百九十九話 謎の儀式でした!?
シーンとした聖域はなんとも不気味な雰囲気だった。
ここに住んでいたルラットでさえも、誰もいない聖域を見て首筋に汗を流していた。
いや、これから起きることを恐れているのかもしれない。
フーレがルラットに訊ねる。
「……本当に分からないの? 何やっているか」
「分からないとは言ってないだろう。儀式をやっているのだ。ただ、儀式の内容は分からないというだけだ」
「結局分からないんじゃん……」
フーレがそう突っ込むと、ルラットはたまらず答える。
「仕方ないだろう! そもそも、この儀式は約束の時にしか行わないとされているのだ!」
つまりは一回きりの儀式というわけだ。
「その約束の時は、お前がさっき言っていた予言の日とは違うのか? 世界が闇に呑まれるという」
俺の言葉にルラットは首を横に振った。
「予言の日が近くなったら儀式を執り行うのだ。そうして、地底の王と共に予言の日を迎える……とされている」
「なるほど。だが、予言の日が近くなったというのは、誰が判断するんだ?」
「地底の王が判断し、神殿への扉を開く……らしい」
らしい、か。
昔から王族の間で伝えられてきた決まりなのだろう。地底の王の正体も、誰も分からないはずだ。
そんな中、フーレが疑問に思ったのかこう訊ねる。
「でもさ、アランシアには王様がいるわけでしょ。地底の王も王なわけじゃん。どっちが偉いとかあるの?」
ルラットは少し考え込んだ後、こう答える。
「それは……きっとアランシア王と我らの友人に違いない」
「うーん……なんか、騙されてない?」
「ば、馬鹿を言え! 王家の伝承だぞ! そんなことはあり得ん」
根拠は伝承だから、というだけか。
王家にとって益があるからこそ、それが伝えられてきた……確かにそうかもしれない。
でもフーレの言うように、騙されている可能性も捨てきれない。
悪意のある者が勝手に伝承をでっち上げたとか……それはそれで難しいか。
「ともかく、注意して進もう。それで神殿の扉というのは」
「湖岸の近く……あった。あそこだ」
ルラットは湖の近くの大木を指さした。
大木の下には芝生が生い茂っているが……一部、不自然な石畳が見えた。
その石畳に近付くと、地下へと続く階段があった。
フーレはそれを見て苦い顔をする。
「いかにもな感じ……」
「と、ともかく入ろう」
ルラットはそう言うが、フーレが待ったと言う。
「出入り口はここだけみたいだし、いきなり入ったら危ないよ」
「ああ。まずは魔力を探ってみよう」
俺はそう言って、地下に意識を集中させる。
沢山の人型の魔力が、地下で整列している。三千人近くがいるわけだから非常に広大だ。
だがとても奇妙なことに、誰も微動だにしない。死んでいるわけではないのだろうが……
いや、よく見ると魔力の動きが変だ。
立っている者たちから、奥のある一点へと魔力が集まっていく。
「ルラット……俺には魔力の反応が分かる。地下の皆の様子は明らかにおかしい。皆立っているが、全く体を動かさないんだ」
「なんだと?」
「俺が思うに……何か魔法をかけられているのかもしれない。奥の方に、強力な魔力を感じる」
ルラットは俺の言葉に不安そうな顔をする。
強力といっても、エルトのような魔力ではない。あくまで、人間にしては多いなぐらいだ。
俺の魔力を探知できるような魔力量ではないと思うが……聖域の設備で探知されているかもしれない。
「……ここは俺に任せてくれ」
そう言うと、ルラットは何も言わず深く頷いた。
それから俺は、階段をゆっくりと静かに下りはじめた。
階段の壁には松明があるので特に暗くはない。
そうして三十秒ほど下りていくと、やがて階段の終わりが見えてきた。
物音を立てず階段の先の空間を覗くと、そこには。
こんな場所が……
広大な空間に、三千人ほどの人間が整列して立っている。
最奥には祭壇らしきものが見えた。
そして祭壇の上には、棺らしきものが縦置きにされていた。
魔力を集めているのは、あの棺か。
……しかし、本当に不気味だ。
この場にいる誰もが微動だにせず、一切声も出さない。
そんな中、ルラットが立っている若い男に声をかけた。
「お、おい。皆、いったいどうしたというのだ──っ!?」
男は無表情のまま、ルラットに顔を向けた。
すると、他の人間たちも何も言わずルラットに体を向けてくる。もちろん、誰も喋らない。
さすがのルラットも皆が異常なのを理解したようだ。
……これは洗脳の一種か?
棺の近くの水晶のようなものが光っている。あれのせいかもしれない。
「ルラット、行くぞ! 皆を正気に戻すんだ」
「わ、分かった!」
俺たちはただ睨んでくるだけの人間の間を通り、祭壇へと走る。
しかし、もう少しで祭壇というとき、突如棺が開くのだった。