二百四話 似ていました!?
ドワーフは俺たちに降参した。
今は、アランシアの王族と貴族に世界樹の葉の粉末を吸わせ、半ば催眠状態にして地下から連れ出している。やはり薬効もあるようで、俺たちを見てももう襲わない。まあ……男女を離す必要があるが。
「シェオールを知っているのか?」
地下から続々出てくる王族と貴族たちを横目に、俺はドワーフに訊ねた。
「古代の帝国……そう、聞いている。かつて栄華を極めた大国……世界の終焉を逃れるため、山の中に都市を築いたが、結局は隕石により大海にぽつんと岩礁が残るのみとなった」
シエルの話していた帝国の話とも、王国で知られていた岩礁という認識も共通する部分がある。
だが古代の帝国の名はシェオールではなく、ヴェルーアだ。バーレオン大陸の人間はあの岩礁をシェオールと呼んでいたが、それが国名として伝わったのだろうか。
一方で、バーレオン大陸の人々にはあそこが古代の帝国だったとは知られていない。
「……それは、神話か何かで伝わっているのか?」
「そうだ。ゼンラーダの建国史だ。我らの祖先はその帝国には参加せず、自分たちだけで生きていくことを選んだドワーフだ」
つまり、シェオールの地下で体を失ってしまったドワーフたちとは別の道を歩んできたドワーフたちということか。
そしてマッパはその帝国に参加しなかったドワーフたちの末裔。
地下のドワーフの魂が宿ったスライムたちがマッパを知らなかったのも頷ける。
あれ? でもそうしたら、何故マッパはシェオールに? 地下のドワーフの魂が入ったスライムもマッパを王家の者と認識していた。
俺はドワーフに訊ねる。
「マッパは、そのシェオールで死んで……いや、いたんだ。しかし、その帝国の生き残りのドワーフは、マッパの作る斧を見て、生き残った王族と言っていた」
「ま、待て? 我らの他に生き残りがいると?」
「い、いや……意識……そして何とか動かす体はある、というところだ。スライムに魂が宿っている、といったほうがいいか」
「なるほど……我らも似たような技術を使う。帝国人もそうして生き残っていたか」
ドワーフは納得したような顔をする。
「ドワーフの王家は、帝国に参加する者と我らの祖先とに分かれた。その時、王家のみに伝承される技術も分かれたのだ。その斧がそうで、両王家の者にしか作れぬものだったのだろう」
たしかに一際大きな雷がどかんと落ちていたな……
ともかく、シェオールのドワーフたちがマッパを王族と捉えたのは、間違いでもないというわけか。
そして王家のみに伝承される技術……マッパの作るものは鉄道をはじめとして、とてもこの世のものとは思えなかった。
「でも、それでもマッパはどうしてあのシェオールに……いや、その前に。お前たちは近くにあるドワーフの都市の者たちなのか?」
「うむ。もともとは、ゼンラリオンという我がゼンダーラの首都であった。しかし……」
ドワーフは顔を曇らせる。
「古代の隕石を調べている際、そこから漏れ出た黒靄により……都市に住まうほとんどの者が死んでしまったのだ」
「黒い靄? まさか」
「以前までこの付近の空を覆っていた黒い靄……瘴気といってもいい。だが、次第に魔物も少なくなり、空が明るくなってきた」
魔物が少なくなったのは俺たちが倒しているからだ。晴れてきたのは、メルがこの付近で地上を浄化してくれたり、世界樹が復活したおかげだろう。
それを伝える前に、瘴気の正体を聞かなければ。
「瘴気は、隕石から出てきたのか?」
「うむ。ちょうど、シェオールが滅びた際の時代の隕石からだ……中にいた黒い虫が瘴気を発し、瞬く間に都市を飲み込んだ」
「お前たちは、その瘴気からなんとか逃れたというわけだな?」
「うむ。この世界樹の近くにいたからなんとか難を逃れたのだ。だから我らはここに聖域を作り、広がる黒靄から逃れることにした」
「なるほど。だが、人間が来て自分たちのものにしたと」
俺が言うと、ドワーフは心底悔しそうに頷く。
「すべてを奪われた。黒靄が去って聖域を放棄したと思えば、世界樹までも燃やしおった……人間とは、ほんとうに野蛮だ」
「否定はしない。それについては、この国の王族たちにも伝える」
「今更、何が戻ってくるわけでもない……せっかく、再び乗り越えたというのに」
悔しそうに言うドワーフに俺は訊ねる。
「再び……お前たちは、再び黒い瘴気が来ることを知っていたんだな」
「ああ。聖域は侵せないというだけで、黒靄が消えたわけではない。去ってもまた来ると思った」
「それが、世界の終焉だと?」
「うむ。隕石関連の災害を、そう呼んでおるだけだ」
何か、神々の力でも働いていると思った。しかし全く違ったようだ。
隕石がこの地上に落ちてきて、それが世界を滅ぼす……それが世界の終焉というわけか。
父であるサンファレス王やエルトの世界が終わるという予言の大元は、これなのかもしれない。
地下にいれば隕石からも逃れ……やすくなる。黒い瘴気にも見つからなくなる。そういうことなのだろうか。
まだまだ黒い瘴気については調べる必要があるが、目に見えない何かが敵でないというだけ、少し安心した。
