百九十八話 思いとどまりました!?
出店宇生先生による本作コミカライズ最新話、本日(11月19日)お昼ごろコミックウォーカー様で更新予定です!(予定ですので延期等になった場合はごめんなさい!)
聖域は異常なほどに静まり返っていた。
すぐにでも中に入って状況を確認したいが、聖域には防衛装置のようなものがある。
地上や空から入ろうものなら、攻撃されてしまうだろう。
もちろん、魔法でそれを防ぎながら、聖域の門や柵を破壊して中に入る……ことはできるかもしれない。
ただ、それによって聖域全体に異常が起きる可能性もある。
だから俺たちは、地下から行くことにした。
ピッケルを振り穴を開け、聖域の下までの抜け穴を掘っていく。
「順調、順調。アランベルクよりも、むしろ土は柔らかいか」
「ヒール様ー、もう少しでちょうど柵の下あたりだよ!」
穴の入り口からフーレの声が聞こえる。フーレは、俺がどのあたりにいるか地上と見比べてくれているのだ。
「了解! 警戒しながら進むよ!」
俺はそう答えると、シールドを展開しながらピッケルを振るった。
地下にも防衛装置が作用しているかもしれないな……
すぐにフーレの声が再び響く。
「あ! もう、聖域の下だよ!」
「わかった! 適当なところで、上側に出口を作る!」
そう答え、俺は徐々に上側に向け穴を掘り進めていった。
やがて掘った先の土が崩れると、外光が漏れてくる。
「よし……おお」
穴を出ると、そこは宮殿の庭園のような、手入れされた芝生が広がっていた。
「作られた感じはあるが、綺麗な場所だな。世界樹の影響もあってか、気分が良くなる……っと、フーレ! こっちは大丈夫だ!」
俺は柵の向こうにいるフーレたちに声を送った。
特に聖域の柵がこちらを攻撃してくる気配もない。シエルも少し周囲を回って、異常がないか確認してくれている。
俺の声に、タランとフーレがルラットを連れてやってくる。
「ど、どうやったらこんな簡単に穴が?」
そんなことをルラットは訊ねてきた。
周囲に誰もいないのに全く気にかける様子もない。
「そういう力を持っているんだ。地味だけど便利だよ……ところで、ルラット。お前はこの状況をどう思う?」
そう訊ねると、ルラットは難しそうな顔をした。
「私にも分からぬ……ここは少し自由に調べさせてくれないか?」
「これから交渉しようって言うのに、そんなことさせるわけないだろう? ……その様子だと、皆がどこにいったか、予想はついているみたいだな?」
「わ、私は本当に」
「別に自由にしてもいい。だが、お前の魔力を俺たちは追える。それを追っていけばいいだけだ」
「むむ……」
なおも口を割ろうとしないルラット。
「仕方ないなあ……使いたくなかったけど、マッパのおっさんが作ったこれ使うか」
フーレはそう言って、何か猫じゃらしのような道具を手にする。タランも二本の前脚でそれを掲げた。
「……それでくすぐるつもりか?」「なあ、ルラット。俺たちは別に、お前たちを苦しめに来たわけじゃない。今からでも手を取り合えるなら、シェオールは歓迎する」
「ば、馬鹿な……今更ありえん」
高いプライドが邪魔しているのだろう。
下に見ていた俺たちと仲良くするなんて、と。
だが、どこに行ったかぐらい教えてくれてもいいはずだ。
言いたくないのは、聖域の者は皆、知られたくない場所にいるからだろう。
聖域に誰もいないのを見て、ルラットは驚くような顔をした。
しかし、それは意外ではなかったからか、今落ち着きを取り戻せている。普通、自分の知っている者たちが全員いなくなれば、気が気でないはずだ。
となれば、少し考えて予想のつく出来事だったということ。
さっきの話からすると、それは……
「……さっき、地底の王がどうとか言ったな? それと関係があるんじゃないか?」
「そ、それとは関係がない」
ルラットはなおもそう答えた。
聖域の者たちが、その地底の王を最後の砦と考えているのは間違いない。
ついに聖域までアンデッドはやってきた。この前はなんとか防いだが、次もまた防げるかは分からない。
湖の水は少なくなり、アランベルクの世界樹は復活したが、自分たちが冷たくしてきた手前、今更アランベルクとは協力できない。
彼らからすると、手詰まり的な状況になってしまったのだ。
だから、地底の王とやらに縋った……
物なのか、それとも魔法か何かなのかは分からない。神々の言い伝え、のような話の可能性もある。
いずれにせよ、早まったことはしないでほしいが……
「ルラット。お前とアランシアの王侯貴族がどういう結末を迎えたいのかは分からない。だが、アランベルクは今、着実に復興しようとしている。やがては、アランシアの国土を完全に取り戻すかもしれない。そうして豊かになったアランシアをもう一度見たいとは思わないのか?」
「……」
ルラットは黙り込む。
自身もアランベルクではキノコ栽培をさせられていたので、配給されたシェオールの魚を食べられたはずだ。
巨大な魔動鎧で敵を撃退したのも見ただろう。
俺の言葉が、あり得ない話ではないとは心のどこかで思っているはずなのだ。
しかし、それでもルラットは喋らなかった。
腕を組んでいたフーレが口を開く。
「……ヒール様、時間の無駄だよ。自分たちで探そう。それかもう、行かせて放っておくか……どうせ、皆こんな感じで絶対に折れないって」
フーレの言う通り、交渉しようとしても無駄かもしれない。
ルラットを人質にアランベルクを襲わないようにしているつもりだったが、聖域にはそもそもそんな戦力はもうないのだろう。抜け穴も簡単に作れたし、聖域自体、俺たちからすればもう脅威ではない。
「分かった……ルラット。俺たちは帰る。好きにするといい」
そう言って俺は、ルラットの両手を縛っていた縄を解いた。
「いいのか……?」
「もともと俺たちに敵意はないことはわかるだろ?」
俺たちは何度か聖域と争ったが、一人も殺していない。
「そう、だったな……」
ルラットは複雑そうな顔をすると、俺たちに背を向けどこかへと歩いていった。
「それで、どうするヒール様?」
フーレはそう訊ねた。
もうすでに、ルラットは遠くまで歩いていってしまっている。まだ魔力で追える距離だが……
しかし、ルラットはゆっくりと歩みを止める。
そしてしばらく俯いていると、やがてすたすたと戻ってきた。
近付くにつれ、その額からは汗がだくだくと流れているのが分かった。
「ルラット?」
「……やはり、不安だ。ついてきてくれ……私はまだ死にたくない」
その声に、俺はシエルたちと顔を見合わせる。
皆、少し嬉しそうな顔で、ルラットの言葉に頷くのだった。
次回、聖域の謎に迫ります!
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