二百八話 見覚えのある者たちでした!?
「転移門か……」
俺の声に、シエルは体を縦に曲げた。
ここが目的の、最寄りの転移門で間違いない。しかも門の向こうには坑道が続いているように見えた。故障しておらず機能しているようだ。
アランシアの時のように誰かがこちらに入ってくる、という気配はない。警備などは置いていないのかもしれない。
「オリハルコンの壁を突き破るほどの力を持つ文明が、か」
厳重に管理していてもおかしくはない気がするが……門の向こうの人々がこの門の存在を忘れている可能性もあるが。
ともかく入ってみないことには分からない。
そうとでも言うようにマッパが門へ近づいていく。
「待て、マッパ。さすがに危険だ」
門の向こうに見える光景が幻覚であるという可能性もある。
実際は向こうが水中、溶岩の中、あるいは敵対生物がいる場所や、例の黒い靄で覆われている空間などなど……危険な場所の可能性もあるのだ。
とはいえ、そんな幻覚を見せられるような魔力はこの門からは感じないが。
マッパは分かっていると言わんばかりに、腰蓑の中から世界樹の枝を取り出した。
そしてその枝を門の中へと突っ込み、かき回すように動かす。
向こうに何かしらあれば、枝に何かが付着するだろうということか。
取り出した枝には何も付着してないし魔力の反応もない。どうやら液体やら黒い靄の類はないようだ。
「入っても大丈夫か……とはいえ向こうに足場がない可能性もあるよな」
マッパは心配性だなとでも言いたいのか少し呆れるような顔をすると、ロープを向こうに投げ入れてくれていた。
向こうの床に落ちたロープが門の向こうに吸い込まれていく気配はない。
試しに俺も光の球を発する魔法を門の向こうに放つが、特に障害などはなかった。
「これなら、大丈夫そうだな」
俺はシールドを展開し、門の向こうへ足を踏み入れる。
何の変哲もない坑道……もしかしたら人間の作った国に繋がっているのかもしれない。
「ともかく進んでみよう……向こうに階段が見える。地上に出られるかもしれない」
再び俺たちは坑道を進み始める。
やがて石材を積み上げられた階段を上がっていくと、明かりが射す出口が見えてきた。
「……ここは」
まず目に入ってきたのは青々とした空と眼下に広がる雲だ。目を凝らすと麓には森が広がり、川が何本も走っている。
「山か……すごい高さだ」
どうやら急峻な山の頂上に出たようだ。世界樹よりも高い山かもしれない。
「見た感じ人工物は見えないな。麓にも街や集落はなさそうだ」
少し遠くにいかなければ街や集落はないのかもしれない。
「魔動鎧をここまで持ってくるのは難しいし、ここはワイバーンを連れてくるかな」
物理的に鎧を持ってくるのが難しいだけでなく、もし誰かが住んでいて鎧を見られれば怖がられる可能性もある。ここは慎重に調べるとしよう。
「しかし……」
俺が言うと、マッパは頷き両腕を開く。そして一緒に目を瞑り、すうっと息を吸い込んだ。
「なんとも心地の良い場所だな……」
世界樹の頂上ほどではないが、いい空気だ。澄んでいて涼しい。
そんな中、後方から声がかかる。
「これは……驚きましたな」
振り返るとそこにはバリスと十五号がいた。
「おお、バリス。十五号、ありがとうな」
十五号と悪魔のような姿となったバリスが頭を下げる。
「遅くなり申し訳ありません。とりあえず、ワシだけでもと駆けつけました。しかしこれは」
「ああ、俺も驚いた。まさかこんな自然豊かな場所に出るなんて……」
武器を取っていたことから街でも広がっていると思った。アランシアのことも考えれば、すでに黒靄に呑まれた地なのではとも心配していた。
バリスはこう答える。
「急ぎ、偵察隊を組織しましょう。なんならワシが一飛びして周囲を」
