二百十五話 提案でした!?
地上へと続く鉄道。
それを上がっていく馬車の上で、俺たちはシエルの話を装置越しに聞いていた。
バリスがふむと腕を組む。
「つまり昇魔石はシェオールの方々が作り出した物ではなく、発掘物だと」
装置を使ってシエルがバリスに答える。
「はい。非常にまれですが、深い坑道で見つかることがありました」
「シェオールの方々は使われなかったのですかな?」
「違う姿に進化することは我らも古い文献を通じて知っておりました。隕石が落ちた後に役に立つかもしれないと、シェオールに隕石が落ちた後のことを想定し、保存しておいたのです」
「周囲の環境が激変するでしょうからな。その環境に適応するために、ということですか」
「はい。ただし、あくまでも保険。本来は地下都市だけで十分に生存できると考えてました。そもそも我らの持つ昇魔石は少なく、シェオールの民全てを進化させられるわけではなかったので」
皇族が使うように取っておくこともできたはずだが、シエルたちはそうはしなかったのだろう。
バリスは思い出すように呟く。
「なるほど。そしてそれをヒール殿が掘り当てた。今のところ四つでしたかな?」
「私たちが把握しているのは十三個。あの武器庫には四つが保管されていました」
「それを使ってベーダーの初代の王たちが進化した。一人で四回使ったのか、四人で一回使ったのかは気になりますが」
四回も進化すれば、とても強力になりそうだ……可能性としてはありえる。
もう一つ、その言葉に俺はあることに気が付く。
「となると、このシェオールにももう五個残っていることになるよな」
「はい。ヒール様が最初に掘り当てた部屋のように複数の部屋に保管されていました。ですが、ほとんどは隕石で破壊されてしまった。バリス様たちが進化した際に使った物は、その部屋があった場所から掘り当てた可能性があります」
「なら、もっと掘れば昇魔石が出てくる可能性もあるな」
「場所が分からなくて申し訳ありません……それに、この保管庫についてはもっと早く申し上げておくべきでした」
シエルは申し訳なさそうに言った。
「気にするな。誰が遠い異国の地から取りに来ると思う」
俺の言葉にバリスも深く頷く。
「そうです。シェオールの人々も生きるために必死だった。そこまで後世のことなど誰が予想できましょう」
「お二人とも……ありがとうございます」
シエルはそう答えるもまだ落ち込んでいる。だから俺はその頭に手を置いて励ます。
そんな中、バリスがこう言った。
「話は戻りますが、進化後、彼らは転移門付近の道を整備したのでしょうな」
「柱と梁で補強して坑道みたいになってたからな。道具が使えるようになってからしばらくの期間、あそこから武器を運び出していたんだろうな。シエル、だいたいあそこのミスリルの武具はどれぐらいあったんだ?」
俺が訊ねるとシエルが答える。
「剣だけに限らず杖や弓など、様々な文化圏の武器や鎧がありました。種類だけで三十、総数なら百近いかと」
「我にとってはそう珍しいものではありませんが、普通の国では国宝級の扱いを受けるでしょうな」
バリスの言う通り、ミスリル製の武具は普通の国では相当貴重なはずだ。王族や貴族が使っているというベルーナの証言もあるし、ベーダーの支配者層が使っている可能性がありそうだ。
「俺の故郷のサンファレスよりも強い国かもしれない……本当に気を付けよう」
「すでに彼らベーダーには我らシェオール帝国の書状を送っておりますからな」
俺はどこかバリスの言葉に引っ掛かりを覚えたが、バリスはたしかと思い出すように続ける。
「解放したあのベーダーの将……アーダーとか言いましたかな。彼もシェオールについてあることないこと喋るでしょうから」
「見せたのは金銀財宝とマッパの動く巨大像ぐらいだったから、そこまで誇張されることはないと思うが。いや、マッパの像は今思えば……少しまずかったか」
一応は立派な軍事力だが、バリスは首を横に振る。
「ある程度は我らの力を示しておくべきでしょう。問題ないかと」
「そういえば、彼らはシェオールの神話について知っているのかな」
「彼らを島で捕虜としている際、話の内容をアモリスのベルファルト殿に訳してもらいましたが、シェオールという単語に反応は示してませんでした」
「なるほど。シェオールについて国民は知らないのかもな……」
「そうでしょう。ただし金銀財宝が豊富であることは知られております。それを求め、シェオールにやってくることも考えたほうがよさそうですな」
「ああ……お、そろそろ地上だ」
鉄道を進む鉄馬車がついに地上へと到着する。そのまま世界樹側へと出る軌道を進んでいった。
やがて目の前に見える世界樹に、前のほうの鉄馬車に乗るベルーナとテオドシアがおおと声を上げる。
「あ、あれが……」
「母上……あれが本物の」
二人は停止した鉄馬車の上から、ただ世界樹を仰ぎ見ていた。
二人とも涙を流している。森に住まう彼らにとっては、とても特別な存在なのだろう。
俺たちもしばらく黙って見守ることにした。
