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二百十四話 持ち去られていました!?

「この先に、シェオールが」


 テオドシアは転移門を見上げ息を呑んだ。娘のベルーナと顔を合わせると、頷き合って転移門へと入る。


 俺たちも同様に門を潜ってシェオール側へと戻った。


 当然だが、テオドシアとベルーナに驚いている様子はない。ここはまだただの坑道だ。


 リエナがそんな二人の先を歩きながら振り返る。


「こちらです。道中、少々散らかっているかもしれませんので、足場に気を付けてくださいね」


 散らかっているというのは、俺たちがこの転移門を掘り当てる前に発見した武器庫のことだ。武器庫といっても武器はおろか使えそうな物は何も見つからず、壊れた木箱などが散乱しているだけだった。


 その武器庫へ到着すると、スライムたちが俺たちを飛び跳ねて迎える。到着したときにあった木片や埃などは片付けられていた。スライムたちが一か所に集めてくれていたようだ。


 皆が武器庫を進む中、俺が質問するよりも早くバリスが口を開く。


「テオドシア殿。そういえば、ミスリルという金属はご存じですかな?」

「話だけなら。鉄よりはるかに硬く、魔力を宿す金属。古代のシェオールで用いられていたと聞きます」


 テオドシアがそう答える中、ベルーナは複雑そうな顔で呟く。


「ミスリル……魔法の武具のあれですか。非常に貴重な」


 ミスリルのことを知っているだけでなく、武具にすると有用であることも知っているようだ。


 リエナが首を傾げて訊ねる。


「あれ、と仰るということは、ミスリルでできた武具を目にしたことがあるのですか?」


 ベルーナは深く頷く。


「ええ……我らにとっては恐怖を思い起こさせるものです。金属の武具を用い、火を放つベーダー……彼らの王族や貴族の中にはそれに加え、ミスリルの武具を用いる者もいるのです」

「ベーダーが、ミスリルの武具を?」


 リエナはそう答えると、すぐに何かに気が付いたような顔をする。


 俺もバリスと顔を合わせた。


 ここにあったミスリル製の武具を持ち去ったのは、ベーダー人の可能性がある。


 テオドシアはこんな昔話を聞かせてくれた。


「ベーダーの建国神話です。今ではとても考えられないことですが、彼らは人間に一方的に狩られる存在でした。ベーダーの者たちの牙や皮を求める人間に対し、彼らは絶滅寸前まで数を減らしていました。水辺では安心して暮らせず、地下や森を転々としていたようです」


 リエナが訊ねる。


「人間に? ヒール様の前で失礼ですが、ベーダーの方々は体も大きく人の姿になれます。とても人間が一方的に勝てる存在だとは」

「ええ。今のベーダー人からすれば人間は弱い存在です。ですが当時は違った。彼らは腕力には優れていましたが空は飛べなかった。当然、道具を作ることはおろか使うこともできませんでした。大きなトカゲ……我らの先祖もそう認識していたようです」

「それが何故、急に……」


 リエナはそう言うが、自分の胸に目を落とす。


 姿が変わった。昇魔石で進化すればそれは成し遂げられる。


 しかし昇魔石はどこで手に入れたのか……ある可能性が俺の頭の中に浮かんでくる。


 その可能性は、テオドシアの次の言葉で確信に変わった。


「それは、ベーダーを建国した王が人から逃れ辿り着いた洞窟の向こうに、壁も床も黄金でできた宝物庫を見つけたからです。そこにはミスリルの武具、そしてベーダーの者たちに翼と人の姿を与える不思議な石があったのです」


