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二百十二話 試されました!?

 森の火災を消火した俺たちは、森に住むベルーナとともに樹王の宮へと向かっていた。


「こんな場所が……」


 リエナは目の前の大樹を見上げ、声を上げた。


 目の前には、巨大でずんぐりとした木があった。ちょっとした城ぐらいの大きさはあるだろうか。


 ハイネスもこう述べる。


「世界樹ほど高くはないっすが、またちょっと違った感じの良さがありやすね」

「ああ。随分と幅の広い木だな」


 俺が言うと、バリスはその木を興味深そうに見つめる。


「ええ、少し不自然な木に見えます。もしや……」


 バリスの声に、案内役のベルーナが頷く。


「はい。この木は世界樹の根株。世界樹が燃え落ちる中、我々らの祖先が根元だけを残したのです」

「つまり、切り株ってことか。じゃあその上の枝や葉に見えるものは新しい世界樹なのか?」


 俺が問うとベルーナは首を横に振る。


「世界樹が復活することはありませんでした……あれは全て、別の植物たちです」


 それを聞いたリエナがなるほどと答える。


「私たちシェオールの世界樹の頂上のようなものですね」

「あそこも、世界樹以外の木や花が咲いてますからね。なんか特別な力があるんでしょう」


 ハイネスもそう答えた。


 世界樹のように魔力のようなものを感じることはない。森全体に魔力の探知を妨害する力が働いているようだ。


 そんな中、バリスはベルーナのある言葉が気になったようだ。


「燃え落ちた、ですか。失火かなにかで?」

「いえ。一朝一夕には世界樹は燃え尽きません。長い戦乱の中、戦火があの木を蝕んでいった……と聞き及んでいます」

「そうでしたか。嘆かわしいことですな……」


 ベルーナはこくりと頷く。


「今や、私たちの住処もこの樹海一帯だけ。もちろん、排他的な我が祖先たちに非がなかったと言えば嘘になりますが」


 ハイネスがこう呟く。


「戦乱ってことは相手がいるわけだよな……」


 先ほどの騒ぎといい、その相手の一つがベーダー龍王国なのは間違いない。


 ベルーナはそれに何も答えず、こう告げる。


「ともかくは、まずは湯浴みのほうへ」

「あ、ああ。ありがとう」


 俺たちは巨木へ向かうベルーナの後を追う。


 巨木にはいくつか穴があり、窓や出入口となっているようだ。その内の大きな門のようなものをくぐっていく。


 巨木へ入った瞬間、ハイネスが感嘆の声を上げる。


「すげえ……こんな場所が」


 中は色とりどりの草花で彩られた空間があった。芝生が絨毯のように敷き詰められ、蔦と花がタペストリーのように天井からつり下がっている。


「ほとんど道具は使ってないのでしょうな」

「枝など植物由来の道具はあります。しかし我らは金属を得る手段に乏しく」


 ベルーナの言う通り、この空間には金属は見えない。外の人々も金属を使った道具を手にしていた者はいなかった。矢の矢じりも金属は使われておらず、単に削り尖らせただけだった。