だがすぐにテオドシアが鉄馬車を降りて、頭を下げる。
「申し訳ございません。感動のあまり」
「ええ……初めて生きていてよかったと」
ベルーナもテオドシアの隣までやってきて言った。大げさと思えるぐらい大泣きしている。
「いや、せっかくだしよく見ていってくれ。というより、もっと近くへと行こう」
そうして俺はテオドシアとベルーナを世界樹まで案内する。
するとベルーナが周囲を見て言った。
「見渡す限り広がる水……まさかあれは」
「ええ。海、でしょう」
テオドシアの口調からするに、彼女たちは海を見たことがないのだろう。世界樹だけでなく、周囲の環境も興味深そうに見ていた。
するとテオドシアは何かを察したように呟く。
「たしかに私たちの持っているものが、シェオールの方々にも役に立ちそうですね」
俺は頷いて答える。
「ああ……この島には植物が少ないからな。そこでシルフィオンの森から植物を分け与えてほしいと思ったんだ」
「もちろんお分けします……ただ、一つ気になることが」
「気になる?」
「世界樹と洞窟に続く穴がある小山はいいと思うのですが……他は足場が脆弱に思います」
「それはつまり……この石材の地面が崩れるかもってことか?」
「はい。木の生える土地は地揺れがあっても崩れにくい。根が張り、水を含んでいるからです。私たちならば、四方に森を配置させるでしょう……申し訳ございません、出過ぎたことを」
テオドシアの声にバリスが首を横に振る。
「気になさいますな。木を伐採した山の近くは危険と我らも心得ておりました。ワシも一理あるかと」
「参考にさせてもらうよ、テオドシア」
俺の言葉にテオドシアは頭を下げる。
森をつくるか……本来であればテオドシアたちの力を借りるのがいいのだろう。
しかし彼女たちにも見返りは必要。テオドシア本人は別としてシルフィオン全体が一番欲するのは……
そうこうしている内に世界樹の麓に到着する。
ベルーナは周囲の空気が変わったことに気が付いたようだ。
「なんと心地いいのでしょう……樹王の宮殿に微かに残る香りが、ここでは強く感じられる」
「これが本来の世界樹が発する空気なのでしょう」
テオドシアは世界樹に一礼すると、その幹に手を伸ばし目を瞑る。まるで樹と会話しているように俺は見えた。
「なるほど……やはり……」
テオドシアはそう呟くと目を開き、立ち上がる。そして俺たちに言った。
「失礼ながら、樹を通じてあなた方たちがなさってきたことを目にしました」
「は、母上! ぬ、盗み見をしたのですか!?」
それはまずいとベルーナは青ざめた顔をする。
しかし俺たちに見られてまずいものは何もない。問題があるとすれば、俺たちが強力な魔法や武具を所有していることがバレてしまったことぐらいだ。
「そうか……なら正直に言おう。俺たちはシルフィオンの者たちの力になりたいと思っている。しかし武具を提供することで、ベーダーと戦闘になることは避けたい」
「我ら……いや、少なくとも私も戦は望んでおりません。ただ仰るように我らが武具を得れば、ベーダーとの大きな争いに発展するでしょう。私がシルフィオンでありのままを告げれば、皆シェオールの武具を欲するはずです。そうなれば、あなた方は私たちとの関係を断つしかなくなる」
テオドシアはまるで俺の心を見透かすように言った。
「難しい話だ。だから交易……物々交換から始めようと思ったんだ」
「もちろん交易の契りは結びましょう。ただ、武具に関しては……私から提案がございます」
「提案?」
「あなた方が持つ武具を我らが持てば、どうなるかわからない。ならば、あなた方の力を我らの森を守るのにお貸しいただけませんか? もちろん我らも戦いますし、シェオールの危機にも駆けつけます。しかし我らはあなた方の武具を用いません」
「なるほど……軍事同盟ということか」
それであればシルフィオンの者たちをベーダーに攻め込ませずに済むか。
彼らがやられるのをただ見ているというのはできない。いい提案だと思う。
「俺としては賛成だ。だけど」
俺はバリスに顔を向ける。
「ワシも賛成です。しかしたしかに一度主な面々にも話したほうがいいでしょうな。まあ皆、同じ思いでしょうが……それとワシからも一つテオドシア殿に提案が」
「なんでしょう、バリス様?」
「いずれにせよ、ベーダーについて我らはもっと情報を得たい。同盟が成った暁には、ベーダー調査のため我らにシルフィオンを通行する許可をいただきたいのです」
「それならば会議を通すまでもありません。通行でも滞在でも、私たちはあなた方を歓迎します」
「感謝いたします。それではワシは将軍たちを集めてまいります」
その言葉に俺も頷く。
「せっかくだ。テオドシアたちとも食事をしながら皆で話そう。ご飯ができるまでは二人とも、世界樹をゆっくり見ていってくれ」
テオドシアとベルーナが頭を下げる。
「ありがとうございます。しかし、本当にこの目で世界樹を見られるとは」
それからテオドシアとベルーナは、しばらく世界樹を見上げているのだった。