俺は倉庫を見渡す。


 ここにはミスリルの武具があった。昇魔石も置かれていたのかもしれない。

 そしてそれを持ち去ったのはベーダーの者たちなら、ベーダーの強さや勢いにも合点がいく。


「彼らは強力なミスリルの武具、人の器用さ、ドラゴンの強さを手に入れた。瞬く間に大陸の大部分を治める人間を打ち負かし、彼らの人口は以前以上へと膨れ上がりました」

「かくして、ベーダーはこの大陸の覇者となったわけですな」


 バリスの言葉にテオドシアはこくりと頷く。


「神話ではあります。ですがただの神話で片付けるには、彼らの体は恵まれすぎている」


 その言葉に俺はこう答える。


「一つの可能性だが……その神話の宝物庫は、ここだったのかもしれないな」

「ここが……たしかに、壁も床も金。かつてシルフィオンの各種族の先祖は、逃げてくるベーダーの者たちに森の通行や滞在を許可していた。ベーダーの初代の王が我らが暮らす森を通り、今私たちが通った道を通った。否定できない話です」

「ああ。もちろん断言もできないが」


 壁と床は厳密に言えば金ではなくオリハルコンだが、正直に答えることは避ける。ミスリルに関してもとりあえずは口にしない。


 俺たちがそれらを持っていることを知れば、テオドシアらシルフィオンの者たちはそれを欲するかもしれない。渡せば彼らはきっとベーダーたちに……


 テオドシアは周囲を見渡しながら頷く。


「そうかもしれませんね。シェオールの地下ならば納得がいきます。彼らも生き残るために必死だった。そんなときに見つけた場所……嬉しかったでしょうね」

「でも、今ではその力を使ってやりたい放題です! 決して、彼らは許せません」


 ベルーナはそう言ってぎゅっと下唇を噛んだ。


 テオドシアは目を瞑ると首を横に振って答える。


「過ぎた力に溺れてしまったのでしょう。私たちも同じ立場になれば、驕ってしまうかもしれない。彼らも本来は戦を好むような者たちではなかったはず」


 ベルーナは溜息を吐く。


「お母様はいつもそうですね……ベーダーは我らの敵ですよ?」

「ずっと敵同士であれば、どちらかが滅びるまで戦うことになる。避けられる道があるなら、互いに模索すべきです」


長老会議の場ではベーダーと停戦など有り得ないと怒っていた者たちがいたが、テオドシアは違った。心のどこかではベーダーとも手を取り合えると信じているのかもしれない。


 シェオールに来たベーダー人は、人間にもいるような傲慢な奴だった。だが、ベーダーの者全てがそうではないはずだ。


 互いを和解させる……理想ではあるが、簡単にできることではないな。


 それが分かっているのだろう。ベルーナは呆れたような表情だ。


 そのテオドシアは何かを思い出したように訊ねてくる。


「それで、バリス殿。何故ミスリルの話を?」

「いや、我らもこの宝物庫にあるものがミスリルと睨んでおりましたのでな」

「なるほど」


 テオドシアは少しの沈黙の後頷く。そしてそれ以上何も聞いてこなかった。


 ……どこか見透かされているような。俺たちがミスリルを用いていることを察しているのかもしれない。


 リエナがこう答える。


「ともかく、地上へ向かいましょう。地上でお見せしたいものがたくさんありますから。まずは鉄道というものがあるのですが、そこへご案内します」


 テオドシアとベルーナは頷き、リエナについていく。


 バリスは彼女たちの背中を見ながら、俺の隣でぼそりと呟いた。


「力に溺れる……我らも気を付けなければなりませんな」

「そうだな。しかし、ベーダー人が昇魔石とミスリルを手にしていたとは」


 それも踏まえて今後の対応を考える必要がありそうだ。俺たちが戦った相手はミスリルの武具を持っていなかったが、報復にミスリルの武具を持った者たちがやってこないとも限らない。


「戦うのはやはり避けたいな……うん?」


 俺はシエルがどことなく悲しそうなのに気が付く。


 動きが少ない。いつも一緒だから表情などなくても分かる。


 シエルはきっと自分たちの武具や道具で争いが起きていることが悲しいのだろう。


「シエル、気にするな。ミスリルでも鉄でも、なんでも使う奴次第だ」

「左様です、シエル殿。ですが、一つ伺ってないことがありましたな」


 バリスの言葉に俺も頷く。


「昇魔石……シエル、あれは一体なんなんだ?」


 シェオールが作り出した物なのか。そもそももとから存在していたものなのか。


 シエルは少しの沈黙の後、体を縦に曲げるのだった。

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