バリスは飛べるから任せてもよさそうだが、バリスの見た目は進化によって悪魔のような姿となった。
もし人間が見れば何と言うだろうか……
マッパも何かを察したのか小さく首を振った。
まあでもバリスは姿を隠す魔法を覚えているので、そこは気にしなくても大丈夫かもしれない。
「……襲われる可能性もある。後続を待って、偵察の計画を練ろう。それまでは周辺を調べるか」
「かしこまりました。何か見つかるかもしれませんしな」
頂上付近は岩が剥き出しで、植物はほとんど生えていない。俺たちが出てきた坑道の入り口以外、人工物は見当たらなかった。
「よく考えると、なんでこんな場所に坑道が……」
少し下には高山植物が生えているような場所が見えたが、やはり小屋すら見えない。鉱山の入り口は基本的に麓のほうにあると思うが……
バリスも不自然さに気が付いたのか、こんなことを口にする。
「先ほど武器庫も確認いたしました。まるで、ここにシェオールの地下への門があるのを知っていたかのような」
「その可能性は高いな。誰がやったかは分からないが……」
ここが世界のどこかも分からない。
まあ、麓の植物を調べればここがバーレオン大陸かどうかぐらいは分かるかも。
そんなこんなで周囲を調べていると、バリスがふと北のほうに目を向ける。
「む……ヒール殿、皆、ワシの周りに」
「え? あ」
俺も北のほうから魔力の反応が迫ってくるのを感じた。
空を飛ぶ生物だが、鳥にしては大きすぎる。
「一度、姿を隠し様子を見ましょう」
バリスは俺たちに姿を隠す魔法をかけてくれたみたいだ。
やがて肉眼で迫る魔力の正体を確認できた。
「あれは……ドラゴン?」
青い肌のドラゴンだ。それも一体でなく、五体もいる。
バリスもドラゴンを見上げながら言う。
「ドラゴン……ということは、ここはエルト大陸?」
「いや、エルト大陸は草木も生えない岩場の地だ。ロイドンの言っていた南方のアースドラゴンの地……でもないな」
「ええ。彼らはアースドラゴンではありません。しかも」
「ああ、見覚えがある。あの小さな翼……しかもドラゴンなのに、金属製の防具を身に付けている」
「もしや、ベーダー龍王国の者たちでは?」
かつてシェオール近海にも現れたベーダー龍王国の者たち。リンドブルムに変身した龍人たちとよく似ている。
先頭のリンドブルムたちは俺たちの近くで滞空すると、きょろきょろと周囲を見回す。それから光る石を何度か掲げていた。
バリスがそれを見て言う。
「ふむ。ひょっとしたら魔力を探るアイテムかもしれませんのう」
しかしリンドブルムは俺たちを探ることはできなかった。やがてまた北へと飛んでいく。
「やり過ごしましたかな」
「ああ、みたいだな……助かったよ、バリス。魔法の訓練の賜物だな」
「この年で褒められるとは……いやはや何だか恥ずかしい」
頭を掻くバリスだが、すぐに去っていくリンドブルムにもう一度目を向ける。
「もし彼らがベーダー龍王国の者たちだとしたら、ここはバーレオン大陸の東に浮かぶファリオン大陸、ということでしょうか」
「そうだ。カミュたちが外交使節として向かったアモリス共和国もある大陸だ」
「ベーダーの龍王にはアモリスのベルファルト殿を通じて、シェオールにはベーダーと敵対する意思はないと書簡を送っていたのでしたな」
「遠く離れているから、さすがに報復しようとは考えないと思うけどね……ともかくカミュたちが帰るまで、接触は避けたほうがいいだろう」
バリスもこくりと頷く。
「先ほどの彼らはこの地域を警らしているのかもしれません。彼らにとってここは重要な地域である可能性もある。周囲の探索は少数精鋭で慎重に行いましょう」
「ああ、そうしよう」
こうして俺たちは、新たな地を発見するのだった。