二百話 嫌な予感がしました!?
「……あれは」
開かれた棺の中には、白骨化した遺体が眠っていた。王冠を被り、笏を持った遺骨だ。
王の遺体……?
俺たちは思わず身構える。魔力を集めていたということは、アンデッドの可能性が高い。
その姿を見たルラットが声を上げる。
「そ、その笏は!?」
遺骨の持っている笏にルラットは何かを察したらしい。
金色に輝く杖だ。長年眠っていたにしては全くさび付いておらず、金ぴかのまま。先っぽには巨大な木を模したような彫像が付けられている。
見るからに高そうな杖だ……だがそれよりも、この杖には多くの魔力が集まってきている。
皆の魔力を集めているのは、遺骨ではなく杖か。金ではなく、ヒヒイロカネのようなものが使われているのかもしれない。
ルラットは何故か、その場で平伏した。
「ちょ、ちょっと、いきなりどうしたの?」
フーレが訊ねると、ルラットは血相を変えて答える。
「あ、あの方は、我がアランシアの太祖であらせられるアランド陛下だ! 我らをお救い下さるのだ!」
アランシアを建国した初代の王の遺骨か。たしかに、それにふさわしい笏や王冠を持っている。
しかしルラットの様子もおかしい。
フーレや俺にはもはや目をもくれず、遺骨に平伏している。
あの、棺の横の水晶が原因だろう。
しかし不思議なことに、俺やフーレたちには影響していない。
「いや……蘇るのだ! 地底の王は、太祖だったのだ!」
ルラットだけでなく、気が付けば周囲の聖域の者たちも平伏していた。中には王冠を被った痩身の男もいる。あれが今のアランシア王か。
フーレは遺骨に目を輝かせるルラットにはもうそれ以上何も言わず、俺に焦るような顔を向ける。
「ヒール様」
「ああ、これは」
フーレも俺と同じことを思い出したらしい。
オレンがロペスを復活させたときのことをだ。
あのときオレンは、自分の側近を生贄にロペスを復活させた。
ここにいるアランシアの王族と貴族は生贄に過ぎないのだとしたら……
俺はタランに視線を送り、頷いた。
タランはすぐに笏へと蜘蛛糸を伸ばし、それを回収する。
同時に俺は、水晶に風魔法を送り粉砕する。
「なっ!? お前、なんてことを!?」
ルラットだけでなく、他の者たちも血相を変えてこちらを睨んでくる。
「お返ししろ! すぐに返せ!」
「我らを殺すつもりか!?」
ぞろぞろと皆、こちらに迫ってくる。
水晶を破壊しても、皆洗脳が解けなかった。
「ヒール様、ここは」
「ああ。逃げよう!」
俺たちはすぐに、自分たちが掘ってきた坑道に入った。
同時に、追手が来れないように、俺はインベントリから岩を出して穴を塞ぐ。
タランが俺たちを乗せてくれるので、軽々と坑道から出ることができた。
外に出るとフーレが訊ねてくる。
「で、どうする、ヒール様?」
「帰ろう。時間が経てば、彼らの洗脳も解けるかもしれない。世界樹の葉で治癒してもいい」
その言葉に、タランは俺たちを乗せ、聖域への出口へと走る。
だが、突如聖域全体から声が響いた。
「待つのだ!! それがなければ、私の復活が!!」
「アランド王か!? 自分の子孫を殺し、復活するつもりか!?」
「あんなのは私の子孫ではない!! あれは、私の仇の子孫どもだ!!」
「何?」
ともかく、ここは聖域から出るのが先決だ。
タランは足を止めず、俺たちの掘ってきた入り口の坑道に飛び込もうとする。
「逃がさぬぞ!! お前たちも邪魔をするなら、我が血肉とする!!」
先ほどの声が響くと、地面から高い柵が現れ行く手を阻んだ。
「ふはははは! 見たか!? これで逃げられまい! 穴掘りが得意のようだが、掘っている間に──え?」
俺は柵に手を向け、巨大な火の球を放った。
どかんという爆発と共に、柵が砕け散る。
「な、なな!? なんだ、その魔法は!?」
声の主は相当慌てているらしい。
先ほど放った風魔法はたいしたことがなかった。今の、エルトに仕込まれたような魔法を使うとは夢にも思わなかったようだ。
まあ、もう壊してもいいし……
聖域の者が生贄なら、声の主は生贄にするまで誰も傷つけられない。ということは、聖域に何しようと聖域の者には危害が及ばないってことだ。
先程はそれを恐れ穴を掘ることにしたが、もう遠慮することもない。
タランは悠々と、俺の壊した場所を抜けていく。
そして最後の聖域の入り口を、俺は再び火魔法で破壊した。
「わ、私の鉄壁の防御機構が!?」
再び聞こえる声に、俺はこう返す。
「残念だが、帰らせてもらうぞ」
「ま、待ってくれ! いや、待ってください!! お願いします!! 今、姿を現しますから」
俺は聖域を出たところで、後ろに振り返る。
するとそこにうっすらと光が現れた。
光はやがて人型のようになると……
フーレは思わず、口をぽかんとさせる。
「ヒール様……あれ」
「ああ、あれは」
そこにいたのは、毛むくじゃらのずんぐりとしたおっさんだった。