いや、隕石を落としている何かがいる、という可能性もあるのだが……
ドワーフはこう続ける。
「いずれにせよ、黒靄が戻れば再び人間はこの聖域に縋るしかないと考えた……我らはそこで数を増やした人間たちを利用し、復活しようと考えた」
それについては俺も非難できることではない。
かといって、殺すのを許容することもできなかった。
俺はこう切り出す。
「何かいい方法がないか考えたい……だから、少し待ってくれないか?」
「……私たちはもういい。それに殿下が生きていたのだ。黒靄も去りつつある。子孫は分からぬが技術も継承されるだろう」
ドワーフは少しマッパを不安そうに見て言った。全裸だから誰とも結婚できない……と思っているのかもしれない。
「いいや。黒靄は去ってなんかいない。俺たちが取り除いているだけだ……それだけじゃない。世界中で黒靄が発生している」
「何?」
「それを乗り越えるために俺たちは戦っている。その黒い靄について情報があるなら、どうか力を貸してほしい」
ドワーフは複雑そうな顔をする。
「いや……そもそも殿下がおられるなら、我らにこれ以上できることはそう多くないだろう」
「でも、マッパはゼンラ……リオンが滅んだ時いなかったんだろう?」
「その点に関してはそうだが……」
「そもそも、なんでマッパは追放されたんだ? いや、人間を救ったって話だったな」
ドワーフはコクリと頷く。
「不治の病に侵されていた人間の幼子を拾った。マッパーナ王子はその子供と仲良くなったため」
「追放された、のか」
「そうだ。だが、それは建前と聞いている。幼子の不治の病を治すため、共に高い技術力を誇ったシェオールへ向かったのだ。遺物になにかヒントはないか……シェオールの誇る技術を見たくもあったのだろう」
「そんなことが……」
俺とフーレは思わず、あくせく何かを運び込むマッパに目を向ける。
シェオールを探検している間に、死んでしまったのだろうか……なんとも悲しい話だ。
フーレは涙を流す。
「あのマッパに、そんな過去があったなんて……!」
「うむ……見た目はいかにも軽そうだが、とても義に厚いご仁だったのだな」
隣で聞いていたアシュトンもどこか感じ入る様子だった。
ハイネスもぐすっと泣きながら言う。
「マッパのやつ……あんなまだ尻が青いくせに……あれ、でもそしたらあの世界樹の中の門は」
「あれは、私たちがまだ生きているはずのマッパーナ王子に会うために作ったのだ。シェオールには、地下にいくつかの転移門があると聞いた。それと接続したのだ」
ドワーフの声に俺は答える。
「シェオールの方では施錠されていたはず、と聞いたが……まさかお前たちが」
「我らが破ったのだよ。だが、破ってこれからというときに、人間に奪われた……」
「とすると、お前たちはあの転移門を繋げる技術を持っているってことか」
「壊れた遺物さえあれば可能だ」
エルト大陸にも繋がる門があったりするのではないだろうか?
あるいは、バーレオンや他の大陸にも。
「ぜひその技術を教えてくれないか?」
「先ほども言ったが、マッパーナ王子も知っているはずだ。我らの出番はない」
ドワーフはそう言い切った。思い残すことはないといった顔で。
無理して協力を要請するのも良くない。人間が恨めしいのは当然だ。
だがそんなとき、マッパが樽を持ってこちらにやってくる。
「それは……?」
ドワーフが訊ねると、マッパは樽から金色の液体を地上にぶちまけた。
「これは……琉金か」
俺が呟くと、マッパは頷く。
「形を自在に変えることができる金属……なるほど」
人間型のゴーレムを作る際に利用した金属。
人間や生物が纏うことで、体を変えることもできた。
しかしドワーフには分からないようだった。
「何か、貴重な金属なのか?」
「シェオールの地下に眠っていたものだ……触れると、自由な形や色、質感に金属を変質させることができる。これがあれば疑似的だが生前の姿を再現できる。動き回ることもできるだろう」
「つまり、私たちの魂を宿した石を入れれば……」
マッパはうんと頷くと、ドワーフに早くと促すように手を振る。
ドワーフたちの魂が宿る石があるのだろう。
「ま、マッパーナ王子……」
ドワーフはその場で崩れた。
「恨みのあまり、代価を払わせることで頭がいっぱいになっていた……何か別の技術がないか模索しようともせず……私たちは、ドワーフとしての誇りも失っていたか」
琉金を見つけるのは難しかっただろうが……それでも可能性はあった。
王族たちを操れるなら、他にもそういった素材や技術を探させる方法はあったはずだ。
恨みが視野を狭くした、というわけか……
ドワーフはマッパに頭を下げる。
「我らドワーフは探求の民……動ける限り、命ある限りはどこまでも技術を高めたい。どうか、殿下のもとにお仕えさせてください」
マッパはそれを聞いて、俺に顔を向ける。いいかな、という顔だ。
俺はフーレやアシュトンたちと顔を見合わせた。
「もちろんだ」
こうして、シェオールにゼンラーダのドワーフたちが加わるのだった。