 彼らは火を極端に恐れているようだったし、鍛冶に必須の火が使えないのでは確かに金属は得られない。


 逆を言えば、俺たちが持つ金属は彼らにとって魅力に見えるはずだ。


「マッパたちに頼めば……ってマッパは」


 芝生でごろごろしている。とても気持ちよさそうだ。


「全く行儀が悪いやつだ……おい、マッパ」


 ハイネスがひょいっとマッパを持ち上げた。


 ベルーナはそれを見て微笑ましそうな顔で言う。


「湯浴み後に、寝転がれる場所もご案内しますから。さあ、こちらです」


 俺たちはベルーナに誘われ、奥の扉のような場所をくぐる。


 すると湯気の立ち込める空間へ出た。奥には二つ穴があり、それぞれその向こうに湖のような水たまりが見える。浴室となっているようだ。


「マッパ、待て! まず体を洗ってからだ!」


 早くも浴室へ走っていくマッパをハイネスが追う。


「皆様はこちらへ。リエナ様はこちらへ」


 ベルーナの声にリエナが首を傾げる。


「え? 二つも使わせていただくのは、私も一緒で問題ありません」


 俺は察して言う。


「せっかくだし、リエナとシエルはそっちのを使わせてもらうと良い。ハイネスもバリスも体が大きいから気を遣ってくれているんだ」

「そういうことでしたら……」


 リエナは腑に落ちない様子だったが、すぐシエルを抱えるともう片方の浴室へ向かった。


 ベルーナはじいっと俺を見ている。


 俺は慌てて答える。


「い、いや、いつも別々で入っているよ。ただ、俺以外は皆、基本混浴で」

「興味深い風習ですね……もっともあなた方から見れば、私たちも変わっているのでしょうが。それでは、ごゆっくりと」

「ああ、ありがとう」


 ベルーナはこくりと頭を下げると、俺たちのもとから去っていく。


「それじゃあ、バリス。俺たちも入るとするか」


 俺はハイネスに体を洗ってもらうマッパを見て言った。


「ええ。そうしましょう」


 そうして俺たちは服を脱ぎ、宮殿の浴室へと向かった。


 壁から噴水のように漏れ出るお湯で体を流し、浴槽に浸かる。


 性別によって浴室を分けたり、入浴の習慣がある……ベルーナらシルフィオンの者たちは、ある程度人間の影響を受けてそうだ。


 ただの人間というよりは、ベーダー人の影響だろうが……


 俺は隣でお湯に浸かるバリスに訊ねる。


「バリス、シルフィオンの者たちをどう思う?」

「ふむ……仮説の段階ですが、ベーダー龍王国と争う内に勢力圏を狭め、この森が最後の砦になった者たちと推察します」

「ベーダー……龍の姿と人の姿を持つ者たち。最近は勢力を拡大しているという話だったな」

「ええ。ですが人でも魔物でも、縄張り争いは珍しくありません。下手に介入すべきではないと思います」

「そうだな……」


 例えばアランシアにしたように魔動鎧を供与すれば、シルフィオンの者たちがベーダーを徹底的に攻撃するかもしれない。


 ハイネスも肩までお湯に浸かりながら言う。


「つまりは、限定的な交流に留めておく方がいいってことっすね。変にベーダーとかいうやつらに恨まれても面倒っすもんね」

「そうだな。でもベーダーが何をやっているかも分からない。色々と情報を集めたほうがよさそうだな……って、マッパ?」


 マッパは先ほどからじっと壁とにらめっこしている。

 だがやがて、バリスが口を開く。


「隠れずとも問題ありませんよ、ベルーナ殿」

「──っ!?」


 壁から声が響いたと思うと、そこに先ほど俺たちを案内していたベルーナが姿を現す。


 裸のベルーナに、俺は思わず顔を逸らす。


「一体、いつから!?」


 俺が心で思ったことをハイネスが代弁してくれた。


 しかしバリスは落ち着いた様子で言う。


「元より、姿を隠していたのです。この浴室でも我らを監視していてもおかしくはない」

「それを分かっておきながら、ここへ?」


 ベルーナの言葉にバリスは頷く。


「ええ。主を騙すようで正直気分はよくありませんが、今のが我らの主ヒール殿の気持ちです。こういう気の安らぐ場所では、本音も出やすい……少なくとも、今の我らに敵対の意志がないことはおわかりいただけましたかな?」


 ベルーナは深く頭を下げる。


「ええ。不快な思いをさせて申し訳ありません」

「まあお互いすぐに信用することは難しい。あなた方の行動はワシも理解できます……ヒール殿、ワシも何も言わず申し訳ありません」


 俺はバリスに首を横に振る。


「いや、もともと隠すことなんて何もない、謝ることじゃないよ」


 頭を下げ続けるベルーナに俺は声をかける。


「ベルーナ、今のが俺たちの気持ちだ。敵対する気も争いに加担する気もない。ただ……君たちと周辺の情勢は知りたいかな」

「ほぼ皆様のご推察通りですが、詳しくは樹王たちの口から話されると思います。その上で……」


 ベルーナは何かを言い掛けると首を横に振った。


「ともかく私からは非礼をお詫びします……その、よろしければヒール様、お詫びのしるしに」


 顔を赤らめるベルーナに、何かを悟った俺は即座に答える。


「大丈夫だ。それよりも、もう少しここでゆっくりさせてくれ。思った以上に、いい湯だからな」

「たしかに。どことなく世界樹の葉や樹液の香りがしますからのう」


 バリスもそう答える。


「そういうことでしたら……本当に失礼いたしました」


 ベルーナは深く頭を下げると、浴室をそそくさと出ていった。


 ハイネスはその様子を見て言う。


「あの感じだと、その樹王とかいうやつらから何か頼まれそうっすね」

「ハイネス殿。その樹王の方々は、今も我らの会話を聞いているでしょう。あまり失礼のないように」

「ああ、こりゃ失敬……というか、盗み聞きするほうもどうなんですかねえ」


 不満そうに言うハイネス。


 するとマンドラゴラが美味しそうな木の実をお盆に乗せてやってくる。食べろということだろう。


 早速マッパが口にするが、とても美味しいのか顔を蕩けさせる。


 バリスが言う。


「向こうも申し訳なく思っているようです。この件は湯浴みのように水に流しましょう」

「上手いことを……ま、こっちだって仲良くやりたいし忘れますか」

「そうだな。困っているなら、俺たちも出来る限り手は貸したい」


 その後、俺たちは入浴を終えると、樹王たちのいる謁見の間へと案内されるのだった。

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