二百七話 すっからかんでした!?
洞窟の中、俺はシェオールの地下地図とにらめっこしていた。
「一番近い転移門は……この方角をずっとだな、シエル」
洞窟の中で響く俺の言葉に、スライムのシエルは体を曲げて頷くような仕草を見せる。
「それじゃあ……早速掘っていくか!」
俺は地図をポケットにしまい、いつものようにピッケルを振るい始めた。
かんという音が響くと、がらがらと岩が崩れる。やはりアランシアのものよりも脆く感じる。
他にも採掘をしている者はいるが、ここでは俺だけだ。後ろには、シエルと今やダンディな姿となったミスリルゴーレムの十五号が待機している。
いつも一緒のフーレやタランたちも今日は、各々やることがあるようだ。フーレはアランシア人やシェオール人から魔法を学ぶのに夢中だ。
採掘仲間がいないのは寂しい気もするが、それだけこの島でやれることが増えてきた裏返しでもある。
俺も暇さえあればずっとリエナと島を巡っているだけだし……
「思えば……本当にこの島も大きくなったよな」
シエルもなんだか感慨深そうに体を縦に曲げる。
ふとそんな言葉が漏れた。最初はシエルと二人だった。
それがリエナたちが漂着して、どんどん仲間が増え……今では一つの立派な国ができた。
そう考えると、不思議とピッケルを握る力が強くなる。皆を守るためにも、もっとシェオールを豊かで安全にしないと。
こうしてピッケルを振り続けることが、それに一番貢献できるはずだ。
だから断じて好きでやっているわけじゃない……おっ。
カンという音に高い音に俺はピッケルを振る手を止める。岩でないものを打ちつけたようだ。
崩れた岩がインベントリに回収されると、金色の壁……つまりオリハルコン製の壁が見えてきた。今まで同様、シェオールの遺構の一つだろう。
しかし転移門まではもう少し距離があるはず。
シエルは壁の向こうに何があるのか分かるのか、体の形をぐにゃぐにゃ変え始めた、
「剣に槍……まさか、武器庫か」
俺の言葉にシエルは体を縦に曲げた。
「シェオールの武器……さぞかし性能がいいのがあるんだろうな。警備のゴーレムとかは心配しなくていいかな?」
シエルは大丈夫だと言わんばかりに頷くような仕草を見せる。以前、警備用のゴーレムたちは全て掌握するか、停止させたと言っていた。
俺も魔力のようなものは感じられない。このまま掘り進めて大丈夫だろう。
一応シールドを展開しつつ、俺は壁を打ちつけた。
ガシャンと崩れる壁。俺はそのまま穴の中へ入っていく。
「これは……たしかに倉庫のようだが」
高い棚が何十列も並んだ空間。しかし棚に置かれていたであろう木箱が床に散乱していた。
木箱はめちゃくちゃに壊され、中身を取り除かれているようだった。それらが床を埋め尽くしている。
「これは……誰かに盗られた?」
シエルも驚きを隠せないといった様子だ。すぐに近くの壁に嵌めこまれていた装置に近付き、操作をしてみる。
やがてその装置を通じて、シエルの声が響く。
「装置にあるはずの転移石が見つからず、他の空間への転移ができません……誰かがここの武器を取ってから転移石を取った可能性があります」
「地下都市を守っていたボルシオンたちドールが持ち去っていったんじゃないのか?」
「彼らは自我が芽生えてからすぐ、ここを目指したようです。ですが、地下都市のほうから転移を念じても転移できなかったようで」
「ここを荒らしたのは、ボルシオンたちではないということか……ともかく、倉庫内を調べてみよう。なにか手掛かりがあるかもしれない」
そう言うと、俺の前にいつの間にかいたマッパがうんうんと頷く。
「──マッパ!? び、びっくりした」
するとマッパは俺に光る石を見せる。転移石だ。洞窟の壁には等間隔に転移石が設置されているので、それを使いながらここまでやってきたのだろう。
「神出鬼没具合にさらに磨きがかかったな……それでも何かあるのを嗅ぎつけてくるのはすごいが……」
まあ一人で見るより複数人で見たほうがいい。マッパは問題も起こすが、何かしら見つけてきた。
「十五号。地上にこのことを伝えてくれるか?」
「はっ、ただちに」
十五号はポケットからハンドベルを取り出し鳴らす。
すると奥から他のゴーレムが駆けつけてきた。
「バリス様にこの空間のことを伝えるように」
十五号の声に呼ばれたゴーレムは敬礼して、地上へ全速力で向かっていった。
あの小さなハンドベルで……すごい組織力だ。
「よし、そうしたらこの中を探索するとしよう」
俺はそう言って倉庫の中を歩き始めた。
床の木箱に躓かないように慎重に進む。それに、何者かが潜んでいたりするかもしれない。
だが魔力の反応は少しも感じない。武器も綺麗に全て取られているようだ。
「盗掘? ……いや、人のこと言えたもんじゃないが」
いつか何かを見つけるマッパも今回ばかりはお手上げのようだ。なんともつまらなそうな顔で周囲を見渡している。
オリハルコンやミスリルの武器は強力だ。戦に使うにしても売るにしても有用だから、ここまで綺麗になくなるのも頷ける。
だがやがて風の流れのようなものが感じられた。
俺の開けた穴のほうへ風が流れていく……あそこからだ。
「ここは……」
風が吹いてくるほうに進むと、壁に穴が見えた。
一瞬俺が開けた穴に戻ってきたと思ったが、穴の形が違う。
「誰かがこの穴を開けた? いったい誰が……」
穴は深くまで続いているようだ。それも俺たちが目指す転移門と同じ方向に伸びている。
「武器を取っていった者はここを通ってきたのか?」
道の向こうには魔力の反応はない。このまま進んでも問題ないだろう。
「行ってみよう。ひょっとしたら転移門まで続いているかもしれない」
俺の声にシエルたちは頷く。
そうして俺たちは、誰が掘ったかも知らない道を進んでいった。
道は木材の柱や梁で補強されている。オリハルコンの壁を破壊するぐらいだから、それなりの技術力を持った者たちがここを掘ったのだろう。
そしてその者たちは……
俺たちの前に以前も見たような光景が見えてくる。
広大な空間……その最奥には、やはり転移門が鎮座していた。