二百十一話 賢者と呼ばれました!!
俺はハイネスに乗せてもらいながら、火事が起きている場所へと向かう。
「煙の臭いが……」
前方から風に乗って煙の臭いが運ばれてきているのが分かる。
隣で馬の姿の十五号に乗るリエナが心配そうに言う。
「これだけ深い森だと、他の木に燃え移るのも速い……バリスが上手くやってくれるといいのですが」
それは森の騒々しさからも窺える。
先ほどあれだけ静かだった森だが、今では実に多くの森の民が火事の現場へ向かったりしていた。
ハイネスがそんな森の民たちを見て言う。
「こんなにいたのかよ……マッパのやつ、よく見つけられたな」
俺もリエナもバリスも、全く彼らの魔力に気が付けなかった。
森や土に魔力があり、それと溶け込むようにして身を隠していたのかもしれない。
マッパは俺の後ろでぶんぶんと首を横に振る。
もしかしたら、美味しそうなカブだと思って掘っただけかも……
森の民たちは俺たちに驚くような顔をするが、今はそれどころではないようで火事のほうが心配らしい。
それだけ、この森は彼らにとって重要なのだろう。
そんな中、リエナが祈るような顔で空を見上げる。
「こんな時に……雨でも降ってくれれば──あっ」
リエナが声を上げた瞬間、俺の腕にも水滴が落ちたように感じられた。
「本当に雨か? いや」
すぐに雨は滝のような土砂降りとなった。
やがて俺たちの目に、空から地上へ手に向ける翼の男が目に映る。
「バリスの魔法か!」
俺が声を上げると、森のあちこちから歓声が上がった。
どうやら森の火が消火されていっているようだ。
リエナがほっとしたような顔で言う。
「よかった……」
「いやあ、本当に……俺はてっきり、リエナ様が降らしたと思いましたがね」
ハイネスが言うと、マッパもコクリと頷く。
しかしリエナは首を横に振る。
「まさか。バリスの魔法が上達しているのですよ。彼はいつも人知れず、魔法の訓練や勉強をしていますからね」
【魔導王】の紋章を持っていたバリスだが、ゴブリンの体は魔力を扱えず、紋章の力を持て余していた。
しかしバリスは昇魔石で進化した。魔法が使えることが楽しくて仕方ないのだろう。
「……それにしても、ここまで土砂降りの雨を降らせるとはな」
俺が言う中、リエナは不安そうに頷く。
「これで火は消えたでしょうが、このままでは洪水の心配もあります。そろそろ十分では……と、止みましたね」
再び空を見上げると、先ほどと同じ青空が広がっていた。あれだけ降っていた雨が嘘のようにぴたりと止んだ。
そんな中、周囲からこんな言葉が上がる。
「すげえ! きっとあれは賢者様に違いねえ!」
「世界樹の王に違いない! あれは賢者だ!!」
森の民たちがバリスを、“賢者”と称えているようだ。
「賢者、か」
俺の弟であるオレン。
彼が持っていた紋章の名は、【賢者】だった。
本来は人里離れた場所で魔法を極めた隠遁者を指す言葉らしい。
バリスは歓声を浴びながら、空から俺たちのもとへと帰ってくる。
「一応ですが、火の気はこれで収まったかと」
「臭いももうしねえ。多分大丈夫でしょう」
ハイネスも鼻を動かしながら言った。
森の民たちも焦った様子がないし、もう心配はないだろう。
だが……
俺は周囲を森の民たちに囲まれていることに気が付く。
といっても最初の警戒するよう雰囲気ではなく、やはりバリスが気になっているようだ。
やがて、褐色肌の小さな女の子が一人、バリスの足元にやってくる。
「お兄さん、すごい! さっきのどうやったの?」
「ちょっとネア! ごめんなさい、妹が!」
すぐさま女の子の姉らしき少女がネアを抱え、頭を下げてくる。その顔はやはりバリスを恐れてそうだ。
バリスは首を横に振る。
「気になさるな。子供は無邪気が一番ですからな」
少女や他の森の民はびくっと体を震わせる。
バリスは精一杯の笑顔を見せたつもりだろうが、却って不気味な笑みとなってしまったようだ。
だが女の子は怖がらないし、他の森の民たちからのバリスへの賞賛も止む気配はない。
やがて先ほども会った褐色肌の女性、ベルーナ王女がやってくる。
その顔は、まだ完全には警戒が解かれてないようだった。
しかしベルーナは俺たちに深く一礼する。
「あなた方が消してくださったのですね……シルフィオンを代表して、感謝申し上げます」
シルフィオンとはこの国や森の名前だろうか。ともかく、彼らは自分たちの集団をシルフィオンと名乗っているらしい。
俺はベルーナに答える。
「礼には及ばない。俺たちに敵対の意思がないのを分かってもらえれば、それで十分だ。約束通り、俺たちは帰るよ」
ベルーナはこくりと頷く。
だが、一本の木が囁く。
「ベルーナよ……その方を、樹王の宮へ」
「母上……ですが、よろしいのでしょうか?」
ベルーナが恐る恐る訊ねると、木が再び声を発する。
「もちろん、その方がよろしければです」
「承知しました……ヒール殿……その、皆様お体がずぶ濡れです。一度、休まれる意味でも、我が宮殿へとお越しになられませんか?」
ベルーナの申し出に、俺たちは顔を見合わせる。
が、リエナの服がスケスケになっているのが目に入ってしまう。俺はすぐに、ぶるぶると体を震わせて水を払うハイネスと、びしょ濡れのマッパの体に目を向けた。
俺はマッパにうんと頷き、ベルーナに答える。
「なら、お言葉に甘えるとしよう。少し、話もさせてほしいことがあるからな」
「かしこまりました。それではご案内します」
こうして俺たちは、樹王の宮殿へと向かうのだった。