は別の地へと移住させる、というのは人間の国々の間でもある。
リエナが口を開く。
「こういう場所なら薪は売れそうですね」
「うん、森が少ないからね……あとはピッケルとか農具は多少売れるかもね。なんとかして年貢を納めないといけないから道具は需要がある」
少女は俺の背にあるピッケルに目を向けて言った。
「おお。実は大工道具とかも取り扱っているんだ。どこか商売するのにいい街はないかな?」
「なら、私と一緒にラングスに行く? 露店を出すためにいくらか対価が必要になるけど、開拓民が集まっていてここらへんではまだ商売になる」
「ついていってもいいの?」
「もちろん。私も薪を売りに行くからちょうどいいし」
そう答える少女。
こちらを騙す意図はおそらくなさそうだが……
フーレに目を向けると、フーレは少女をじいっと見つめて答える。
「ま、いいんじゃない。一度見ていっても」
征服された土地の住民が集まってくる、ということは少女が属する種族以外の者たちもいるかもしれない。ベーダー人だけの街に行くよりは都合がよさそうだ。
「よし。それじゃあ同行させてもらうよ。えっと」
「シア」
「シアか。俺はヒール。こっちはリエナとフーレだ。よろしく」
シアはそれを聞くと何も答えず、すたすたと道を進んでいく。
道は石畳ではなく、踏み固められた土の道。乾燥しているからいいが雨の後はぬかるんで歩きにくそうだ。
そんな中、シアが耳をぴんと立てた。
シアは平野のほうに目を向けると、顔を青ざめさせる。
「まずい!」
「まずい? あっ」
平野のほうを向くと、揺れる茂みがあった。
魔力の反応だ──
「ご、ごめん!」
シアはそのまま走っていってしまう。
一方のリエナは落ち着いて茂みを見て言った。
「魔物、でしょうね」
「ああ、来るな──いや」
魔物は俺たちではなく、走るシアに向かっていく。
「シアが狙いか!」
「任せて!」
フーレはそう言うと、シアに飛び掛かろうとしたサソリのような魔物を火魔法で倒す。
一方のシアは腰を抜かしてしまっていた。
「あ、あ……」
怯えるシアにフーレが手を差し伸べる。
「私たちは強いから心配いらないよ。もう離れないで」
「う、うん……ごめん、勝手に逃げて」
まさかこんな小さな子に残って戦えとは言えない。
俺はシアが落としてしまった薪を拾いながら言う。
「気にするな。それよりも怪我はないか?」
「うん、ありがとう……」
シアは薪を受け取るとそう答えた。
「皆、自分のことで精いっぱいだから……助けてくれるなんて思わなかった」
シアの衣服と靴はボロボロだ。本人も痩せこけている。きっと苦しい環境で生きているのだろう。
シアを助けることはできても、その他の皆となると難しい。それでも何かやれることはないか……
この先のラングスでもう少しベーダーの状況を知りたいところだ。
「気にするな……それよりも薪を貸してくれ。俺がラングスまでもっていく」
「え、でも」
「いいから。それじゃあ、案内を頼むよ」
「う、うん」
そうして俺たちはベーダーの街ラングスへ向かうのだった。
本日ですが、本作書籍版とコミック版の英語版が同時配信となりました!
出版社は他にもWEB作品の英語化を多数手掛けていらっしゃる、J-Novel Club様となります。
フランス語版に引き続きの展開……これも応援してくださっている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
興味がございましたらぜひ読んでいただけると嬉しいです!
また、ハイファンタジーの新作を書きました。
クビになった男の話です。
よろしければ読んでいただけると嬉しいです。
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